没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵

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不穏な影編

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イラリア。闘技場内。
選手用に用意された控室に案内されたレオンは少なからず緊張していた。

「命を狙われている」

その状況はレオンにとってもよくあるようなものではなく、試合が近づくにつれて緊張感が高まっていく。

控室にはレオンだけでなく他の選手達もいた。
戦いの前だからから全員がそれとなく殺気立っている。

まさかこんなに人がいるところで襲ってくるとは思えないがレオンは警戒せずにはいられなかった。


「あれ? 君すっごい怖い顔してるね。緊張してる?」


控室のベンチに座っていると、突然声をかけられてレオンは顔を上げる。

小柄な少女がそこに立っていた。

あまりにも無垢なその声の抑揚にレオンは毒気を抜かれたような状態になってしまう。

十分に警戒していたはずのレオンの意識の外から彼女は声をかけてきた。

それだけで彼女を危険視する理由になりそうなものだが、どういうわけか話しかけられても尚レオンは彼女のことを「敵」として見れなかった。


「ふふーん、緊張してるんだ。私もだよ! 皆強そうなんだもん、嫌になっちゃうよね」


少女は戸惑うレオンの反応などあまり気にしていないようで、ケラケラと笑いながらレオンの隣に腰掛ける。

その口調と態度からは「緊張している」様子など微塵も感じさせない。


「そんな君にお姉さんがアドバイスをしてあげるよ」


馴れ馴れしくも少女はレオンに肩を寄せて耳に口を近づける。

その幼い姿のせいだろうか、「不快感」はなかった。


「ほら、あそこで目を閉じて座っているお爺さん。ボーラー国の宮廷魔術師だよ。この大会には六十年前から参加してるんだって」


少女は部屋の片隅にいた老人を指差して言う。
レオンが目を向けると、酔って顔を赤らめた老人がそこにいる。

目を閉じて集中でもしているのかと思えば、そうでもないらしい。
座っていると言っても壁にもたれかかるようにしており、その横には空になった酒瓶が転がっている。

酔って寝ているだけのように見えた。


「次はあっち。シジマっていう裏社会の組織の幹部だよ。ルッチって呼ばれてる怖い人」


少女が反対側の壁に寄りかかるようにして立っている男を指差す。

帽子を目ぶかに被った男はレオン達の方をチラリと見たが、何も言わずに視線を逸らした。

只者ではない雰囲気が漂っている。


「それから……えっと」


少女は他にも何人かの選手の名前と出身地を簡単にレオンに説明してくれる。

彼女なりにレオンの緊張を解そうとしてくれているのか、終始笑顔だった。


レオンは控室の選手の中に件の仮面の男を見つけた。

仮面の男もレオンに気がついたようで、視線が合うとひらひらと手を振っている。


「あの人は?」

レオンが少女に尋ねると少女は首を傾げた。


「知らなーい。誰だろうね。強そうだけど」


物知りな少女でも仮面の男のことは何も知らないという。

さらに話をしようと少女が口を開いた時


「ニコラ、その辺にしておけ」


と大柄な男がやってきて少女を止める。

どうやら、二人は知り合い同士らしくニコラと呼ばれた少女は邪魔をされたことに頬を膨らませて抗議する。


「もぉ! いいところだったのに!」


そう言って男を軽く睨んだ後、レオンの方を振り向いてにっこりと笑う。


「また遊ぼーね」


ニコラはそう言うとベンチから立ち上がり、控室を出ていってしまった。

残されたレオンは少し呆然としていたが、悪意なく近づいてきたニコラと話をしているうちに緊張して固くなっていた身体がほぐれていることに気がつく。


「いろんな人がいるんだ」


これから「魔法闘技祭」に出る競争相手にあんなにも気さくに話しかけてくる人がいるとは思っていなかったレオンはクスッと笑ってから立ち上がった。
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