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前編
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高校の卒業式。
校庭では満開の桜をバックに卒業生が写真を撮っていた。
春の日差しと柔らかな風を受け、薄桃色の花びらがひらひらと落ちてくる。
「ツバサ、元気でなー!」
「デビューしたらCD買うからサインしてね」
「地元を忘れないでよ」
「ツバサ先輩、ボタンくださーい!」
クラスメイトやダンス部の仲間、後輩たちが、次々と声をかけてくる。オレはみんなに笑顔を返し、高校生活最後のひとときを満喫していた。
「ツバサ、そろそろ時間よ」
「うん、そうだね」
名残惜しいけれど、母さんと並んで校門へと歩き出す。
「あなた、本当に人気者なのね」
「学校から出たら、オレなんか素人だよ」
校門を出ると、他校の女の子たちがチラホラ見えた。
「こっち見てるわよ。手を振ってあげたら?」
「う、うん」
「あらまぁ、喜んでるわ。不思議よね、息子が芸能人になるなんて」
「まだ見習いだよ」
「そうね、これからよね」
母さんは少しだけ寂しそうに笑った。たった二人の家族。毎日顔を見てきたけれど、しばらくはお別れだ。
オレはこのまま、家には帰らずに東京の新居へと向かう。
これまでも、片道90分かけてレッスンに通っていたが、大学進学に合わせて一人暮らしを決めたのだ。
ヒラリと桜の花びらが肩に降りる。
「大きくなったわねぇ」
小柄な母さんが手を伸ばす。
「そうかなぁ。もっと背は欲しかったよ。さすがに、もう伸びないよね」
「遺伝かしらね。ツバサのお父さんも背は低かったから」
「そっか」
「でも、ツバサのダンスを見てると、背の高さなんて関係ないように思うわ。オーディションのとき、誰より大きく見えたもの」
しんみりした雰囲気になったとき、桜並木の中に、一台の黒い車がゆっくりと近づいて来た。ハザードランプを点滅させると、ドアが開いた。
息が止まった。
「あらぁ……。テレビで見るよりイケメンだわ」
母さんの驚く声と、後ろから悲鳴に似た黄色い声。
みんなが驚くのも当たり前だ。
トップアイドル、TOMARIGIの浅見蒼真が、満開の桜の下に立ってんだもん。
蒼真先輩は、落ち着いた動きで母さんに歩み寄り、深く頭を下げた。
「ツバサくんのお母様ですね。初めまして。浅見蒼真と申します」
「えっ……あ、ああの……いつも、息子がお世話になってて……」
蒼真先輩のオーラに気圧され、母さんが動揺しているのが丸わかりで、オレはちょっと笑いそうになった。
蒼真先輩は微笑んで、母さんの視線をしっかり受け止めた。
「ツバサくんは、俺が必ず──、アイドルとして輝かせます」
オレは胸がぎゅっと痛くなるほど熱くなった。
母さんは、ほっとしたように、でもちょっと照れながら言った。
「よろしくお願いいたします。昔から、根性だけはある子でしたから」
蒼真先輩がくすっと笑う。それは、テレビとは違う、恋人のときに見せる穏やかな顔だった。
「どうぞ、お送りします」
自然な仕草で母さんを後部座席へ乗せると、ドアをパタンと閉めた。
「ツバサは当然、俺の隣な」
助手席を指差した。
こうして、蒼真先輩は母さんを最寄りの駅まで送ると、母さんが少し不安そうに息をついた。
「大学に行きながらデビューを目指す。自分で決めたことなら応援するわ。でも、頑張りすぎないでよ?」
「母さんこそ、身体に気をつけてね」
ドアが閉まり、車は走り出す。母さんは見えなくなるまで手を振ってくれた。
その後、急に静かになった車内で、オレと蒼真先輩はしばらく言葉を交わせなかった。
久しぶりに2人きりになったのは嬉しいけど、なんだか落ち着かない。
高速道路に乗ったあと、蒼真先輩が口を開いた。
「ツバサ」
「は、はい」
「会いたかった」
その一言で、オレの呼吸は一瞬で乱れた。
なんでそんな直球なんだろう。
「忙しいのに、来てくれてありがとうございます」
「湊さんは、スケジュール調整で泣いてたけどな」
TOMARIGIのマネージャー、湊さんはとても真面目で優しい人。なんだか申し訳ない。
「ツバサの制服姿も見おさめだな」
「蒼真先輩だって、同じ制服を着てましたよ」
「ツバサが着るのは特別なんだよ」
オレは恥ずかしさから目をそらして、窓の外を見つめた。
「サービスエリアに寄りますか?コーヒー、買ってきましょうか?」
「いや、このままマンションに直行だな」
「お腹すきませんか?」
「ああ、そうだな」
蒼真先輩の手が、静かにオレの指に触れた。
「ツバサがほしくてたまらない」
指先から伝わる体温が、全身を震わせる。
「少し、スピード上げるか……」
エンジン音が低く唸り、加速し、外の景色は海からビル群へと変わって行った。
校庭では満開の桜をバックに卒業生が写真を撮っていた。
春の日差しと柔らかな風を受け、薄桃色の花びらがひらひらと落ちてくる。
「ツバサ、元気でなー!」
「デビューしたらCD買うからサインしてね」
「地元を忘れないでよ」
「ツバサ先輩、ボタンくださーい!」
クラスメイトやダンス部の仲間、後輩たちが、次々と声をかけてくる。オレはみんなに笑顔を返し、高校生活最後のひとときを満喫していた。
「ツバサ、そろそろ時間よ」
「うん、そうだね」
名残惜しいけれど、母さんと並んで校門へと歩き出す。
「あなた、本当に人気者なのね」
「学校から出たら、オレなんか素人だよ」
校門を出ると、他校の女の子たちがチラホラ見えた。
「こっち見てるわよ。手を振ってあげたら?」
「う、うん」
「あらまぁ、喜んでるわ。不思議よね、息子が芸能人になるなんて」
「まだ見習いだよ」
「そうね、これからよね」
母さんは少しだけ寂しそうに笑った。たった二人の家族。毎日顔を見てきたけれど、しばらくはお別れだ。
オレはこのまま、家には帰らずに東京の新居へと向かう。
これまでも、片道90分かけてレッスンに通っていたが、大学進学に合わせて一人暮らしを決めたのだ。
ヒラリと桜の花びらが肩に降りる。
「大きくなったわねぇ」
小柄な母さんが手を伸ばす。
「そうかなぁ。もっと背は欲しかったよ。さすがに、もう伸びないよね」
「遺伝かしらね。ツバサのお父さんも背は低かったから」
「そっか」
「でも、ツバサのダンスを見てると、背の高さなんて関係ないように思うわ。オーディションのとき、誰より大きく見えたもの」
しんみりした雰囲気になったとき、桜並木の中に、一台の黒い車がゆっくりと近づいて来た。ハザードランプを点滅させると、ドアが開いた。
息が止まった。
「あらぁ……。テレビで見るよりイケメンだわ」
母さんの驚く声と、後ろから悲鳴に似た黄色い声。
みんなが驚くのも当たり前だ。
トップアイドル、TOMARIGIの浅見蒼真が、満開の桜の下に立ってんだもん。
蒼真先輩は、落ち着いた動きで母さんに歩み寄り、深く頭を下げた。
「ツバサくんのお母様ですね。初めまして。浅見蒼真と申します」
「えっ……あ、ああの……いつも、息子がお世話になってて……」
蒼真先輩のオーラに気圧され、母さんが動揺しているのが丸わかりで、オレはちょっと笑いそうになった。
蒼真先輩は微笑んで、母さんの視線をしっかり受け止めた。
「ツバサくんは、俺が必ず──、アイドルとして輝かせます」
オレは胸がぎゅっと痛くなるほど熱くなった。
母さんは、ほっとしたように、でもちょっと照れながら言った。
「よろしくお願いいたします。昔から、根性だけはある子でしたから」
蒼真先輩がくすっと笑う。それは、テレビとは違う、恋人のときに見せる穏やかな顔だった。
「どうぞ、お送りします」
自然な仕草で母さんを後部座席へ乗せると、ドアをパタンと閉めた。
「ツバサは当然、俺の隣な」
助手席を指差した。
こうして、蒼真先輩は母さんを最寄りの駅まで送ると、母さんが少し不安そうに息をついた。
「大学に行きながらデビューを目指す。自分で決めたことなら応援するわ。でも、頑張りすぎないでよ?」
「母さんこそ、身体に気をつけてね」
ドアが閉まり、車は走り出す。母さんは見えなくなるまで手を振ってくれた。
その後、急に静かになった車内で、オレと蒼真先輩はしばらく言葉を交わせなかった。
久しぶりに2人きりになったのは嬉しいけど、なんだか落ち着かない。
高速道路に乗ったあと、蒼真先輩が口を開いた。
「ツバサ」
「は、はい」
「会いたかった」
その一言で、オレの呼吸は一瞬で乱れた。
なんでそんな直球なんだろう。
「忙しいのに、来てくれてありがとうございます」
「湊さんは、スケジュール調整で泣いてたけどな」
TOMARIGIのマネージャー、湊さんはとても真面目で優しい人。なんだか申し訳ない。
「ツバサの制服姿も見おさめだな」
「蒼真先輩だって、同じ制服を着てましたよ」
「ツバサが着るのは特別なんだよ」
オレは恥ずかしさから目をそらして、窓の外を見つめた。
「サービスエリアに寄りますか?コーヒー、買ってきましょうか?」
「いや、このままマンションに直行だな」
「お腹すきませんか?」
「ああ、そうだな」
蒼真先輩の手が、静かにオレの指に触れた。
「ツバサがほしくてたまらない」
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「少し、スピード上げるか……」
エンジン音が低く唸り、加速し、外の景色は海からビル群へと変わって行った。
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