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第7章 溺れる人魚は夢をみる
◆10 心の奥の、本当の声③
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そうだ。
単純に――
とても羨ましいと思っていたこと。
こんな風に、人に対して物怖じせず強くなれたらと。
馬鹿みたいに純粋な。
他愛もない幼い憧れ。
その想いに縋りながら、否定した。
認めることさえ、怖かった。
特別な「好き」だったから。
また失うのが――怖かったから。
これまでの僕の人生で。
好きな人はいつもいつも、いなくなってしまった。
好きだと認めて、また失えば。
今度こそ――心が壊れてしまう気がした。
僕は。
そんな風に思って……
「あっ、阿久津の言う通り……僕は。自分で認められないくらい、先輩が好きだったみたいで……でも認めたら――先輩の幸せを願えなくなりそうで、それが、怖かったんだって、急に……気付いちゃって」
ボロボロと涙が流れて止まらない。
ゔゔ、と嗚咽が漏れる。
「酷い、後輩だよね……好きな人が、幸せになるのを見たくない、なんて……」
突然の決壊。
押し留めていた感情が、一気に、濁流のように溢れ出した。
止まらない涙をどうしたらいいのかも分からずに、身体を震わせるしかなくて。
なんて。
なんて身勝手な感情。
子供のまま、僕は、少しも成長出来ていない――
ぱさりと。
頭に、タオルがかけられる。
泣いている僕を、周りの目から守ろうとしてくれているみたいだった。
「暑いから、その――陽よけだ。ちょっと汗くさいのは我慢しろ。汗拭き用のタオルしかなかった」
「……ご、めん……あぐづっ、うっ、ううっ」
うぐっ、と、何度もしゃくり上げる。痙攣するみたいな身体の反応に、真っ直ぐに座っていられなくて。
阿久津の肩にもたれ掛かった。
「その……前にも言ったろ?ちゃんと自分の気持ちを大事にしろよ。そういう感情も、お前の一部なんだって。人間なんだから、自分の欲を最優先にしたくなるのは――当たり前だろ?それを認めた上で、自分はどうしたいのか……ゆっくり考えればいい。今すぐじゃなくていいからさ」
(――阿久津は僕に、優しすぎる……)
誰かに、自分の気持ちをきちんと伝えることも出来ない。心を開くことも出来ない……
一人で抱えて、一人で悩んで、自分勝手に突然泣いたりする、こんな僕に。
優しく甘やかされたら、弱い僕はまた、縋ってしまいたくなる。
人前で泣いたのは、いつぶりだろう。
肩に置かれた阿久津の手が温かくて優しくて、それだけで救われる気がした。
「……ほんっとに、ごめん……ごめ」
「もういいって。手が掛かるヤツだな、本当に……鼻水出てんぞ?」
そう言いながらタオルで僕の顔をぐいぐい拭いてくる。こちらに向けられた笑顔が、陽の光を浴びて眩しい。
『――薫夏坊ちゃんは手が掛からなすぎて……それが心配ですよ』
ふいに。大事だった人のそんな言葉を思い出す。
ああ……ずっとずっと。
幼い僕は、誰にも迷惑をかけまいとする子供だった。
忙しくて家にいない父。
10歳も年の離れた兄。
二人とも存在が遠くて。
唯一の心の拠り所だったのが、母の代わりに家に居てくれた家政婦さんだったけど。
その人が、ある日突然辞めてしまってから。
誰にも心を開けなくなった。
『もう誰も好きにならない』
好きなものを失いたくない、そんな感情の裏返しから、心を凍らせたまま――
だけど。
先輩と一緒に、必死になって働いた日々。
それが幸せと気付かずに過ごしていた日々。
多分、一生の内で、もう二度と無いだろうなと思うような。濃密で、特別な時間。
それを無かったことになんて、したくない……
『その時の感情』は、誰にも奪えないものだと。
人が死ぬ瞬間まで一緒に持っていけるもの。
それは想い出だけかもしれない。
何にも代えがたい、キラキラした宝石のような宝物。
それが、自分の心の中にもあるんだと――今になって気が付いた。
単純に――
とても羨ましいと思っていたこと。
こんな風に、人に対して物怖じせず強くなれたらと。
馬鹿みたいに純粋な。
他愛もない幼い憧れ。
その想いに縋りながら、否定した。
認めることさえ、怖かった。
特別な「好き」だったから。
また失うのが――怖かったから。
これまでの僕の人生で。
好きな人はいつもいつも、いなくなってしまった。
好きだと認めて、また失えば。
今度こそ――心が壊れてしまう気がした。
僕は。
そんな風に思って……
「あっ、阿久津の言う通り……僕は。自分で認められないくらい、先輩が好きだったみたいで……でも認めたら――先輩の幸せを願えなくなりそうで、それが、怖かったんだって、急に……気付いちゃって」
ボロボロと涙が流れて止まらない。
ゔゔ、と嗚咽が漏れる。
「酷い、後輩だよね……好きな人が、幸せになるのを見たくない、なんて……」
突然の決壊。
押し留めていた感情が、一気に、濁流のように溢れ出した。
止まらない涙をどうしたらいいのかも分からずに、身体を震わせるしかなくて。
なんて。
なんて身勝手な感情。
子供のまま、僕は、少しも成長出来ていない――
ぱさりと。
頭に、タオルがかけられる。
泣いている僕を、周りの目から守ろうとしてくれているみたいだった。
「暑いから、その――陽よけだ。ちょっと汗くさいのは我慢しろ。汗拭き用のタオルしかなかった」
「……ご、めん……あぐづっ、うっ、ううっ」
うぐっ、と、何度もしゃくり上げる。痙攣するみたいな身体の反応に、真っ直ぐに座っていられなくて。
阿久津の肩にもたれ掛かった。
「その……前にも言ったろ?ちゃんと自分の気持ちを大事にしろよ。そういう感情も、お前の一部なんだって。人間なんだから、自分の欲を最優先にしたくなるのは――当たり前だろ?それを認めた上で、自分はどうしたいのか……ゆっくり考えればいい。今すぐじゃなくていいからさ」
(――阿久津は僕に、優しすぎる……)
誰かに、自分の気持ちをきちんと伝えることも出来ない。心を開くことも出来ない……
一人で抱えて、一人で悩んで、自分勝手に突然泣いたりする、こんな僕に。
優しく甘やかされたら、弱い僕はまた、縋ってしまいたくなる。
人前で泣いたのは、いつぶりだろう。
肩に置かれた阿久津の手が温かくて優しくて、それだけで救われる気がした。
「……ほんっとに、ごめん……ごめ」
「もういいって。手が掛かるヤツだな、本当に……鼻水出てんぞ?」
そう言いながらタオルで僕の顔をぐいぐい拭いてくる。こちらに向けられた笑顔が、陽の光を浴びて眩しい。
『――薫夏坊ちゃんは手が掛からなすぎて……それが心配ですよ』
ふいに。大事だった人のそんな言葉を思い出す。
ああ……ずっとずっと。
幼い僕は、誰にも迷惑をかけまいとする子供だった。
忙しくて家にいない父。
10歳も年の離れた兄。
二人とも存在が遠くて。
唯一の心の拠り所だったのが、母の代わりに家に居てくれた家政婦さんだったけど。
その人が、ある日突然辞めてしまってから。
誰にも心を開けなくなった。
『もう誰も好きにならない』
好きなものを失いたくない、そんな感情の裏返しから、心を凍らせたまま――
だけど。
先輩と一緒に、必死になって働いた日々。
それが幸せと気付かずに過ごしていた日々。
多分、一生の内で、もう二度と無いだろうなと思うような。濃密で、特別な時間。
それを無かったことになんて、したくない……
『その時の感情』は、誰にも奪えないものだと。
人が死ぬ瞬間まで一緒に持っていけるもの。
それは想い出だけかもしれない。
何にも代えがたい、キラキラした宝石のような宝物。
それが、自分の心の中にもあるんだと――今になって気が付いた。
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