陛下を捨てた理由

甘糖むい

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廊下の向こうで、ジェニエルがゼツィオードに導かれて歩いていく。
その背を見送りながら、セオドールは指先を強く握りしめていた。

「……待て」

低く押し殺した声は、静まり返った夜の廊下に吸い込まれるように消えた。
ジェニエルは振り返らなかった。
ゼツィオードもまた、一度もこちらを見ず、彼女を庇うように歩を進めていく。

――その姿が、苛立ちをさらに煽った。

呼び止めても、振り向くことすらしない。
自分がどれほどの立場にあるのか、二人とも分かっているはずだ。
それなのに、まるで自分が存在しないかのように、静かに並んで歩いていく。
その距離、その呼吸の重なり方が、胸の奥を鈍く突いた。

「……っ」

知らぬ間に奥歯を噛みしめていた。
腕に絡みつく柔らかな感触が現実に引き戻す。
オリヴィアが、まだその腕にすがりついていた。

「セオドール様……もうよいではありませんか。あんな方のことなど」

甘えるような声音が耳元にかかる。
だが、その響きが今はひどく鬱陶しかった。

「離れろ」

無理やり腕を振り払うと、オリヴィアの顔に驚きと怯えが走った。
先ほどまで優しく微笑み、抱き寄せていた男が、今は冷たい眼差しで自分を見下ろしている。

「いつまでそうしている?」

静かに、しかし冷え切った声が廊下に落ちる。
オリヴィアの身体がぴくりと震えた。
それでも彼女は、縋るように言葉を絞り出す。

「申し訳……ございません」

その声音はかすれ、頼りなかった。
セオドールは深く息を吐いた。
もはや彼女に何を言う気力も起こらない。
まるで、別の世界の出来事のように遠く感じた。

「でもどうしてそんなことを言うのですか?……私を皇后にすると仰ったのは、貴方でしょう?」

オリヴィアの瞳には、涙が滲んでいた。
けれどその問いかけも表情もセオドールの胸になんの感情も呼び起こさない。
ただ、ただ、自分の傍にいる女がジェニエルでない事に苛立っていた。

――皇后にしてやってもいい。確かに、そう言った。

だが、それがどれほど軽率で、浅はかな言葉だったか。
今になって思い知らされた。
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