陛下を捨てた理由

甘糖むい

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人は、他人の命を取引の道具にする時、最も饒舌になる。
――カイン・シューブラン男爵も、例外ではなかった。

「俺の女が……どうやら身ごもったようでね」

そう言って、カインは唇の端を湿らせるように笑った。
その笑みは、金と欲に塗れた者だけが見せる卑しい光。
クラウスは正面から男を見据えたが、その眼差しには一片の感情も浮かんでいなかった。
目の前の生き物が、どれほど浅ましく、どれほど無自覚に腐っているかを静かに観察していた。

酒と香水の匂いが混じった重い空気。
金の話題になるときだけ生き生きと光る濁った瞳。
そのすべてが、男の本質を語っていた。

「……それで?」

思惑を隠して静かな声で問うとカインは、その冷たい調子に気づかず、得意げに酒を煽りながら告げた。

「アンタが探してるのは、子を宿した女なんだろ? 偶然だが、俺の女がそうらしい。金をくれりゃ、居場所を教えてやる」

クラウスは、眉ひとつ動かさなかった。

「名は?」
「オリヴィア。スラムの外れに住んでる」

カインの声が言い終わる前に、クラウスは胸元に忍ばせていた金貨の袋を取り出した。
無造作に放られた袋は、机にぶつかって鈍い音を立て、口がほどける。
金貨が、ぱらぱらと床に散らばった。

カインは、金貨を見ると目の色を変えて床に這いつくばった。
震える指先で一枚一枚を数え、口角を上げる。
他の客が金貨を拾おうとすると大声をあげて牽制をしていた。

「その女を、二度と訪ねるな」

クラウスはその様子を冷ややかに見ていたが、話は終わったと立ち上がると静かに告げた。

「なに?」
「命が欲しければ黙って従う事だ」

カインは、その言葉の響きに一瞬だけ眉を動かした。
だが、それ以上は問わなかった。
愚かでも、生き残る本能だけは働いたのだろう。

やがて彼は袋をつかみ、汚れた指で握りしめた。

「まあ、いいさ。あの女がどうなろうが、俺の知ったことじゃねぇ」

その一言で、クラウスは確信した。
この男は、切り捨てていい人間だ。

――オリヴィアの腹の子が、彼の血を引いているとしても。
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