モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜

文字の大きさ
41 / 112
幕間5

01残響に迷う夢の果てに

しおりを挟む


※この幕間は『残響迷夢―惨劇の母体たち―』とリンクしていますが、『モラトリアムは物書きライフを満喫します。』本編は『残響迷夢―惨劇の母体たち―』を読まなくてもお楽しみいただけます。





 前世の自分にとって、水は優しくて、同時に恐ろしかった。

 幼い俺は、実の父親から性虐待を受け続けた。
 無知な俺は、父親から逃れる術を知らなかった。
 水は、ベトつく精液や体液を……性虐待の穢れを全て洗い流してくれた。
 穢れた自分、苦痛に涙を流す自分を受け入れ、包み込んでくれた。

 同時に、水は俺に恐怖をも与える。

 ある冬の日、俺は浴室で父親に殺されかけ、逆に父親を殺してしまったのだ。
 罪には問われなかったが、俺が罪人であることは事実だ。
 むしろ……罪人でありながら、罰を与えられなかったことが苦しかった。

 俺にとって水は、涙と穢れを洗い流し、優しく包み込んでくれると同時に、自分と他人を傷つける恐怖と断罪の刃でもあった。

 前世の俺は水に怯えながら、それでもどうしようもなく水に惹かれた。
 水が恐ろしいのに、それでも水に惹かれ、こんなにも土砂降りの雨の日には、傘も差さずにふらりと出掛けてしまう。

「颯志、やっと見つけた」
「風邪引くやん。はよ帰ってあったまろ?」

 今なら思い出せる。
 幼少期を共に過ごした血の繋がらない2人の“兄”は、どんなに土砂降りの雨の中でも俺を迎えに来てくれた。

 どうして、そんな優しい“兄”たちのことを、前世の俺は忘れてしまっていたのだろうか。



「祖母には言わないでください」

 まだ中学生の真里亜ちゃんは、キッパリと言った。

「祖父母は私に尽くしてくれています。出来る限りのことをしてくれています。これ以上を望んだら、きっとバチが当たってしまいます」

 俺には分かる。
 水を介して、痛い程に伝わってくる。
 真里亜ちゃんが求めているのは、見て欲しい、愛して欲しいと願っているのは両親だ。
 彼女を育児放棄し、餓死寸前まで追い込んだ両親だ。
 でも、両親は彼女を母方の祖父母に預けたきり。
 連絡すらも寄越さない。
 祖父母は確かに真里亜ちゃんを大切に扱っていた。
 だが、祖父母が真里亜ちゃんを大切に扱えば扱う程に、真里亜ちゃんの心は叫ぶ。

「私のお母さんをあんな風に育てたのは祖父母です。私は祖父母が大好きです。愛しています。でも、同時に憎悪もしているんです。祖父母が今私を大切に育ててくれているように、お母さんも大切に育ててくれていたら、お母さんも私も、こんなに苦しまなかったのに……って」
「…………ごめんね、真里亜ちゃん」

 落ち着くようにと背中を撫でると、真里亜ちゃんは涙を拭って微笑んだ。

「柚希さんは悪くないです。むしろ、私の本音を聞いてくださって嬉しかったです。誰にも打ち明けられないまま、生きるのは辛かったんです。苦しかったんです」

 俺に出来たのは、本当にそれだけだった。
 真里亜ちゃんの苦痛と苦悩を知っていたのに、真里亜ちゃんを救うことが出来なかった。
 踏切に飛び込んだ真里亜ちゃん。
 真里亜ちゃんの死は、同じく両親の暴挙に苦しめられている女性……奈津美ちゃんをも狂わせた。
 血で染まった悲しい手を、更に血と罪で穢してゆく奈津美ちゃん。
 見ていることしか出来ない俺。
 知っているのに、救うことが出来ない無力な俺。

 あの夜も、こんな土砂降りの雨だった。
 いつものようにふらりと傘も差さずに出掛けた俺は、自分の腕が、足が、身体が、溶けてゆくのを感じた。
 その夜は奇跡的に身体は元に戻ったが、俺は限界を悟った。
 俺も、遠からず真里亜ちゃんや奈津美ちゃんと同じく、この街の人間に危害を加える怪異となってしまう。



 災厄となる道しか残されていなかった俺を救ってくれたのは、やはり“兄”たちだった。
 普通の人間として、美容師の柚希颯志として生きるには、“兄”たちと再会した時点で既に俺は手遅れだったけれど。
 俺は“兄”たちのお蔭で、ただでさえ父殺しの血と罪で塗れたこの手を、怪異と化して更に罪もない人々の血で穢すことはなかった。
 街の人々に危害を加えることもなく、“兄”たちに見守られながら、彼らの手によって消滅することが出来た。

 俺は誓った。
 もし生まれ変わることが出来たなら、“兄”たちのように生きようと。

「颯志は俺たちの大事な大事な弟なんやで」
「颯志が苦しい時には、辛い時には、絶対に俺たちが駆けつけるからな」

 燎兄ぃ。
 壱兄ぃ。
 ありがとう。

 燎兄ぃと壱兄ぃという目標があったからこそ、俺はこの世界でも、この身体でも、長い年月を自我を失わずに生き延びることが出来た。

 今度は俺が“兄”として、転生前の記憶を思い出して苦しむ“弟”たちの元へ駆けつけて見せる。

 例えどんな土砂降りの雨の中でも。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

処理中です...