42 / 112
幕間5
02残響に迷う夢の果てに
しおりを挟む「あ、い、つ、はぁああああ!!」
屋敷にヴァニタスの声が響いた。
外は土砂降りの雨。
何となくヴァニタスの絶叫の原因に見当がついた。
「ヴァニタス……スライムは水が好きなんだよー。半分水生生物みたいなものだし。雨の中に飛び出しても風邪引いたりしないよー」
「そ、そうだけど……」
セオドアとの決闘の日にメモリアに渡され、ヴァニタスが飼い始めたスライム。
雨が好きらしく、雨が降ると途端に窓から飛び降り、外に飛び出してしまうのだ。
「でも、夜だぞ。あいつ何気に賢いし、屋敷の外には出ないと思うけど……やっぱり探しに……」
「大丈夫だよ。それに、ヴァニタスこそ風邪引いたら大変でしょ? スピルスとの会談が待っているんだからー」
「う……」
ヴァニタスは7日後にスピルスとの会談が控えている。
午前中に俺立ち会いの元、スピルスと2人で会談。
その後、セオドアとスヴェン、シルヴェスターを交えての会談だ。
流石に現国王のユスティートはこの非公式の会談には参加出来ず、かなり悔しがっていたらしい。
つまりヴァニタスは今、スライムなんぞを追いかけて雨の中走り回り、びしょ濡れになって風邪を引きでもしたら一大事なのだ。
ラスティル王国の存亡に関わる。
「スライムは俺が探してきてあげるから」
「いや、でも……」
ヴァニタスが何故躊躇うのかはわかる。
あのスライム、やたら元気で人懐っこく、そして落ち着きがないのだが、俺にだけは懐かないのだ。
というか、むしろあからさまに俺を避けている。
マチルダや、あのセオドアにさえも積極的に甘えにいくのに、俺の姿を見るや脱兎のごとく逃げるのだ。
スライムを脱兎と表現するのが正しいのか否かはとりあえず置いておく。
「だからこそ、だよ。今日こそあいつを捕まえてやる……ふふ、ふふふ」
俺の言葉にヴァニタスは真っ青になって固まった。
そして錬金術で作った傘という雨避けの道具を俺に差し出す。
「こ、殺さないでね……」
あれ?
俺ってそんなに怖い顔してた?
真っ暗な闇。
土砂降りの雨。
旅をしている間は何度か経験したが、ヴァニタスの屋敷に住み始めてからはこんな状況下で外出することはなくなった。
「そろそろ、旅に出る準備や心構えをするべきかなぁ」
勇者や英雄なんてガラではないけど、友人や親しくなった人たちを守りたいとは思うのだ。
この屋敷で出会った……。
「親友と、親友の大切な人たちを守りたい……か」
「誰だ!!」
夜の闇に包まれた土砂降りの庭園に、一人の男が立っていた。
年齢は20代後半から30代前半。
黒髪黒目の長身の男が土砂降りの雨に濡れて微笑んでいる。
驚いたのは、その服装だ。
「ヴァニタス……いや、赤津孝憲と似た……」
長身の男は、ヴァニタスの前世だという赤津孝憲に似た服装をしていた。
この世界の服装ではあり得ない。
「うん。この世界の服装ではないよ。ヴァニタスくんの前世は赤津孝憲さんって言うのか……うん、全く同じ世界ではないかもだけど、お兄さんはその赤津さんがいた世界に似た世界で死んで、この世界に転生した転生者だよ」
心を読まれている!?
まさか……アリスの一族のこの俺が!?
思わず男を睨むと、男はニヤッと笑い……。
「でも、『アルビオンズ・プレッジ』は知ってる。お兄さんの世界にもあったから。ねぇ、英雄アルビオンくん」
男の右腕が透明になり、消える。
「なっ……!」
「英雄の力を見せてよ」
男が消えた腕を振りかぶる。
慌てて剣を抜き、払いのけた。
土砂降りの雨の中、確かに響いた金属音。
…………金属?
俺は男を視る。
男の姿に重なって見えるのは…………。
「…………なん、だと?」
「あ、バレた? うん、まぁ、バレると思ったからずっと君を避けてたし、今日此処で君を待ってたんだけどね」
男が人懐っこい笑みを浮かべると、たちまち奴の右腕は元に戻った。
男は右腕を上げたり下ろしたり、拳を握ったり開いたりしながら、俺を見る。
「仕掛けといて何だけど、お兄さんにはアルビオンくんを攻撃するつもりはないよ。もちろんヴァニタスくんや彼の大切な人たちを傷つけるつもりはない。だからね……」
男は笑顔を浮かべながら片目をパチリと閉じた。
「会談まで、お兄さんの正体をヴァニタスくんたちには黙っておいて欲しいなって。それを伝えたくて君を待っていたんだ。お願い。お兄さんは“弟”たちを助けたいだけなんだ。悪意がないのは君にはわかるよね?」
悪意はない。
確かに目の前の男に悪意はないのだが……。
「悪意はなくても、得体は知れないよね。あと胡散臭い」
「酷い!! お兄さん泣いちゃうから!!」
土砂降りの雨の中、泣き真似をする男に完全に毒気を抜かれてしまった。
まぁ、最悪……俺とヴァニタス、セオドアの3人でかかれば撃退は出来るだろう。
俺は溜め息を吐きながら剣を収めた。
「会談までだから。会談が終わったら、お前の正体をヴァニタスにキッチリ伝えるよ」
「うん、それでいいよ。ありがとう、アルビオンくん」
男はふにゃりとこちらの警戒心を消し去る笑みを浮かべるのだが……やっぱり胡散臭い。
「あー、もう。俺まで頭と胃が痛くなってきたよー」
会談は、もしかしたら想定以上に波乱に満ちたものになるのかもしれない。
45
あなたにおすすめの小説
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います
雪
BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生!
しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!?
モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....?
ゆっくり更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる