可愛げのない令嬢は甘やかされ翻弄される

よしゆき

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その後 1

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 アルマはヴェルナーと数ヶ月後に結婚することが決まった。
 色々思うこともあるが、アルマも腹を括った。彼に相応しい妻になれるよう努めるつもりだ。
 着々と結婚に向けて準備を進めていたある日。アルマはリーゼロッテとパーティーに参加した。といっても、アルマはリーゼロッテの付き添いのようなものだ。
 リーゼロッテもすっかりこういった場での振る舞いに慣れた。完璧なダンスを披露する彼女を、アルマは離れた場所で見守っていた。
 ふと、会場の隅でうずくまる青年の存在に気づく。アルマは慌てて彼に近づいた。

「大丈夫ですか?」
「ぁ……う……いえ……」

 青年の顔は真っ青で、声を出すのも辛そうだ。

「歩けますか? 部屋で休みましょう」
「す、すみません……」

 アルマは青年に肩を貸し、立ち上がらせた。ふらつく彼を支えながら、休憩用の部屋へ連れていきベッドに寝かせた。
 顔色が悪く呼吸も荒い。とても苦しそうだ。
 医者に見せた方がいいと判断したアルマは、この旨を主催者に伝えた。医者を手配してもらう間、アルマは部屋に戻り青年の傍に付き添った。
 額に汗が浮かんでいるのを見て、自分のハンカチを取り出しそれを拭う。
 濡らしたタオルを持ってこようかと考えたとき、突然額を拭いていた手を掴まれた。

「っ、す、すみません……!」

 勝手に汗を拭かれて不快に思われたのかと謝ったが、青年はうなされているだけだった。ぎゅうっと強くアルマの手を握り、呻き声を上げる。その姿があまりにも苦しそうで、アルマはそっと声をかけた。

「大丈夫です、すぐにお医者様が来ますから……」

 もっと、彼が安心できるような言葉をかけたいのに、なにも思い浮かばない。
 アルマはなにもできず、ただ立ち尽くして彼に手を握られていた。
 少しして、医者がやって来た。
 アルマはほっと胸を撫で下ろす。そろそろ会場に戻らなくては、リーゼロッテが心配する。
 強く指を握る彼の手にハンカチだけ残して、アルマはその場を後にした。
 会場に戻ると、すぐにリーゼロッテが駆け寄ってきた。

「お姉様! どこに行っていたの!?」
「ごめんなさい。体調を崩した方がいて、付き添っていたの」
「そんなっ……大丈夫だったの!?」
「ええ。今、お医者様がいらしたから……」
「お姉様のことよ! 大丈夫なの!? なにもされていない!?」
「もちろん、私は大丈夫よ……」
「本当に!?」
「ええ、本当よ……」

 凄い勢いで尋ねられ、アルマは戸惑いながらも頷いた。
 リーゼロッテは深く深く安堵の息を漏らす。

「良かった……。お姉様になにかあったら、ヴェルナー様に合わせる顔がないわ……」
「もう……。大袈裟ね、リーゼロッテは」
「……お姉様はまだヴェルナー様の愛の深さと重さをわかっていないのね」

 リーゼロッテに若干呆れたような目で見られる。
 確かにアルマにはわからない。
 彼に愛されている、ということはどうにか自覚はできたけれど。リーゼロッテが言うほど愛されているという自信はない。彼女の反応は大袈裟にしか思えないのだ。

「一応、今日のことはヴェルナー様に伝えた方がいいと思うわ」
「え? どうして?」

 リーゼロッテの言葉に不思議に思う。
 わざわざ彼に伝えるようなことではない。アルマはただ具合の悪い招待客に少し付き添っていただけだ。あの青年がヴェルナーの知人だというならわかるけれど。
 いくら結婚するとはいえ、そんな些細なことすらいちいち報告されても彼も迷惑だろう。

「とにかく、言わないでおくのはよくないと思うの」
「そうかしら……」
「そうよ。絶対教えておいた方がいいわ」
「わかったわ……」

 リーゼロッテに強く言われて、納得はできなかったが頷いた。妹は理由もなくそんなことを言わないとわかっていたから。
 しかし、時間が経ってアルマはそれをすっかり忘れていた。





 その日、アルマはヴェルナーと二人で出掛けていた。
 レストランで昼食後、公園を散歩していたときだ。

「アルマ嬢!」

 突然声をかけられ、驚いて足を止める。
 顔を向けると、見知らぬ青年がそこに立っていた。

「アルマ、知り合いかい?」
「え……っと……」

 ヴェルナーに尋ねられ、アルマは答えられなかった。
 困惑するアルマに、青年がハンカチを渡してきた。

「あのときは、ありがとうございました」
「あっ……」

 差し出されたハンカチを見て思い出した。この青年はパーティー会場で体調を悪くしていた彼だ。あのときは苦悶の表情しか見ていなかったので、気づけなかった。
 アルマはハンカチを受け取る。

「もう体調はよろしいのですか?」
「はい、もうすっかり! 貴女にはご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。親切にしていただいて、本当にありがとうございます!」
「いえ、私はなにも……」
「そんな……ずっと手を握っていて下さったじゃないですか。とても嬉しかったです!」
「え……」

 青年は照れたように言ってくるが、アルマは手を握った覚えはない。握られただけだ。しかもずっとと言うほど長い時間でもなかった。

「アルマ?」
「っ……」

 穏やかだけれどひやりとする声に名前を呼ばれ、アルマはびくりと肩を竦ませた。
 不穏なオーラを漂わせたヴェルナーが、爽やかな笑顔でアルマを見つめている。笑顔なのが余計に怖かった。

「どういうことなのか説明して?」
「あ、あの……」

 疚しいことなどなにもないはずなのに、酷く焦ってしまってなかなか言葉が出てこない。
 漸くリーゼロッテの言っていたことの意味がわかった。前もって話しておけば、こんな追い詰められているような状況に陥ることはなかったのだ。

「アルマ嬢? 彼は……」
「婚約者です! 私の!」

 アルマは食い気味に青年の疑問に答える。ヴェルナーの前でこれ以上誤解を招くような言動はしてほしくない。
 勢いよく答えてしまったあとで、アルマはなんとも言えない照れ臭さを感じた。
 思えば、こんな風に自分でヴェルナーを婚約者だと誰かに紹介したことはなかった。
 なんだかいたたまれないような、感じたことのない羞恥を覚えて、アルマは頬に朱を散らす。
 はにかむアルマの顔を青年から隠すように、ヴェルナーはサッと前に出た。

「どうもはじめまして。アルマの婚約者のエーベルヴァインです」
「えっ、あっ……」
「もう用事は済みましたよね? デート中なので失礼しますね」
「えっ……あ、まっ……」
「さ、行くよ、アルマ」

 なにか言いたそうな青年を無視して、ヴェルナーはアルマの腰を抱いてその場から離れた。
 急遽エーベルヴァインの屋敷に向かうことになり、馬車に乗せられる。
 二人きりになり、アルマはすぐに事の顛末を詳しく説明させられた。
 ヴェルナーはずっと笑顔だけれど、目が笑っていない。

「ふぅん、そう。俺以外の男と部屋で二人きりになって、手を握り合ったんだ?」
「違います! 私は握ってません! 握られただけです!」

 必死に言い募るアルマの手を、ヴェルナーが握る。

「この可愛い手を、他の男に握らせたの? 他の男に触らせたの?」
「そ、それは……」

 ヴェルナーの指が優しく絡まり、自然とアルマの顔が赤く染まっていく。恥ずかしさと嬉しさの入り交じった顔をヴェルナーがじっと見つめた。

「その可愛い顔も俺以外の男に見せたの?」
「っ、可愛いか、どうかは別として、この顔は見せていません……っ」
「本当に?」
「わ、私がこの表情になるのは、ヴェルナー様に、手を握られたからで……他の方に触れられても、こんな風にはなりませんっ」

 あのときは状況が状況だったからという理由もあるが、たとえ今、ヴェルナーと同じようにあの青年に手を握られてもドキドキはしないだろう。恥ずかしくて、でも嬉しくて、自分からも彼に触れたいと思う。ヴェルナーが相手じゃなければ、こんな気持ちには決してならない。
 繋がれた手に、ぎゅうっと力がこもる。
 嬉しいけれど、やっぱり恥ずかしくて、落ち着かない。

「ヴェルナー様……も、もう……」

 顔を真っ赤にして離して下さいと訴えるが、彼は更に強く手を握る。

「ヴェルナー様……っ」
「まだ。アルマに他の男の手の感触を覚えていてほしくないから」
「そんなの、最初から、覚えていません……。私が知ってるのは、ヴェルナー様だけ、です……」

 アルマは羞恥をこらえてそう伝えた。こういうことを言葉にして伝えるのはとても苦手だ。でも、ヴェルナーに疑われたり、誤解をされるのは嫌だった。感情を口にするのも表情に出すのも慣れていない。けれど、何度も気持ちを伝えてくれたヴェルナーに応えたいから、アルマも変わる努力をする。
 はあーっと深い溜め息が聞こえてビクッとするが、顔を見ると珍しくヴェルナーが僅かに頬を赤くしていた。

「可愛い……。ほんとに可愛い。アルマの可愛さを自慢して回りたいけど、やっぱり俺だけのものにしたい。今すぐキスしてめちゃくちゃ気持ちよくしてどろどろのぐずぐずにして俺に甘えさせたい」
「っヴェルナー様!」
「うん。もちろんこんな所でそんなことしないよ?」

 ヴェルナーはそう言うが、冗談とも思えないのが怖い。
 疑わしげに見つめれば、彼は苦笑した。

「心の狭い男だって呆れた?」
「え? そんなことありません……」

 ふるふると首を横に振る。
 寧ろ軽率な行動をしてしまったことをアルマは反省した。リーゼロッテに言われていたのに、すっかり忘れて前もって話しておかなかったことも。

「嫉妬深い男だって嫌いになったりしない?」
「しません……っ」

 反射的に否定して、それから彼の言葉に驚いた。
 ヴェルナーは婚約者の軽率な行動に怒っていたのかと思っていた。婚約者がいる身でありながら、不用意に手を握られてしまったことを。
 嫉妬していたなんて、思わなかった。彼のような素敵な男性が、嫉妬だなんて。そんな必要などないというのに。あの青年はただハンカチを返して感謝を伝えたかっただけで、アルマに特別な感情を抱いていたわけではないだろう。アルマはリーゼロッテと違い、男性に好意を持たれるようなタイプではないのだ。

「……アルマ、返してもらったハンカチは?」
「ここにあります」

 アルマはポケットから取り出したそれを彼に渡す。

「このハンカチは俺が預かるよ」
「? はい、わかりました」
「一度他の男の手に渡ったものを君に使ってほしくないからね」
「わ、わかりました……」

 嫉妬する必要なんてないけれど、彼が嫉妬しているのだと思うと、むずむずと胸が疼くような感じがする。決して嫌なわけではなく、ただなんだか無性に恥ずかしくなって、顔を伏せて隠そうとすれば顎を掴まれ止められる。

「ヴェルナー様……っ」
「この顔も、絶対に他の男には見せないで」
「見せません、から……っ」
「俺だけにしか見せてはいけないよ?」
「ヴェルナー様、だけ、です……」

 蚊の鳴くような声で伝えれば、ヴェルナーは柔らかく目を細めた。顎から手を離し、それからアルマを胸に抱き締める。

「君はあの男が君に対してどんな感情を抱いていたか気づいていないんだろう」
「え……?」
「でも、それでいい。わからないままでいてほしいから」

 ヴェルナーの言葉の意味が理解できなくて、でも尋ねることを拒むように強く抱き締められて、アルマは口を閉ざした。
 そっと彼の腕にしがみつけば、抱き締める腕に更に力がこもる。
 彼の温もりだけを感じて、アルマはその幸せなひとときに身を任せた。

 


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 読んで下さってありがとうございます。


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