義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話

よしゆき

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ユリウス視点 1

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 はじめてマリナと出会ったとき、天使のような愛らしさに目を奪われた。
 そして、こんなに可愛らしい少女が義妹になるのだと思うと嬉しかった。
 大切にしたい、守ってあげたいと、そう思った。
 本当の兄妹のように仲良くなりたくて、ユリウスは何度もマリナに声をかけた。
 だが、マリナはいつもそっけなくユリウスを突き放す。
 差し伸べた手を払われる。
 近づけば離れていく。
 こちらがどんな言葉をかけても、マリナはつんと澄ました顔を反らし、まともに顔を合わせようともしない。
 両親を亡くしたばかりで慣れない環境に放り出され、精神的に弱っていて、素直になれず意地を張っているだけなのかもしれない。
 そんな風に考えたりもしたが、すぐにそれが間違っていることに気づく。
 マリナが冷たい態度をとるのは、ユリウスに対してだけなのだ。
 両親にも、使用人にも、マリナは笑顔で対応している。
 だがユリウスにだけ、一度も笑顔を向けてくれたことがなかった。
 彼女は必要最低限の言葉しか交わそうとせず、視線すら殆ど合うことがない。
 二人の関係は、距離が離れることはあっても一向に縮まらない。
 マリナに突き放されればされるほど、あの愛らしい笑顔を自分に向けてほしいという思いはどんどん強くなっていった。
 けれどユリウスがどんなに友好的に接しても、マリナは頑なに心を開こうとはしなかった。
 近づけば、遠ざかる。
 だから、ユリウスは一度距離を置くことにした。
 ユリウスが無理に距離を詰めようとすれば、余計に離れていってしまう。
 だから強くマリナに焦がれながらも、彼女に構うのをやめた。
 時間が経ち、彼女が成長すれば、二人の関係も変わっていくはずだと信じて。
 だがユリウスの願いも虚しく、社交界デビューを果たしても尚、マリナの態度は変わらなかった。
 だが、とあるパーティーに二人で参加していたとき。マリナから突然声をかけられた。もしかしたら、はじめてのことだったのではないだろうか。
 驚きつつも、酷く気持ちが高揚する。
 ついに、彼女と打ち解けられるのではないかと。
 天使のように愛らしい笑顔を向けてくれるのではないかと。
 しかしマリナはいつもユリウスに向けている無表情のまま、そっけない口調で用件を話してきた。なくした耳飾りを探してきてほしいと。

「僕が? 自分で行けばいいんじゃないか?」

 そう言ったのは、純粋に疑問だったからだ。どうしてわざわざ嫌いなユリウスに頼んできたのかがわからなかった。
 マリナは怖いのだと繰り返し、どうしても自分で探しに行きたくはないようだった。
 頼られるなんてもちろんはじめてのことで、内心とても嬉しかった。これがきっかけで、少しずつ二人の距離も縮まるかもしれない。
 だからユリウスは断らなかった。
 耳飾りを探しに中庭へ出る。
 月明かりとライトに照らされた庭は、それほど暗くはなかった。だが、暗がりからなにかが飛び出してくるかもしれない、という恐怖を感じなくはないだろう。
 とにかく、早く耳飾りを探してしまおうと地面に視線を走らせる。
 地面ばかりを見てうろうろしていたユリウスは、ベンチに座る少女に気づかなかった。
 ぐすっと鼻を啜る音に顔を上げ、漸く彼女の存在を認識する。
 ハンカチを頬に押し当て涙を流す少女と、バッチリ目が合う。
 こちらの存在に気づかれていなければ見て見ぬふりをしたのだが、目が合ってしまった以上、声をかけずに立ち去ることはできなかった。
 ユリウスは彼女に優しく微笑みかけた。
 シルヴィエという少女の話を聞き、慰めの言葉をかける。
 話しているうちに気持ちが落ち着いてきたのか、シルヴィエの表情も和らいでいった。
 放っておくことはできず、そのままベンチに並んで他愛もない会話を続けた。
 徐々にシルヴィエも笑顔を見せてくれるようになった。
 初対面の相手の笑顔ですら、こんなに簡単に見れるのに。愛想笑いでもなんでも、大抵はこちらが笑えば相手も笑顔を向けてくれる。
 それなのに、マリナだけは絶対にユリウスに笑顔を見せない。
 彼女の笑顔が見たくて、彼女の笑顔だけを望んでいるのに。
 どれだけ強く求めても、手に入らない。
 だからこそ余計に、欲しくて堪らなくなる。
 シルヴィエと話しながら、ユリウスはマリナのことばかり考えていた。





 それから、シルヴィエとは顔を合わせれば言葉を交わすようになった。
 最初の頃は挨拶程度だったが、徐々に彼女といる時間は長くなっていった。最近ではパーティーの殆どの時間を彼女と過ごすようになっていた。
 ユリウスが、意図的にそうしているからだ。
 自分からシルヴィエに声をかけ、何気ない話題で和やかな会話を続ける。
 彼女と話している間、感じる視線にユリウスの心は喜びに満たされた。けれど視線になど気づいていない振りを装い、ひたすらシルヴィエとの会話を楽しんでいるように見せた。
 シルヴィエと一緒にいるときにだけ感じる、マリナの視線。いつもユリウスに無関心のマリナが、こちらを気にするように視線を向けてくる。
 マリナの興味が自分に向けられていることが堪らなく嬉しくて、彼女の関心を引きたくて、ユリウスはシルヴィエに声をかける。
 今日もそうして密かな喜びに浸っていたのに、友人のラドヴァンに邪魔をされた。
 マリナはラドヴァンに手を引かれ、笑顔でダンスを踊る。しっかりと顔を合わせ、視線を交わし、寄り添うように体を近づけて。
 ダンスとはそういうものだ。特別なことではない。
 けれど目に映るその光景に、暗く焼けつくような感情が込み上げた。
 ユリウスがダンスに誘っても、マリナは絶対に断る。ユリウスは決してマリナと踊ることはできない。
 けれどラドヴァンはユリウスがどれだけ望んでも決して手にできないものを、なんでもないことのように、簡単に手に入れている。ラドヴァンだけではない。恐らくマリナがダンスを踊らないのはユリウスだけなのだろう。
 そう思うと、激しい嫉妬に襲われた。
 気づけばシルヴィエと共に、ダンスを終えた二人に近づいていた。
 ラドヴァンがユリウスにシルヴィエとのダンスを勧めてきたら、なぜかマリナがそれを拒否した。ユリウスに答える隙も与えず、食いぎみに。
 まさか、やきもちを焼いてくれたのだろうか。
 酷く気分が高揚した。
 浮き立つ気持ちを抑えて平静を装っていたら、なぜかマリナとユリウスが踊ることになっていた。
 マリナはラドヴァンと踊っていたときのように笑顔を見せてはくれないが、踊ることは受け入れてくれた。
 絶対に無理だと思っていたのに、まさかマリナと踊れる日が来るなんて。
 ユリウスは歓喜した。
 これならば、マリナが笑顔を見せてくれる日も遠くはないかもしれない。
 そう考え喜んでいたのに、ダンスの最中、マリナはラドヴァンばかりを見ていた。ダンスのパートナーであるユリウスには目もくれず、ラドヴァンに視線を送り続けている。
 楽しそうに踊るラドヴァンとシルヴィエを見て、彼女は明らかにやきもきしていた。
 ユリウスとシルヴィエが踊るのを嫌がっていたはずなのに。
 今はユリウスのことなど眼中になく、シルヴィエとラドヴァンが踊っている様子を酷く不安そうに見ている。
 やきもちを焼いたから、ユリウスとシルヴィエのダンスを阻止したのではなかったのだろうか。
 全てユリウスの勘違いだったのか。
 少しでもマリナの関心が自分に向けられていると思っていたのに。それはユリウスの願望でしかなく、ただの思い違いだったのか。
 マリナの視線はラドヴァンだけに向けられている。
 ユリウスになど、見向きもしない。
 また、焼けつくような感情が沸き上がる。
 どうして自分を見ないのだ。
 今、彼女の目の前にいるのはユリウスなのに。
 彼女の目に、他の男の姿が映るなんて許せない。
 ぐいっと、マリナの腰を引き寄せる。
 二人の顔が近づき、マリナの視線がユリウスに向けられた。
 至近距離で見つめ合う。マリナの瞳には、ユリウスしか映っていない。
 そのことに、荒んでいた心が満たされていく。
 自然と笑みを浮かべていた。
 ユリウスの言葉に、マリナの表情が動く。
 瞳が揺れ、潤み、頬は鮮やかに赤く色づく。
 彼女は今ユリウスだけを見ていて、ユリウスの言葉に反応したのだ。
 その事実に堪らない愉悦を覚えた。
 もっと見たい。もっともっと、自分の言動で彼女の表情を動かしたい。彼女の心を揺さぶりたい。
 今までは、彼女の笑顔が見たかった。
 でも今は、自分だけが見られる彼女の顔を見たいと思った。
 その表情を、自分だけのものにしたいと。
 彼女の心がラドヴァンにあるのだとしても。
 歪んだ願望がユリウスの中に芽生えはじめていた。





 それからは特になにもなく時間は過ぎていった。
 念願だったマリナとのダンスは踊れたが、それで二人の関係が変わることもなかった。寧ろマリナはますますユリウスとの間に壁を作っているようだった。まるでユリウスに近づいてはいけないとでも思っているかのように。
 縮まらない距離に、ユリウスの渇望はどんどん膨れ上がっていく。
 そんなとき、マリナが毒蛇に咬まれた。あのとき、彼女が現れなければ咬まれていたのはユリウスだ。マリナはユリウスの代わりに咬まれたのだ。
 彼女は蛇の毒で数日間高熱にうなされることになった。
 意識が浮上するたび、マリナが口にするのはユリウスの名前だ。
 ユリウスの安否を医者に確認し、安心したようにまた意識を失う。
 彼女のことがわからない。
 頑なに拒絶してきたユリウスを、どうしてこんなにも心配するのだろう。
 こちらが手を伸ばせば振り払うくせに、毒に侵され苦しみながら、ユリウスのことばかり心配している。
 まるで自分の命よりもユリウスの方が大事だと言っているかのようだ。
 マリナはラドヴァンが好きなのではなかったのか。
 どうしてユリウスを助けたのだろう。
 危険も顧みずこちらに近づいてきて、逃げて、と訴えるマリナは、必死でユリウスを助けようとしていた。
 結果、マリナは蛇に咬まれ、ユリウスは無傷だった。
 高熱に苦しむマリナを見つめる。
 ユリウスは毎日、彼女の様子を見に部屋に訪れていた。
 マリナの気持ちがわからない。
 嫌われていたのではなかったのだろうか。
 でも、嫌いな人間のためにあんなに必死にはならないだろう。
 マリナがわからない。
 彼女はユリウスのことをどう思っているのか。
 彼女の心が知りたかった。
 体調が回復したマリナに尋ねれば、返ってきたのはとてもつまらない答えだった。
 家の為。助けたのはユリウスだからではなく、大事な跡取りだから。
 やはり彼女は、ユリウスのことなどなんとも思っていない。
 改めてそれを突きつけられた。
 こんなに求めているのに。
 決して手に入れることはできないのか。
 ユリウスの心は暗い闇に覆われていった。





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 読んでくださってありがとうございます。



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