魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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2.すこや課、現場入りします

12話

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「相変わらず忙しそうだねえ、レヴィは」

「はい……昔から、こんな働き方をされているんですか?」

「んー、あの子はそうだね。まあちょっと特殊なところがあるけど」

 あ、僕もか、とふにゃっと笑うノイルにシオンはふと違和感を覚える。


 ……あの子。


 レヴィアスを指した言葉であるのは間違いないのだろうが。

「レヴィアスさんとノイルさんは、付き合いが長いんですか?」

「レヴィがここに来る前から、僕は勝手に魔王城でいろいろ研究をしたり、好き放題やっていたからねえ。あの子が来た時から、面識くらいはあるよ」

「え……あの、ノイルさんってレヴィアスさんとお年は近いんですか?」

「え~?悪魔に年齢聞く~?」

 そんな合コンみたいなノリはやめてほしい。
 レヴィアスよりもだいぶ華奢な体格と、幼さの残る容貌から、勝手に若い悪魔なのだと想像していたのだ。


「悪魔の見た目年齢なんて、バルドラッドの口約束レベルで信じちゃだめだよ」


 ぐいっと顔を近づけられ、ノイルのあどけない笑顔が目の前いっぱいに広がる。
 悔しいかな、その笑顔にしっかりと心を掴まれてしまい、思わずシオンは赤面した。


「まあ、レヴィアスのことは本人に聞いてあげてね」


 そういってノイルはひとつ大きく伸びをし、テントの外へと歩いて行った。
 すると彼の背中からバサッと艶やかな翼が現れて、一度、二度と緩やかに羽ばたく。

「バルドラッドに報告してくるよ。成果はしっかり褒めてもらって、次の研究予算を取らないとね」

 そのまま、ノイルはふわりと宙に浮かび、空高く舞い上がっていってしまった。

 魔王を気安く呼び捨てにできるのか……と驚きながら、シオンは豆粒のように小さくなっていくノイルの姿を見送る。
 

「あれ……?あの翼って……」


 ノイルの背に現れた翼は、艶やかな黒色をした、まるで蝙蝠のような姿をしていた。
 近くでその様子を見ていた研究員が、ノイルが飛び立った先を眺めながら声を上げた。

「いやあ、かっこいいなあ、悪魔の翼。僕たちエルフ族は、翼に恵まれずで……蝙蝠っていうかドラゴンっぽくて羨ましい」

「悪魔の翼は、皆ああなんですか?」

「そうだと思いますよ。うちの研究員にも何人か下級の悪魔がいますけど、そいつらの翼もあんな感じです」

 まあ、やっぱり上級悪魔ともなると、翼の大きさや艶が違いますね!
 と、まるで美術品でも見たかのように顔を綻ばせる。

 それは街で高級そうなスポーツカーを見かけた後輩男子が見せた、きらきらとした顔にどこか似ていた。
 

「そうなんですか……」


 それならば、『彼』の翼は一体何だったのだろう。

 目を閉じれば今でも思い出せる。
 あの美しい漆黒の翼は、まるで白鳥のそれを丁寧に一本ずつ墨で染めたかのようだった。

 空の色を照り返し、ほんのりと青く光る翼は、ノイルのそれとは明らかに異なるものだ。


「あの……レヴィアスさんの翼って、ノイルさんとは全然違いますよね?……同じ悪魔なのに不思議で」


 ためらいながら、シオンが先ほどの研究員に尋ねる。
 それを聞いて、彼は「ああ!」と大きく頷いた。


「そうですね、レヴィアス様の翼も見事ですよねえ!翼フェチとしては派閥が分かれますが、甲乙つけがたく」

「はい。私、悪魔の翼というとレヴィアスさんの翼しか見たことが無かったので、ちょっと驚いてしまって」

 うんうん、と激しく頷きながら、研究員が熱量高く語りだす。

「そうでしたか!なにせレヴィアス様は、悪魔の中でもレアケースというか、やはり元天使の気高さが翼にも滲み出ていますよねえ」

「あ……え?」

「ピクシーなどのあの薄羽も美しいと思いますが、やっぱり翼は大きく、いかに風を掴めるかというその力強さと耐久性!それから構造的にも……」

 火が付いたようにロマンが……などと語る研究員の話が右から左へ通り過ぎていく。
 

 元、天使。


 天使は魔王城の管轄から外れ、天界と呼ばれる空の生息地に暮らしているのだと聞いていた。
 つまり、レヴィアスはそこを離れて魔王城に身を寄せた、ということなのだろうか。

 思いがけない言葉にシオンはしばし、ぼうっとする。
 確かに、出会った初めのころは、彼の容貌や人柄から、まるで絵画から抜け出した天使のようだと感じていた。

 しかし、天使が悪魔になるというのは、どんな理由があってのことなのだろうか。

 もう一歩踏み込んで聞いてみようかと思うが、ふと考えて躊躇する。
 彼の出自に近いところに、興味本位で噂話を探るようにして、勝手に踏み込んでよいのだろうか。
 
 堕天、という言葉がぶわりと頭の中で大きく立ち上がり、シオンの視界に黒い靄をかけたようだった。


「シオンさん!」


 元気よく響くカイレンの声に、シオンはハッとして振り返る。
 城に戻る荷造りを簡単に済ませたのだろう。
 バックパックを背負ったカイレンがこちらに向かって手を振っていた。

「さっきレヴィアス様とすれ違って聞きました!商人の手配が必要なんですよね?」

「そうなの、何人かピックアップをしているんだけれど、連絡を取って商談の準備をしないとね」
 
 了解です!と元気よく敬礼のポーズをして見せるカイレンに、シオンの気持ちがほっと和らぐ。
 研究員にお礼を伝えて、シオンはカイレンと共に実験用のテントを後にした。

「城に戻って、商談を進めてほしいそうです。テントは先ほど撤収したので、このまま飛竜で戻りましょう!」

「そうね」

 飛竜の離着陸所には、既にシオン達の手荷物が準備されていた。
 さすが、こういう細かいところの動きも早いのがカイレンだ。
 シオンが魔王城に来る前に、各所で重宝がられて使いつぶされそうになっていたのも理解できる。

「ねえカイレン」

 シオンが飛竜の背によっこらしょと跨る。
 それを見守るようにしてから、カイレンがその背中を支えるように、軽やかに騎乗した。

「やっぱり必要だと思う?筋肉」

「え、やだシオンさん、気にしてたんですか」

 行きの飛竜の背の上で会話したことを思い出し、シオンは自分の腕や足腰をじっと見つめる。
 お世辞にも鍛えられているとは言えない自分の腕をぽよぽよと揉み、シオンはううむと唸った。

「冗談ですよ、冗談。そりゃあ飛竜の上でバランスとったり、ちょっと高いところから飛び降りないといけないようなことも多いですから、筋力はあるに越したことは無いですけど」

 そもそも種族の違いもありますしね、とカイレンがフォローを付け加える。
 しかし、そもそもシオン自身も自分の非力さには辟易しているところがあったのだ。
 
「自分の身を守れるように……って難しいのはわかっているんだけど、もう少し私も鍛えた方がいいかなと思って」

「……ガルオンさんの言ったことだったら、本当に気にしなくていいと思いますよ」


 確かにガルオンの言葉が、考えるきっかけにはなっている。
 けれど、その前から業務上の様々なところでシオン自身その必要性を感じてはいたのだ。


「ガルオンさんも言っていましたけれど、私も……その、レヴィアス様だって何かあった時にはシオンさんを守りますから」

 有難いと感じながらも、シオンの心はその言葉を素通りしていた。
 上の空、という様子で飛竜の背を緩やかに撫でているシオンの姿を見て、カイレンがフム、と顎に手をやった。

「正直、シオンさんが今からめちゃくちゃ筋肉をつけたとして、到達できるのって例えばコボルトの子供くらいの身体能力だと思うんですよ」

 それを言われて、シオンがぐっと口ごもる。
 現実的なところを考えると、カイレンの言うことは至極真っ当で、まさに妥当なラインだと思う。


「なので、それなら……」
 

 カイレンはうーんと唸って、飛竜をふわりと飛び立たせた。

 ああでもない、こうでもない、と二人で話しながら、飛竜は風を切って魔王城の方へと飛んでいく。
 カイレンと話をしながら、気持ちの良い風に髪を靡かせていると、少し気持ちが落ち着いてくる。

 ちらりと見やった地上は既に随分と遠くなっていたが、ところどころで枯れた草木を焼く煙が立ち上っていた。

 解毒の手段が見つかったという知らせが届いたのだろう。
 てきぱきと働く彼らの姿に、昨日よりも活力がみなぎっているような気がした。


 事態は前進を始めている。

 
(私も、立ち止まってなんかいられない)

 ゆらゆらとバランスを崩しそうになる姿勢を必死に正しながら、シオンは真っすぐに前を見据えていた。
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