魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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7. 籠の鳥

3話

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 かれこれ何週間経っても、雨は止む気配を見せない。
 城内の植物園を訪れて、シオンは湿気ですっかり茎が弱ってしまった花を眺めていた。
 日照不足のせいだろうか、葉が薄く、どこか黄色がかっていて元気がない。

 数日前、ナナリーが薬草の生育が悪いとぼやいていたのを思い出す。
 今にも倒れそうな頼りない茎を見つめて、可哀想に……とシオンが呟くと、

「あなたもね」

 と困ったように笑って頭を撫でられた。

 あの時、そんなに酷い顔をしていただろうか。
 シオンはそっと自分の頬に手を触れる。

 やり場のない焦燥感と、心の中に湧き始めている諦念に、シオンはそっと目を閉じた。
 外に出られなくなった分、植物園や魔塔に顔を出す機会が増えた。

 いつもと違う風景に触れて少しだけ視界が明るくなったようにも感じたが、そのどちらにも忙しく働く職員の姿があった。
 回復しない環境の中、懸命に働く姿に心を動かされるほど、その場で滞留している自分に嫌悪感が増していく。

 無意識に他人と比較してしまう自分の弱さが憎い。
 
「シオン、あんた大丈夫かい?」

 食堂でアニタがご飯を盛ってくれながら、小さい声で囁いた。
 ぺんぺんとお皿に盛られたごはんが、次第に大盛になっていく。

「だ、大丈夫です。あの、アニタさん盛りすぎ……」

「ああ、ごめんねえ、食べれば元気になるっていう事しか分からなくて、ついね」
 
 慌てて普通盛に戻された皿を受け取り、シオンは微笑んだ。
 心配をかけてしまっていることは心苦しいが、こうして話が出来るだけでもほっとする。
 あの日、レヴィアスの執務室で一緒にご飯を食べた温かさを思い出せるような気がするのだ。

「何があったか分からないけど……ここのところレヴィアス様もちょっと様子がおかしくてね」

 アニタのその言葉に、シオンはえっ?と首をかしげる。
 そうこうしている間にほかほかのスープが差し出され、慎重に受け取った。

「前から働きすぎだと思っていたけど、ここのところ危険な仕事全般を引き受けているみたいで」

「そう……なんですか」
 
「おかげでけが人は減ったけど、見ているこっちが、なんだかこたえるよ」

 ひょいっと、皿に白身魚のソテーが乗せられる。

「あ、アニタさん……私こんなに食べられない……」

「ちょっと痩せたでしょう」

 ぐっ、とシオンは口ごもる。
 外出頻度は減ったし、内勤で動かなくなったのに、なぜか体重が落ちていた。
 この感じには覚えがある。

 ――以前、会社で働きづめになっていた時と同じ体の変化だ。

「味は薄目だし、柔らかく焼いてあるから食べなさいね」

 じわっと目の奥が熱くなる。
 ただご飯を食べるだけなのに、なぜだか自分が肯定されるかのような温かさ。

「はい」

 シオンは少しだけ俯いて、笑った。



 執務室に戻り、窓辺に立つ。
 目いっぱいカーテンを開けて光を取り込もうとするが、厚い雲は未だに太陽を覆い隠したまま退く気配がない。
 ほとんど見えないくらいになった手首の傷が、ほんのりとした光に照らされて僅かに浮き上がる。

 体の回復と反比例するように、シオンの心は雨の中に沈み続けていた。

 食堂から部屋へと戻るなかで、ちらりとレヴィアスの姿を見かけた。
 彼の銀色の髪は濡れており、どうやら外での仕事から戻ったところのようだった。

 アニタの言葉が気になり、声をかけようかと逡巡する。
 少し遠目から見る彼の横顔はどこか険しく、疲労の色が滲んでいるのが見てとれた。
 巡視隊員といくらか言葉を交わしたあと、不意にレヴィアスがこちらの方に視線を向ける。

「あ……」

 何と声をかけようか、と僅かに迷っている間に、レヴィアスはシオンの姿を見て一瞬目を見開いた。

 それから、彼は何か言いたげに唇を震わせ――
 顔を逸らして、彼の執務室の方へと歩いて行った。

 心の奥が冷えるような、その時の感覚を思い出す。
 何故だか、悲しげにも、傷ついたようにも見えた彼の青い瞳がシオンの脳裏に焼き付いている。

 ……可哀想だなんて、思われていないだろうか。

 シオンの心はざわついていた。

 ナナリーやアニタ、カイレンたちの心遣いはありがたく身に染みた。
 でも……もしも、レヴィアスに憐れまれ、優しくされてしまったら。

 シオンの中の矜持が、なぜだかそれだけは受け入れることが出来ない、と叫んでいた。

 パタパタ、と雨の音が響く中、シオンは窓を開けた。
 すかさず雨が吹き込んでくるが、今はそれよりも外の空気を吸いたい気持ちだった。

 その時ふと、空から一筋の光が差した。
 ふわりと風にのって舞い落ちる、真っ白な羽根。

 不思議に思って空を見上げると、そこには。

「……やあ、ずいぶんとやつれた顔をしているね」

「エリオル……さん?」

 純白の翼をはためかせて、天使が空を舞っていた。
 頬を伝う雨の筋すらも、彼を輝かせる一助のように感じる。
 その姿は、絶対的な美しさを放っていた。

「どうしてここに?……人を呼びますよ」

「呼んだところで、僕は単なるお客様だよ。君……外に出られないんだって?」

 どうして知っているんだろう?とシオンは眉をひそめるが、彼が訪ねてきたのはおそらくシンシアだ。
 彼女であれば、シオンの外出禁止について知っていても不思議ではない。

「出られませんが……いずれにせよこの長雨です。私に出来ることは有りませんから」

 それは、シオンが自分自身に何度も言い聞かせてきたことだった。
 自分の無力さを雨のせいにしているようで、口から出たその言葉が胸をじくりと刺した。

「ふうん……じゃあ、ちょっとデートしようか」

「は……い?」

 そういうと、エリオルは白く伸びやかな手をシオンへと差し出した。
 状況が理解できずシオンが迷っていると、エリオルはひょいとシオンの腕を掴み、体を引き上げる。

「きゃっ!?」

 そのまま腰を抱き抱えると、窓枠を蹴って大きく飛翔した。
 ざわ、と魔王城がざわめいたような音が聞こえる。

「ちょっと、エリオルさんっ……困ります!」

「どうして? もしかして抱かれながら飛ぶのは初めてかな」

 レヴィアスと空を飛ぶことはないの?と悪戯っぽく笑って、そのまま魔王城の門の上空を飛んでいく。
 思いの外スピードが速い。
 シオンはエリオルの腕をきつく掴む。

 城門がどんどんと遠くなる。
 驚いたような衛兵の顔は、豆粒ほど小さくなるまでじっとこちらを見ていた。
 
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