魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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7. 籠の鳥

7話

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 外出禁止が解かれ、シオンはいそいそと長雨の被害にあった現場を巡っていた。
 あまりにも長かった悪天候は、ようやく一つの区切りを見せ始めた。
 時折雨が止む時間があらわれ始め、それが少しずつ長いスパンに変わっていく。
 地面が乾く瞬間こそまだないが、確実に天候は回復に向かっていた。

「シオンさーん!」

 ぬかるんだ地面を力強く蹴りながら、カイレンが走ってくる。
 背中には大きな荷物を背負っていて、この軽やかさだ。
 基礎体力の違いを痛感しつつ、その分別のところで役に立とう、とシオンは気持ちを切り替えた。

「土砂崩れの跡、すごく綺麗になったね」

 体が軽く小回りのきくコボルト達が、身体を泥まみれにしながら奮闘している。
 こんな時ではあるが、ぽこぽこと地面についている足跡が可愛い。

「はいっ!ここは魔物達にとっての物流の要でしたからね……早めに整備できて良かったです」

 にこっと笑うカイレンの表情に、疲れの色は感じない。
 家族と過ごした時間が、彼女にとってよい息抜きになったのだろうか。
 シオンはヴァルターに感謝した。

「あちらで、ノイルさん達が地盤の強化について話していましたよ。物資についても相談したいみたいでした」

「ありがとう、行ってみるね」

 カイレンに手を振り、シオンはノイル率いる魔塔メンバーの元へと向かった。
 アカデミーの生徒たちの力を借りながら過去のデータを洗った結果、ここまで顕著な天候不順は予測できなかったものの、近年は集中豪雨や季節外れの冷え込みなどの傾向があることが分かった。

 それならば本格的に対策を……ということで、調査も兼ねて魔塔の面々が駆り出されたのだ。

「ノイルさーん! 人材、物資足りていますか?」

 シオンが声をかけると、ノイルはふにゃりと笑って手招きをした。

「ちょうど良かったよ。あ、軟禁終了おめでとう」

 さらっとそう言うノイルに、シオンは苦笑いする。

「あはは……ありがとうございます……」

 ノイルはにやにやしながら、ぴらりとリストをシオンの目の前に示した。

「魔法で強化するのも大切だけど、長い目で見るならドライアドの力を借りて植物で覆うのがベストだね」

「植林ですか」

 そうなると、問題は土壌の質だろう。
 粘土質で表面はぬるついているが、深いところはかなり硬い。
 ノイルたちの調査によると、土壌が含む魔力の素が少なく、植物の生育にはかなり厳しい環境のようだ。

「土に魔石を混ぜ込んで定期的に補給してやるとか……まあ、やりようはありそうかな」

「なるほど……」

 メモをとりながら、シオンは頷いた。
 このぶんだと、連携先は、ナナリーとドランだ。
 土壌を改善してくれる生物について、シンシアに尋ねても良いかもしれない。

 状況を聞いて、次にどうすべきかが想像できるようになったことは自分の中でも大きな成長だと感じていた。
 繋がりが増えた分だけ、支えられていることを実感できる。

 影から這い出る手に足首を掴まれるような焦燥に、今も駆られることがある。
 それでも、ちょうど雨上がりの空のように、シオンの心には薄い光がさしていた。



 その日の夕方、頼まれていた薬品を届けにシンシアの研究室を訪れる。
 はっきりと見える夕日なんて、何日振りだろうか。
 オレンジ色の光を背にして、シオンは地下への階段を降りた。

 シオンの気配を察した黒猫が、いつものように鳴きながら足元に擦り寄ってくる。
 その声に気がついたのだろう。
 シンシアがドアの隙間から顔を出した。

「ああ……あなたね」

 仕草だけで研究室へとシオンを招き入れてから、シンシアは何かのメモをじっと見つめた。
 テーブルには、鳥の翼の模型のようなものが置かれている。

「頼まれていたものが揃いましたよ」

 鞄から薬瓶を取り出して、テーブルの上に並べる。
 何に使うものなのか見当もつかない色とりどりの瓶が、ランプの光を照り返している。

 ふと、思い出してシオンがシンシアに尋ねる。

「あの……ここに、エリオルさんはよく来るんですか?」

「天使の子でしょう? そうね、時々」

 やはり、とシオンは少しだけ身構えた。
 レヴィアスを狙うだけなら、シンシアに接触する必要はないはずだ。
 エリオルには、魔王城を訪れる目的が他にもある。

「どんな用件で出入りをしているんですか?」

 そう問うと、シンシアは面倒くさそうに顔を顰めた。
 あまりに露骨な様子に、シオンは苦笑いする。

「すみません、干渉するつもりでは無いんですが」

「なんとなく聞いてるわよ。レヴィアスと揉めてるんでしょ? 心配しなくても、私のところに来るのは医学的な話のため」

「医学的……?」

 エリオルが、シンシアたちの研究に興味を示しているということは知っていた。
 それは想像していたよりも、本格的な興味だったのかもしれない。

「あの子の目的はひとつ」

 シンシアはトントン、と机を指で叩いた。
 翼の模型。
 それから、小さな瓶に入った……何かの組織のサンプルだろうか。

「私も初めて知ったけど……『天使の奇病』について調べてるみたいよ」

 シオンはその言葉に衝撃を受けていた。
 なぜエリオルが、その病気について調べているのか?
 天使にとって、重大な症状を引き起こす病だから?

 エリオルは知らないはずだ。
 サーラがその病に侵されていたことを。

「ずっとひとりで研究していたみたいね。天界では、その病について触れることすらタブー視されているんですって」

 シンシアはため息をついた。
 発症した者を閉じ込め、隔離し、『なかったことのようにする』。
 医者としては、受け入れ難い行為だろう。

「なぜ……エリオルさんがその病気を……」

 彼は、気がついていたのだろうか。
 サーラが、何を望んだのか。
 何故、レヴィアスがサーラの命を奪ったのか。

 ――それらの選択の中から、自分が優しく除外されていたことに。

「……まだ私、やることあるから」

 言外に出ていけ、と促され、シオンはあわてて階段を登る。
 頭の整理はまだつかない。

 どこかで、誰かの笑い声が響いた気がした。
 城内の空気は、確実に活気付き始めている。
 
 オレンジ色の夕日が廊下を照らす中、シオンはゆっくりと歩き出した。
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