【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清

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64.

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 六十五階までは一日でクリアできるようになったが、六十六階からはまだ当分時間がかかりそうである。
 夕食を終え、最近は日常となってしまった王太子とサラの二人だけのお茶会も、大分慣れたな、と、サラは思う。
 兄やカイル達のように遠慮なく物申すには程遠いが、自然に会話ができるようになっていた。
 だが今日は、王太子の様子がいつもと違って緊張しているように見え、サラは指摘していいのかどうか迷う。
「六十五階まではスムーズに進行できるようになりましたね」
 と無難な話題を提供すれば、王太子は「そうだね」と言葉少なに頷いた。
 隣に座る王太子を見上げれば、王太子もサラを見ていた。
 穏やかに微笑んでいるにも関わらず、何故だか真剣な瞳をして見つめてくるので、サラは視線を外せなくなる。
「サラ嬢、杖はずっと使ってくれているんだね」
「はい。Bランクのお祝いで頂いた大切な物ですから。Aランクでも問題なく通用しておりますし、本当にありがとうございました」
「うん。…剣は使ってみた?」
「実践ではまだ剣を振るう機会がなくて。…でも、使う日が来るのが楽しみです。稽古で振ってみたのですが、とても美しくて感動しました」
「喜んでもらえて良かった」
「いつも頂くばかりで、何もお返しできていないことが心苦しいのですが。兄もカイルさん達も「パーティーで返してくれればいいから」と」
「そうだよ。それが一番のお返しだ。…ずっと私達と一緒にメンバーでいて欲しい」
 何か大事なことを言われているような気がして、サラは素直に頷いた。
「私でよろしければ、喜んで」
「良かった。…あー、その、妹の茶会に参加した時に、つけていたアクセサリーがあるだろう…?」
 王太子が視線を逸らし、持っているティーカップが揺れていた。
「はい」
「…あれ、とても似合っていたよ」
 こちらを向いて細められた蒼い瞳を見て、サラは大切なことを思い出した。
「…ありがとうございます」
 魔力の乱れ。
 宝物として大切にしている、ピアスとネックレスのサファイア色。
 初めて兄から受け取った時に感じた魔力。
「あの、殿下」
「何だい?」
「…あのアクセサリー、殿下が選んで下さったのでしょうか?」
「えっ…?な、ななんで!?」
 ティーカップの中に入っていた紅茶が、激しく揺れた。
 動揺を示す王太子に、サラはやはりと頷いた。
「兄から受け取った時、殿下の魔力を感じたのです。…宝飾品や武器防具、魔力を通しやすいものに触れると、それに関わった人の魔力を感じることができるんです。…杖も剣も、あのアクセサリーも、この間お借りした本にも殿下の魔力が強く残っていて、きっと心を込めて選んで下さったのだろう、って…」
 サラは言葉を続けられなかった。
 王太子が、真っ赤な顔をして俯いていたからだった。
 サラは内心驚き、だが何故か心のどこかで納得する自分がいることも自覚した。
「…し、知ってた…?」
 王太子の声は弱々しい。
 ティーカップをテーブルに置き、片手で口元を覆って、なんとも自信がなさそうな姿は普段の王太子からは想像もつかない。
 一つ、鼓動が高鳴った。
 サラは躊躇うが、勘違いではないことを、確認したかった。
 …王太子の気持ちを、聞いておきたい気持ちが強くなる。
「…殿下は、兄の妹である私を気遣って下さっているのかと」
「違う」
 即答され、サラは震えた。
「違う。…何かを贈りたいと思うのも、どんな物を贈れば喜んでもらえるだろうと悩むのも、…君がクリスの妹だからじゃないよ」
 じわり、と、頬が熱くなるのを自覚した。
 唇が震え、両手が震える。
 耳元で鼓動がうるさく聞こえてきた。
 王太子の方を見られなくなって、ティーカップへと視線を落とす。
 最初によぎったのは、嬉しい、という思いだった。
 嬉しい。
 家族以外に、心を向けてくれる人がいることが、嬉しい。
 殿下の優しさは知っている。
 五歳の時、兄が王太子の友人として認められたということで、サラも謁見を許され初めて王宮で会った時から、優しかった。
 兄の妹として、兄に恥をかかせてはいけないとずっと思ってきたし、英雄である両親が誇れる娘でありたいとずっと努力をしてきた。
 父が騎士爵であった頃には、自分は将来冒険者になるのだと思っていたし、殿下の側近として許された兄と己とは立場が違うことを自覚していた。
 男爵になってから、多少立ち位置は変わったものの、貴族としては末端であり、両親と兄には肩書きがあるのに比べ、サラには何もなかった。
 今も、ない。
 Aランク冒険者という肩書きだけが、サラが持つ唯一のものなのである。
 それでも殿下はいつも、優しい瞳でサラを見守ってくれていた。
 知っている。
 サラのことを気にかけてくれていたことを、知っている。
 だがそれは「クリストファー・バートンの妹」だからだと思っていた。
 …否定されたのだった。
 サラ自身を、見ていてくれたというのだった。
 だとすれば、殿下の魔力が残る贈り物の意味が、変わるのだった。
「……っ」
 居たたまれなくなり、サラは立ち上がった。
 ガタン、と、イスが行儀悪く音を立てたが気にする余裕もない。
 王太子がこちらを見る気配がしたが、サラには視線を合わせる勇気はなかった。
「お…、」
「…お?」
「お、おおお、おやすみなさい!!」
「え…」
 恥ずかしい。
 嬉しい。
 居たたまれない。
 返事も聞かず、一目散にテントへと走った。
 兄やリアム、王太子のお付きに挨拶をするという基本すら、頭の中から飛んでいた。
 背後に兄が呼びかける声が聞こえた気がしたが、答える余裕もなく、テントの中へと駆け込んで鍵をかけた。
 今だけは、兄に入って来て欲しくなかったのだった。
「うわぁ…ああぁ…ええぇ…」
 言葉にならない奇声を上げながら、サラはその場に蹲る。
 頭を抱え込むようにして、ひたすらに唸った。
 どうしよう。
 どうすればいい。
 明日どんな顔をして挨拶をすればいいの。
「ううぅ…」
 落ち着いて。
 落ち着いて私。
 しばらく丸まって唸っていたが、これではいつまでたっても埒が明かない。深呼吸をし、立ち上がる。
 まずはお風呂に入って、着替えて、ゆっくりしよう。
 自分の顔がずっと熱いのは、気のせいだ。
 全身汗をかいている気がするのも、きっと気のせい。
 そう、早くお風呂に入ろう。
 よろよろと壁に手をつき、あちこちに身体をぶつけながらサラはなんとか風呂に入り、寝間着に着替えて冷たい水をコップ一杯飲み干して、ベッドにうつ伏せた。
「…ダメだ、どうしよう…」
 全く心が落ち着かない。
 頭もずっとフル回転しているにも関わらず一向に答えが出ない。まとまらない。
 こんなんじゃ眠れない。
 明日もダンジョン攻略なのに、殿下ったらなんてことを。
 ごろりと寝返りを打ち、天井を眺める。
 マジックテントは魔力を注げば拡張される。
 拡張されたら、内装は自由にすることができた。
 内部の形状は、テントの中に四角の囲いを設置して、その中に内装を作っている、というイメージである。
 テントといえば錐である為、囲いの壁から上、天井部分はテントの素材と同じ白で、そして中央に向かって収束していく。
 不可思議なその形状を飽きることなく眺めながら、サラは殿下の魔力が残る贈り物を一つずつ取り出して、ベッドに並べた。
 杖と、剣。アクセサリーは屋敷にあった。
 魔法の勉強をしていると言えば、本を頂いたこともある。
 兄が面白い戦記物の本を殿下にもらったから、と、サラにくれたこともある。
 それらはお気に入りになって、このテントの中にあった。
 身体を起こし、それらを見下ろす。
 サラは「英雄の娘」であった。
 「王太子の親友の妹」であり、「男爵家の令嬢」であった。
 「どこかに所属しているサラ」は、誰かのおかげで大切にしてもらえた。
 冒険者としてソロで活動している時だけは、「サラ」という個人でいられたが、順調ではなかった。
 ただの「サラ」は、大切にしてもらっていたわけではない。
 殿下は、何者でもないただの「サラ」をも、気にかけてくれているのだと言った。
 明確に言葉にされたわけではないが、サラに好意を持っていると示されたのだ。
 素直に、嬉しいと思う。
 好意を示してもらったからと言って、具体的にどうなるものでもない。
 そのことを、サラは理解していた。
 王族たる彼に、無責任な発言は許されない。
 サラとの関係を「どうしたい」と明確に発言されない限りは、どうなることもない。
 わかっている。
 理解している。
 平民ならば気軽に「付き合ってみる?」とでも言えたかもしれない。
 だがそれは、許されない。
 貴族であれば、当主に「お付き合いします」と報告をし、節度を持って付き合わねばならなかった。
 破局するにも、婚約するにも、必ず家を通さねばならなかった。
 恋愛結婚が推奨されている現在では、家を通さずこっそり学園で付き合っている生徒が大半だったが、「王太子」である彼に規範を乱す行為は許されない。
 気軽に「付き合おう」と言える立場にもない。
 王太子の背後には、王家があり国家があるのだった。
 好意を持っているとサラに告げたことすら、予定外だったのではないかと思う。
 それでも、聞けてサラは嬉しかった。
 それは事実である。
 
 …「男爵家の令嬢」では、身分が王太子殿下には釣り合わない。
 でも、「Aランク冒険者のサラ」ならば、殿下と同じパーティーにいられるのだった。
 
 胸の奥が、少し苦しい。
 そっと胸を手で押さえる。
 ずっとパーティーメンバーでいて欲しい、と言って下さった。
 願ってもないことだった。
 ならば私にできることは一つだけ。
 
 殿下が必要として下さる限り、お側にいられるよう、努力しよう。
 
 サラは「サラ」を必要としてもらって、嬉しかった。
 これが恋かどうかは、まだわからない。
 それでもサラは、決意したのだった。
 
 
 
 
 
 翌朝テントを出たサラは、兄とリアムが寛ぐテーブルへといつものように歩み寄った。
「おはようございます」
「おはよう、サラ」
「おはようございます、サラさん」
「昨日は挨拶もせずに寝ちゃってごめんなさい」
「ああ、…いいよ。気にしてない。ほら、座って。騎士さんがお茶持って待ってくれてるから」
「あっ!ごめんなさい、おはようございます」
「おはようございます」
 兄がイスを引いてくれるのでありがたく座りながら、サラは騎士にも挨拶をする。
 騎士はにこりと上品な笑顔を浮かべて、サラに挨拶してくれた。
 何となく兄とリアムの二人から窺うような視線を感じたが、サラはいつも通りに振る舞うことにしたのだった。
 しばらくしてカイルとリディアがやって来て、王太子も間を置かずにテントを出てきた。
「おはよう」
「おはようございます」
 王太子も一見すると普段と変わりない。
「今日はどこまで進めるかしら!」
 朝食を囲みながら楽しそうに言うリディアに、王太子は真面目に頷く。
「六十六階は抜けたい所だが」
「ワンフロア分の敵全部来てんじゃないの?ってくらい、数が多いものね~。ホント、サラとリアムさんがいなかったらヤバかったわね…」
「俺何回も「あ、死んだな」って思ったもんな…」
「レベル上げがはかどりますねぇ」
「金策もな」
 兄の一言に全員が頷き、カイルの一言にも頷いた。
「そういえば、ドルムキマイラがいるのは六十八階になります」
 突然のリアムの発言に、全員が目の色を変えた。
「何!」
 カイルが真っ先に反応し、リディアが目を輝かせる。
「早く六十八階に!行かなきゃ!!」
「…だが六十八階ということは、敵が四方八方から来る状況で戦わねばならない、ということだろうか」
 王太子の冷静な指摘に、場が静まった。
「はい。ですので、ドルムキマイラはあらかた掃除を終えた最後に相手をすることになります。出口付近に一体は必ずいるので、いい金策になりますね」
「おし、六十八階目指して真剣にレベル上げすっぞ」
 カイルが立ち上がり、「お~!」と気合いを入れながらリディアが席を立つ。
 夫婦の息はぴったりで、仲の良い様子にサラは微笑ましい気持ちになった。
「まぁ、やる気が出るのはいいことだ」
 苦笑混じりに王太子が立って、兄妹やリアムも立ち上がった。
 テントやテーブルの片づけを済ませて、出発する。
 六十六階でも陣形はそのままで、ゆっくりと歩く。
「…サラ嬢、問題はなさそうかい?」
 隣を歩く王太子の迂遠な問いに、サラは微笑んだ。
「はい、大丈夫です」
 ちゃんと眠れたか、体調は大丈夫か、と気遣ってくれているのだった。
「…いつも、ありがとうございます」
 意図は伝わっていますよ、という気持ちを込めて見上げれば、王太子は僅かに目を瞠り、そして微笑んだ。
「そう、良かった」
 温かい、笑みだった。
 その日は六十七階の途中で時間切れとなり、帰還となった。
 一階に戻った時に、王太子から来週は不参加であることを告げられ、サラもまた茶会の為不参加となることを伝えた。
 兄は少し考え、カイル達に向き直る。
「サラの予定は土曜だけだから、日曜に日帰りなら参加できる。土曜は四人で行くか、メンバーを募るかする?」
 すると、王太子が話に入ってきた。
「待て。それなら私も日曜は参加できる」
「お、それなら土曜は休みでいいんじゃね?」
 カイルの提案に、皆が頷いた。
「そうしよう。では来週は日曜に」
「了解!じゃーまたな!」
「お疲れ様でした」
 リアムとはその場で別れ、残りのメンバーは転移装置へと向かい、王都へと飛んだ。
 東国イストファガスへの直通の転移装置は、国内向けの場所から少し離れた場所にある。カイル達とはそこで別れ、王太子一行と兄妹は、王宮行きの転移装置がある建物の前へと歩く。
「また明日、学園で会おう」
「お疲れ様でした」
「…サラ嬢、気をつけて帰るんだよ」
「はい。殿下もお気をつけて」
「うん。では」
 いつも通りの挨拶。いつも通りの日常。
 それでも何故か、サラの中で王太子への気持ちの変化を自覚した。
「…サラ、大丈夫か?」
 一行を見送って、自分達の馬の元へと歩き出した所で、兄に声をかけられた。
 兄は複雑そうな表情で見下ろしており、昨夜の王太子との一件について言っているのだと察した。
 サラは苦笑する。
「お兄様、私いつも通りにできてた?」
「…うん。びっくりするくらい」
「そっか。なら良かった」
「いいのか?」
「…私にできることって、パーティーメンバーとして頑張ることだよね?」
「えっ」
 兄が驚愕し、それを見たサラもまた驚いた。
「…え?あれ?違った?」
 だって同じパーティーでいて欲しい、と言われたのだ。
 それ以外のことは何も言われていなかった。
 ならば私がすべきことは、追い出されないように頑張ることではないのか。
 首を傾げれば、兄は「あぁあ…」と呻きながら頭を抱え込んだ。
「…お兄様?」
「……ああ、うん、そうだね」
 勢いをつけて身体を起こした兄は、サラに笑顔を向けた。
「おまえは頭が良すぎるな」
「え?そう?」
「でも今はそれでいい。しっかり頑張って行こうな」
「うん!」

「…身分差考えればまぁそうか、そういう結論になるよな…」

 サラは夢見がちな貴族令嬢とは違うのだ。
 兄の悲しみ交じりの呟きは、前を歩き出したサラには届かなかった。
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