68 / 107
67.
しおりを挟む
サラが今まさに誘拐されようとしている時、名誉騎士は王の背後に控えて会議に参加していた。
妻とは常時パーティーを組んだ状態にしており、それは結婚すると決めてからずっと今まで継続していた。
特に会話があるわけではなくとも、パーティーを組んでいる、という事実が名誉騎士を安心させるのだ。
妻からは何かあれば話しかけてくる。
こちらの返事を期待しているわけではなく、妻が元気で過ごしている、という証明をしてくれているのだった。
スタンピードの時妻を失いかけてから、名誉騎士は妻の側から離れられなくなっていた。
目を離した瞬間死んでいるのではないかと思うと恐怖に駆られ、その場を動けなくなるのだった。
パーティーを組んだままで過ごすこと、定期的に連絡することを徹底したおかげで、今の名誉騎士がある。
息子が生まれ、娘が生まれて、本当は二人もパーティーに入れ、常に無事でいるか確認しておきたい所だった。
さすがに妻に止められた。
二人には二人の人生があるのだから、と。
自由に生きさせてあげよう、と。
そんな妻からパーティーメンバーの追加連絡が来て、名誉騎士は訝しんだ。
「決して発言はしないで」という禁止事項の追加まであったからだった。
メンバーが兄妹であったので安堵はしたが、聞こえてきた内容に冷静さを失い、会議室は文字通り一瞬で凍り付いた。
会議に参加していたのは王と王太子、宰相に外務大臣であったが、凍り付くと同時に会話が止まり、皆の動きもまた止まった。
「…め、名誉騎士よ、ど、どうした?」
珍しく動揺した王が、声を震わせた。
どのように説明すれば良いか迷っている間に、王太子もまた動揺した声を上げた。
「め、名誉騎士殿、殺気が、魔力が、王宮を覆いつくさんとしているが、どうされた?」
見れば四人とも寒さでか、身体を震わせ、真っ青な顔をしていた。
そこで初めて会議室を凍らせてしまったことに気づき、魔法を解除する。
「…申し訳ございません、部屋を凍らせてしまいました」
「いや、そうじゃない。いや、解除は助かる。いや、そうじゃなくてだな」
今まで、名誉騎士がこのような暴走をしたことなどなかった。
心臓が止まりそうな圧迫感と恐怖心が四人の身体を支配し、王宮を飲み込む程の怒りと殺意の波動に震える。
王の言葉に、名誉騎士はあらゆる負の感情を乗せて、呟いた。
「サラが誘拐されています」
「ひっ!?」
聞いた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じた。
宰相と外務大臣が心臓を押さえてテーブルに突っ伏し、唸っている。
王と王太子は震える身体は止められなかったものの、王族のプライドをかけて耐えてみせた。
「め、名誉騎士よ、落ち着け。事情を話してくれ。力になるから!!」
悲鳴に近い王の叫びに、ようやく名誉騎士は王を見た。
視線の合った王は名誉騎士に向かって頷き、「落ち着け。今どういう状況なのだ?冷静に、わかるように、説明しなさい」と静かに語りかけた。
名誉騎士は僅かに考える素振りを見せ、頷く。
殺気はそのままであったものの、潰されるような圧迫感は消えていた。
宰相と外務大臣が脂汗を拭いながら身体を起こし、肩で息をしていたが、気にかけてやる余裕はない。
「…名誉騎士殿、サラ嬢が誘拐されている、とは?された、ではなく?」
王太子の問いに、名誉騎士が頷く。
「茶会の帰りに襲われたようです。御者とメイドを睡眠魔法で眠らされ、今は馬車で移動中です」
「…待て。何故それがわかるのだ?」
王が眉を顰める。
名誉騎士は何でもないことのように答えた。
「万が一の時のために、サラとクリスはパーティーを組んでいました。ピアスで状況を知り、クリスが妻に報告、妻が今、私に報告してくれました。…今私もパーティーに参加しているので、会話は聞こえております」
「……なるほど、一大事だ」
「サラ嬢より強い誘拐犯などそうそういないと思うが、油断はできないな。目的も、目的地もわからない?」
王太子は立ち上がり、名誉騎士に確認する。
「目的地は妻が確認中です。クリスはすでにサラの馬車を追って出たようです。…陛下、早退させて頂きたく」
「…そなたが出るか」
「許せませんし、許しません」
「…そうか、そうだな。名誉騎士たる地位にある者の恐ろしさ、思い知らせてやるがいい」
「御意」
一礼し、名誉騎士は一瞬で出口の扉まで移動して、瞬きする間に消えていた。
「…い、いやはや、なんともはや…」
外務大臣は未だに動揺が隠せないようで、身体を震わせ扉の方をずっと見ている。
「…陛下。私も共に参ってよろしいでしょうか」
「…ん?…おまえもか、レイノルド。落ち着きなさい。王族が出る幕はないぞ」
「……」
王太子は立ったまま、両拳を握りしめていた。
「わかっておるだろう。王太子がなすべきことは、会議の続きをすることだ。…宰相」
王は宰相へと顔を向け、指示を出す。
「今日と明日、名誉騎士の代わりの近衛を手配せよ。後は騎士団総長を呼べ。大捕物になるかも知れぬ」
「御意」
宰相が一礼して退室している間に、王太子は椅子に座り直していた。
「…大変失礼致しました」
頭を下げた王太子に、王は苦笑する。
「なるほどなるほど。…まあ、名誉騎士に任せよ。というより、あの一家に手を出そうという輩が存在することが余は本当に信じられんのだが…」
「ま、まことに…」
外務大臣はまだショックを受けているようだ。
「罪には罰を。何者であろうとも、正しく報いを受ける世にせねばならぬ。…それは、余とそなたにしかできぬことだ。そうだな?王太子よ」
「…御意」
「では騎士団総長が来るまで、話を進めておこう。で、外務大臣。どこまで話をしていたかな」
「は、はい。ではもう一度精霊王国からの打診についての説明から…」
「おお、そうだったそうだった。衝撃が凄すぎて吹っ飛んでしまったな」
「ははは、まことにその通りで…」
外務大臣は名誉騎士を敵に回すようなことは絶対にしない、と誓ったし、王は自分の息子の想い人に気づいたのだった。
母アンジェラはサラの居場所を突き止めていた。
クリスは馬で騎士団の詰所に通報しに行き、対応してくれた隊長が一隊をすぐに出してくれるということで感謝しながらサラの馬車を追った。
前回襲われた森林公園でまた襲われ、引き返して上位貴族の屋敷が並ぶ川向こうへと移動しているということだったので、そこまでは迷うことなく一直線に馬を走らせた。
橋を渡り、何故か隊長自らが隊を率いてくれていることに礼を言いつつ、母に位置を確認する。
西の郊外、狩猟場の休憩小屋という話であった。
クリスは王太子殿下の側近であるので、年に一度、王太子曰く「昔からの慣習だから仕方なく」参加している狩猟大会に、共に参加している。
休憩小屋と言いつつ、王族を始め上位貴族も寛げるよう作られている為、部屋数は多く内装も豪奢であることを知っていた。
外はすでに暗くなっており、明かりをつけるとバレる。
狩猟場の手前で馬を降り、父を待った。
名誉騎士が来ると知って、騎士団員は浮き足だった。
「うおーー!」と叫び出しそうな団員の口を塞いだのはクリスである。
中でも隊長はずっとそわそわと落ち着きなく、周囲を行ったり来たりしていた。
静かにしていてくれればいいのだが。
クリスは騎士団には構わず、マジックバッグから武器を出し帯剣した。
それほど待つこともなく、名誉騎士は馬に乗ってやって来た。
騎士団員は整列し、一糸乱れぬ動きで父を迎えた。
馬を下り、クリスの元へと歩み寄る。
「父上」
「待たせたか」
「いえ、それほどでも」
父の気配は消されているが、抑えようのない怒りが見えた。
気持ちは同じだ。
サラの実力を侮り、安易に名誉騎士の一家を敵に回したのだった。
許してはならない。
徹底的に潰し、敵対することの愚かさを知らしめねばならぬ。
隊長がやって来て父に向かって敬礼し、上ずった声で名乗りを上げた。
「我が国の英雄たる、名誉騎士殿にお会いできて光栄であります!」
日常の一コマであれば微笑ましく見ることもできただろう。
あまりにも場違いなそれに、父だけでなくクリスもまた不快に顔を歪めたのだった。
「…貴公らには狩猟場に近づく不審者の取り締まりを頼む」
「かしこまりました!」
笑顔のそれに、父の殺気が一瞬漏れた。
狩猟場に感知するヤツがいなければいいな、と、クリスは思った。
その場にいた騎士団員は全員硬直し、直撃を食らった隊長は全身から汗を噴き出し、引きつった音を洩らしながら尻餅をついて後ずさった。
「…私は娘を誘拐されているのだが、何故貴様は笑えるのだ?」
父の尤もな一言に、隊長は「ひっ」と悲鳴を上げたまま動かなくなった。
同情の余地はない。
父がやらなければ、クリスがやっていた。
母から主犯格がサラに接触した、という報告が入る。
父とクリスは顔を見合わせ、頷いた。
騎士団を省みることなく、隠蔽魔法を唱える。
姿と足音を消し、休憩小屋へと走った。
途中、見張りらしき男がいたが、父が剣を一閃し、両足を切断する。
「…へ?」
あまりの鮮やかさに出血もほぼなく、男はドサ、と、地面に倒れ込んだ。間抜けな声を上げ、身体を起こそうとしているので、クリスは睡眠魔法を唱えて眠らせた。
首を落とすのが最も早くて楽である。
だが殺してしまっては、主犯を潰せない。
気を失わせるだけでは、この怒りは収まらない。
逃げ出すことが出来ないよう、足を落とす。
父にとっての最大の譲歩であると理解していたし、クリスもまた、全くの同意見であった。
眠らせたのは騒がれるとうるさいからという理由のみである。
休憩小屋の近くには馬車留めがあった。
複数の馬と我が家の馬車があり、手前に一際豪華な馬車がある。
回り込んで紋章を確認し、クリスは一瞬早く父を羽交い締めにして止めた。
「父上、気持ちはわかります。でも今はダメです。サラを無事に助けるまでは。我慢して下さい、皆殺しはダメです、爆発もダメです。サラまで殺す気ですか!!」
先に確認しておいて良かった、と心からクリスは思った。
父が先に確認していたら、魔力を暴発させて小屋ごと吹き飛ばしていたかもしれない。
小声で叫べば、父は一瞬の硬直の後、力を抜いた。
「…すまん、もう大丈夫だ」
「はい。サラを、助けましょう」
「ああ」
憎々しげに侯爵家の紋章を睨み上げ、父は踵を返す。
小屋の入口横の窓から中を覗き込む。
カーテンは閉まっていなかった。
入ってすぐのエントランスには冒険者らしき男が三名、ソファや椅子に座って寛いでいる。
父は構うことなく入口の扉を押し開けた。
男達が扉が開いたことを認識することはなかっただろう。
父が踏み入った後を追ってクリスも中に入り、範囲魔法で眠らせた。
父の動きは正直な所目で追えないくらいに早い。
ただ動線は一つしかないからついていけているに過ぎない。
父の凄さを感じ、クリスは密かに息を呑む。
一階の気配を探り、エントランスに散らばる男達の足を蹴飛ばしながら歩く。
食堂に五名、地下に二名。
食堂へ向かった父は躊躇なく全員の両足を切り落とす。
クリスは後に続いて寝かせるのが仕事となっていた。
地下は食料庫と酒の収納庫になっていた。
いくつかある扉の一つに鍵がかかっており、父は容易く剣で壊して中を確認する。
メイドと御者はすでに目覚めており、突然鍵を壊して入ってきた存在に、床に座り込んでいた二人は抱き合って悲鳴を上げた。
「…我が家の者か?」
父が問い、二人は目を瞬く。
先に気づいたのは御者だった。
「だ、旦那様!助けに、助けに来て下さったのですね!」
「怪我は?」
「だ、大丈夫でございます。前回に続いて今回も…!申し訳ございません、旦那様…!」
地面に頭を擦りつけるようにして詫びる御者に父は軽く頷いた。
「だ、旦那様、サラ様は、サラ様はご無事なのでしょうか!?」
マリアが身体を起こして立ち上がりながら、父に問う。
床に縄が散らばっているので、自分達で拘束を解いたようだった。
父はクリスを見、クリスは意図を察して頷いた。
「マリアだったね。今からサラを助けに行く。助け出すまで、君達二人はここにいて欲しい。必ず迎えに来る。…できるな?」
父はすでに地下を出て、二階へ上がろうとしている。
急がなければ。
「か、かしこまりました。サラ様を、お願い致します…!」
深々と頭を下げるメイドに、クリスは頷いた。
「誰も来ないと思うが、扉は閉めておくように」
「はい!」
言いながら、クリスは父の後を追っていた。
父は一切の躊躇なく、人がいるところへと移動している。
気配の探知が、すでに人の域を超えているのでは?と思わなくもないが、父は英雄であった。
この国最強の騎士なのだった。
全く気配をさせず、音すら立てずに父は二階最奥の扉前に立った。
抜き身の剣を軽く振ったように見えた直後には、無音で扉を切り刻み、凭れて立っていた冒険者らしき男の両足を切り離していた。
クリスは男を眠らせ、破片と化した扉の残骸が床に落ちる前に灰へと変える。
父はそのまま中へと踏み入り、限界まで抑えた殺気を解き放ちながら呟いた。
「触れるな、下種が」
妻とは常時パーティーを組んだ状態にしており、それは結婚すると決めてからずっと今まで継続していた。
特に会話があるわけではなくとも、パーティーを組んでいる、という事実が名誉騎士を安心させるのだ。
妻からは何かあれば話しかけてくる。
こちらの返事を期待しているわけではなく、妻が元気で過ごしている、という証明をしてくれているのだった。
スタンピードの時妻を失いかけてから、名誉騎士は妻の側から離れられなくなっていた。
目を離した瞬間死んでいるのではないかと思うと恐怖に駆られ、その場を動けなくなるのだった。
パーティーを組んだままで過ごすこと、定期的に連絡することを徹底したおかげで、今の名誉騎士がある。
息子が生まれ、娘が生まれて、本当は二人もパーティーに入れ、常に無事でいるか確認しておきたい所だった。
さすがに妻に止められた。
二人には二人の人生があるのだから、と。
自由に生きさせてあげよう、と。
そんな妻からパーティーメンバーの追加連絡が来て、名誉騎士は訝しんだ。
「決して発言はしないで」という禁止事項の追加まであったからだった。
メンバーが兄妹であったので安堵はしたが、聞こえてきた内容に冷静さを失い、会議室は文字通り一瞬で凍り付いた。
会議に参加していたのは王と王太子、宰相に外務大臣であったが、凍り付くと同時に会話が止まり、皆の動きもまた止まった。
「…め、名誉騎士よ、ど、どうした?」
珍しく動揺した王が、声を震わせた。
どのように説明すれば良いか迷っている間に、王太子もまた動揺した声を上げた。
「め、名誉騎士殿、殺気が、魔力が、王宮を覆いつくさんとしているが、どうされた?」
見れば四人とも寒さでか、身体を震わせ、真っ青な顔をしていた。
そこで初めて会議室を凍らせてしまったことに気づき、魔法を解除する。
「…申し訳ございません、部屋を凍らせてしまいました」
「いや、そうじゃない。いや、解除は助かる。いや、そうじゃなくてだな」
今まで、名誉騎士がこのような暴走をしたことなどなかった。
心臓が止まりそうな圧迫感と恐怖心が四人の身体を支配し、王宮を飲み込む程の怒りと殺意の波動に震える。
王の言葉に、名誉騎士はあらゆる負の感情を乗せて、呟いた。
「サラが誘拐されています」
「ひっ!?」
聞いた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じた。
宰相と外務大臣が心臓を押さえてテーブルに突っ伏し、唸っている。
王と王太子は震える身体は止められなかったものの、王族のプライドをかけて耐えてみせた。
「め、名誉騎士よ、落ち着け。事情を話してくれ。力になるから!!」
悲鳴に近い王の叫びに、ようやく名誉騎士は王を見た。
視線の合った王は名誉騎士に向かって頷き、「落ち着け。今どういう状況なのだ?冷静に、わかるように、説明しなさい」と静かに語りかけた。
名誉騎士は僅かに考える素振りを見せ、頷く。
殺気はそのままであったものの、潰されるような圧迫感は消えていた。
宰相と外務大臣が脂汗を拭いながら身体を起こし、肩で息をしていたが、気にかけてやる余裕はない。
「…名誉騎士殿、サラ嬢が誘拐されている、とは?された、ではなく?」
王太子の問いに、名誉騎士が頷く。
「茶会の帰りに襲われたようです。御者とメイドを睡眠魔法で眠らされ、今は馬車で移動中です」
「…待て。何故それがわかるのだ?」
王が眉を顰める。
名誉騎士は何でもないことのように答えた。
「万が一の時のために、サラとクリスはパーティーを組んでいました。ピアスで状況を知り、クリスが妻に報告、妻が今、私に報告してくれました。…今私もパーティーに参加しているので、会話は聞こえております」
「……なるほど、一大事だ」
「サラ嬢より強い誘拐犯などそうそういないと思うが、油断はできないな。目的も、目的地もわからない?」
王太子は立ち上がり、名誉騎士に確認する。
「目的地は妻が確認中です。クリスはすでにサラの馬車を追って出たようです。…陛下、早退させて頂きたく」
「…そなたが出るか」
「許せませんし、許しません」
「…そうか、そうだな。名誉騎士たる地位にある者の恐ろしさ、思い知らせてやるがいい」
「御意」
一礼し、名誉騎士は一瞬で出口の扉まで移動して、瞬きする間に消えていた。
「…い、いやはや、なんともはや…」
外務大臣は未だに動揺が隠せないようで、身体を震わせ扉の方をずっと見ている。
「…陛下。私も共に参ってよろしいでしょうか」
「…ん?…おまえもか、レイノルド。落ち着きなさい。王族が出る幕はないぞ」
「……」
王太子は立ったまま、両拳を握りしめていた。
「わかっておるだろう。王太子がなすべきことは、会議の続きをすることだ。…宰相」
王は宰相へと顔を向け、指示を出す。
「今日と明日、名誉騎士の代わりの近衛を手配せよ。後は騎士団総長を呼べ。大捕物になるかも知れぬ」
「御意」
宰相が一礼して退室している間に、王太子は椅子に座り直していた。
「…大変失礼致しました」
頭を下げた王太子に、王は苦笑する。
「なるほどなるほど。…まあ、名誉騎士に任せよ。というより、あの一家に手を出そうという輩が存在することが余は本当に信じられんのだが…」
「ま、まことに…」
外務大臣はまだショックを受けているようだ。
「罪には罰を。何者であろうとも、正しく報いを受ける世にせねばならぬ。…それは、余とそなたにしかできぬことだ。そうだな?王太子よ」
「…御意」
「では騎士団総長が来るまで、話を進めておこう。で、外務大臣。どこまで話をしていたかな」
「は、はい。ではもう一度精霊王国からの打診についての説明から…」
「おお、そうだったそうだった。衝撃が凄すぎて吹っ飛んでしまったな」
「ははは、まことにその通りで…」
外務大臣は名誉騎士を敵に回すようなことは絶対にしない、と誓ったし、王は自分の息子の想い人に気づいたのだった。
母アンジェラはサラの居場所を突き止めていた。
クリスは馬で騎士団の詰所に通報しに行き、対応してくれた隊長が一隊をすぐに出してくれるということで感謝しながらサラの馬車を追った。
前回襲われた森林公園でまた襲われ、引き返して上位貴族の屋敷が並ぶ川向こうへと移動しているということだったので、そこまでは迷うことなく一直線に馬を走らせた。
橋を渡り、何故か隊長自らが隊を率いてくれていることに礼を言いつつ、母に位置を確認する。
西の郊外、狩猟場の休憩小屋という話であった。
クリスは王太子殿下の側近であるので、年に一度、王太子曰く「昔からの慣習だから仕方なく」参加している狩猟大会に、共に参加している。
休憩小屋と言いつつ、王族を始め上位貴族も寛げるよう作られている為、部屋数は多く内装も豪奢であることを知っていた。
外はすでに暗くなっており、明かりをつけるとバレる。
狩猟場の手前で馬を降り、父を待った。
名誉騎士が来ると知って、騎士団員は浮き足だった。
「うおーー!」と叫び出しそうな団員の口を塞いだのはクリスである。
中でも隊長はずっとそわそわと落ち着きなく、周囲を行ったり来たりしていた。
静かにしていてくれればいいのだが。
クリスは騎士団には構わず、マジックバッグから武器を出し帯剣した。
それほど待つこともなく、名誉騎士は馬に乗ってやって来た。
騎士団員は整列し、一糸乱れぬ動きで父を迎えた。
馬を下り、クリスの元へと歩み寄る。
「父上」
「待たせたか」
「いえ、それほどでも」
父の気配は消されているが、抑えようのない怒りが見えた。
気持ちは同じだ。
サラの実力を侮り、安易に名誉騎士の一家を敵に回したのだった。
許してはならない。
徹底的に潰し、敵対することの愚かさを知らしめねばならぬ。
隊長がやって来て父に向かって敬礼し、上ずった声で名乗りを上げた。
「我が国の英雄たる、名誉騎士殿にお会いできて光栄であります!」
日常の一コマであれば微笑ましく見ることもできただろう。
あまりにも場違いなそれに、父だけでなくクリスもまた不快に顔を歪めたのだった。
「…貴公らには狩猟場に近づく不審者の取り締まりを頼む」
「かしこまりました!」
笑顔のそれに、父の殺気が一瞬漏れた。
狩猟場に感知するヤツがいなければいいな、と、クリスは思った。
その場にいた騎士団員は全員硬直し、直撃を食らった隊長は全身から汗を噴き出し、引きつった音を洩らしながら尻餅をついて後ずさった。
「…私は娘を誘拐されているのだが、何故貴様は笑えるのだ?」
父の尤もな一言に、隊長は「ひっ」と悲鳴を上げたまま動かなくなった。
同情の余地はない。
父がやらなければ、クリスがやっていた。
母から主犯格がサラに接触した、という報告が入る。
父とクリスは顔を見合わせ、頷いた。
騎士団を省みることなく、隠蔽魔法を唱える。
姿と足音を消し、休憩小屋へと走った。
途中、見張りらしき男がいたが、父が剣を一閃し、両足を切断する。
「…へ?」
あまりの鮮やかさに出血もほぼなく、男はドサ、と、地面に倒れ込んだ。間抜けな声を上げ、身体を起こそうとしているので、クリスは睡眠魔法を唱えて眠らせた。
首を落とすのが最も早くて楽である。
だが殺してしまっては、主犯を潰せない。
気を失わせるだけでは、この怒りは収まらない。
逃げ出すことが出来ないよう、足を落とす。
父にとっての最大の譲歩であると理解していたし、クリスもまた、全くの同意見であった。
眠らせたのは騒がれるとうるさいからという理由のみである。
休憩小屋の近くには馬車留めがあった。
複数の馬と我が家の馬車があり、手前に一際豪華な馬車がある。
回り込んで紋章を確認し、クリスは一瞬早く父を羽交い締めにして止めた。
「父上、気持ちはわかります。でも今はダメです。サラを無事に助けるまでは。我慢して下さい、皆殺しはダメです、爆発もダメです。サラまで殺す気ですか!!」
先に確認しておいて良かった、と心からクリスは思った。
父が先に確認していたら、魔力を暴発させて小屋ごと吹き飛ばしていたかもしれない。
小声で叫べば、父は一瞬の硬直の後、力を抜いた。
「…すまん、もう大丈夫だ」
「はい。サラを、助けましょう」
「ああ」
憎々しげに侯爵家の紋章を睨み上げ、父は踵を返す。
小屋の入口横の窓から中を覗き込む。
カーテンは閉まっていなかった。
入ってすぐのエントランスには冒険者らしき男が三名、ソファや椅子に座って寛いでいる。
父は構うことなく入口の扉を押し開けた。
男達が扉が開いたことを認識することはなかっただろう。
父が踏み入った後を追ってクリスも中に入り、範囲魔法で眠らせた。
父の動きは正直な所目で追えないくらいに早い。
ただ動線は一つしかないからついていけているに過ぎない。
父の凄さを感じ、クリスは密かに息を呑む。
一階の気配を探り、エントランスに散らばる男達の足を蹴飛ばしながら歩く。
食堂に五名、地下に二名。
食堂へ向かった父は躊躇なく全員の両足を切り落とす。
クリスは後に続いて寝かせるのが仕事となっていた。
地下は食料庫と酒の収納庫になっていた。
いくつかある扉の一つに鍵がかかっており、父は容易く剣で壊して中を確認する。
メイドと御者はすでに目覚めており、突然鍵を壊して入ってきた存在に、床に座り込んでいた二人は抱き合って悲鳴を上げた。
「…我が家の者か?」
父が問い、二人は目を瞬く。
先に気づいたのは御者だった。
「だ、旦那様!助けに、助けに来て下さったのですね!」
「怪我は?」
「だ、大丈夫でございます。前回に続いて今回も…!申し訳ございません、旦那様…!」
地面に頭を擦りつけるようにして詫びる御者に父は軽く頷いた。
「だ、旦那様、サラ様は、サラ様はご無事なのでしょうか!?」
マリアが身体を起こして立ち上がりながら、父に問う。
床に縄が散らばっているので、自分達で拘束を解いたようだった。
父はクリスを見、クリスは意図を察して頷いた。
「マリアだったね。今からサラを助けに行く。助け出すまで、君達二人はここにいて欲しい。必ず迎えに来る。…できるな?」
父はすでに地下を出て、二階へ上がろうとしている。
急がなければ。
「か、かしこまりました。サラ様を、お願い致します…!」
深々と頭を下げるメイドに、クリスは頷いた。
「誰も来ないと思うが、扉は閉めておくように」
「はい!」
言いながら、クリスは父の後を追っていた。
父は一切の躊躇なく、人がいるところへと移動している。
気配の探知が、すでに人の域を超えているのでは?と思わなくもないが、父は英雄であった。
この国最強の騎士なのだった。
全く気配をさせず、音すら立てずに父は二階最奥の扉前に立った。
抜き身の剣を軽く振ったように見えた直後には、無音で扉を切り刻み、凭れて立っていた冒険者らしき男の両足を切り離していた。
クリスは男を眠らせ、破片と化した扉の残骸が床に落ちる前に灰へと変える。
父はそのまま中へと踏み入り、限界まで抑えた殺気を解き放ちながら呟いた。
「触れるな、下種が」
87
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
はじまりは初恋の終わりから~
秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。
心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。
生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」
「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」
三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。
【完結済】悪役令嬢の妹様
紫
ファンタジー
星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。
そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。
ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。
やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。
―――アイシアお姉様は私が守る!
最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する!
※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる