【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清

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 Aランク以上の冒険者は皆ホテルに宿泊していた。
 王太子に呼ばれ、サラは自室へと戻る前に王太子の部屋へと同行する。
 茶を用意して侍従と護衛騎士は部屋を出たが、扉は完全には閉ざされなかった。
 未婚の男女であることを考慮された結果である。
 王太子は手を差し出し、サラをエスコートして窓際へと歩く。
 貴賓室は最上階にあり、周囲に同じような建物もない為他人の目を気にする必要はなかった。
 窓際に置かれた二人掛けのソファにサラを座らせ、王太子自らワゴンを押してソファ横まで持って来た。
 テーブルに紅茶を並べてくれ、礼を言えば執事のような一礼をしてみせて、王太子は隣に座った。
 そしておもむろにラッピングされた細長い箱を取り出した。
「過ぎてしまったけれど、十六歳の誕生日おめでとう」
「あ」
 サラ自身、忘れていたというのに、王太子は覚えていてくれたのだった。
「ひと段落つくまではと我慢していた。受け取ってくれるかい?」
「ありがとうございます…!」
「開けてみて欲しい」
「はい」
 ラッピングを解くと、ベルベットの滑らかな感触が指に触れた。
 ケースを開くと、真珠のような輝きを放つ上質魔石がトップに一つだけついた、とてもシンプルなネックレスだった。
「毎年一粒ずつ、送ろうと思う。五十年で埋まる予定だよ」
「…ご、」
 思わずネックレスと王太子の間を視線が二巡した。
 王太子は口元を抑えて笑い出すが、笑い事ではなかった。
 それはつまり、五十年は共にいようという約束に等しい。
「…嬉しいです」
 素直に心の内を呟けば、王太子は嬉しそうに微笑んだ。
「付呪内容は大したことはないんだ。まだまだ練習中でね」
「これ、自ら付呪されたのですか?」
「うん」
 そっと魔石に触れて感じる王太子の魔力はとても温かく力強い。
 付呪内容は「毒耐性一パーセント」。
 パーセントで付呪を付けられるようになるには、非常に時間のかかる術式を書き込まねばならず、熟練の腕が必要とされる。
 もう一度王太子を見上げれば、照れたように頭をかいた。
「五十粒分付呪を重ね付けしたら、さすがに効果があるだろう?」
「…毎年、付呪して下さるんですか?」
「当然。それは私の贈り物なのだからね」
「……」
 どうしよう、心が震える。
 息が詰まって、サラは顔を伏せた。
「五十年も練習し続けたら、立派な付呪師になれそうだね」
「…母が、喜びます」
「いいね、親孝行というやつだね」
「…これ、つけていいでしょうか?」
「もちろん!私がつけよう」
「ありがとうございます」
 外套は脱いでおり、首元にリボンはあるものの、留めるだけならばそのままでいいだろうとネックレスを手渡し後ろを向いて、髪を避ける。
 なんでもできてしまう器用な王太子ならばすぐに終わるだろうと思っていたのに、何故か上手く留められないようで、手間取っていた。
「…う、ごめん」
「いえ…自分でつけましょうか…?」
「いや、やる。もう少しだから。ちょっとあれだよ、動揺があって」
「…動揺…?」
 後ろを向こうとするサラを止め、王太子はそっと深呼吸をしてから再度取り掛かる。
 無防備に晒された首筋に動揺した、などと王太子は言えなかった。
「できたよ」
「ありがとうございます…!」
 元の姿勢に戻ったサラに、気づかれなくて良かったと内心安堵し、王太子は首元で揺れるネックレスを見つめた。
「一粒だと全くありがたみが感じられないが」
「そんなことありません!とても、嬉しいです!」
「…そう言ってくれるなら、私も嬉しい」
 サラはネックレスに触れながら本当に嬉しそうに笑うので、王太子もまた自然と笑顔になれるのだった。
「あの、私もお誕生日に同じように贈り物をしてもよろしいでしょうか?」
「えっ何をくれるの?」
「…その、ブレスレットを…」
「君が付呪をしてくれるの?」
「は、はい。まだ習っている所ですが、来年のお誕生日までには」
「嬉しい、嬉しいよ!」
 サラの両手を握りしめれば、サラの頬が真っ赤になった。
「その、今使っていらっしゃる物と一緒につけて使えるように、できたら」
 サラは王太子が後衛が使う杖の代わりにブレスレットを使っていることを知っていたのだった。
 好きな人が自分のことを知ってくれている、と思うことは、とても幸せなことなのだと王太子は思う。
「ああ、嬉しいな。じゃぁ同じように、一粒ずつにしよう。毎年、一緒に増やして行こう」
「はい…!」
 普通の令嬢ならば、付呪具など贈った所で喜ばない。
 普通のアクセサリーを所望するだろう。
 だが王太子もサラも冒険者だった。
 同じランク、同じパーティーメンバーだった。
 冒険者として共有できる感情があり、そして共に戦うことができる。
 この人しかいない、と王太子は思っていたし、サラにもそう思ってもらいたかった。
 ずっと共に、幸せに生きること。
 その為には早くこのスタンピードを終わらせねばならなかった。 
 王太子は窓の外へと視線をやり、ため息混じりに言う。
「早く終わらせて、日常に戻りたいね」
「はい」
「これ程毎日毎日戦闘続きの経験はない。本当にスタンピードは大変だ」
「はい。集中してレベル上げが出来ると思えば収穫ですが、負けられない、逃げられない、という緊張感は身体に悪いです」
「全くだ。だが名誉騎士殿達がいてくれる、という安心感は大きい」
 言えば、サラは頷いた。
「…父達のすごさを、実感します」
「そうだね。彼らがボスと対峙してくれる、というだけで王太子としてはほぼ仕事は終わったも同然だ」
「そうなのですか?」
「仮に彼らがいなかったとする。ランクが横並びの者達ばかりが残った時、どのパーティーを中心にボスと戦うか、と考えるのは頭が痛い問題だ。彼らがいなかったら、おそらく私達のパーティーが中心になっていただろうね」
「王太子殿下が前線に立つ意味、ということですね」
「そう」
「最初から英雄である父達がいるから任せることができるし、父達も自分がやるのが当然、と思ってくれている…」
「本当に頭が下がるよ。彼らにも無事に帰ってもらわなければならない。全力で支援しなければね」
「はい」
「…実はね、まだ名誉騎士殿に言ってないんだよ」
「…え、そうなのですか?」
 困ったように王太子は眉尻を下げた。
「君の母上には指輪の付呪をお願いする時に話をしたんだ。娘の判断を全力で応援します、と言ってくれたから、君の母上は私の味方だ。だが父上はなぁ…」
「…終わってからで、いいと思います」
 サラはそっと視線を逸らした。
「そう思う?」
「集中して戦って欲しいですし、殿下とギスギスするのは良くないと思うので…」
「ああ、やっぱり君もそう思うんだね…」
「兄も言っていましたか?」
「うん。敵に回るかもしれないと」
「て、敵…は、ないと思いますが」
 家族団欒の時の父を思い出すと、ないとも言いきれない気がしてサラは口籠る。
「さすがに名誉騎士殿と戦ったら死ぬ自信がある」
「死なないで下さい。…私も、終わったらきちんと父と話をしますので!」
「ぜひ頼むよ。最大の難関が名誉騎士殿とは…」
「きっと許してくれます」
「うん」
 静かな時間だった。
 繋いだ手を撫でられ、くすぐったさにサラは肩を竦める。
「早く婚約を発表したい」
「…はい」
「君の家では家族団欒、というのをするのだろう?私もやりたくてね」
「…殿下もラグに転がりたい、ということですか?」
「ふ、未だに名誉騎士殿の姿が想像できないんだが、そうだね。私も家族とごろごろしてみたいな。…もちろん家族とは君のことだよ?」
 不意打ちにサラは赤面した。
 視線をさ迷わせるサラに笑って見せて、王太子は繋いだ手に力を込めた。
「必ず皆で帰ろう。ここまで来たのだ、大丈夫」
「はい、殿下」
「婚約したらちゃんと名前で呼んでもらうからね」
「…はい」
 恥ずかしさで居たたまれないが、この時間は幸せだった。
 大切に思ってくれる。
 サラもまた、王太子を大切に思えるようになっていた。
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