107 / 107
最終話.
しおりを挟む
卒業式は恙なく終了した。
後はお疲れ様会と称して、舞踏会が開催されることになっていた。
これから貴族子女は、夜会にも積極的に参加して行くことになる。
練習の場として学園の大講堂を使い、着飾った生徒達が参加するのだった。
生徒会のメンバーは全員参加で、参加する卒業生が相手であればその他婚約者や兄弟姉妹も参加することができた。
要は、エスコートしてくれる相手がいれば参加は自由ということだった。
サラはレイノルドのエスコートで最後に入り、盛大な拍手を受けた。
レイノルドが自ら生徒会長として、卒業生代表として二回、壇上に上っては下りを繰り返して生徒達の笑いを誘い、最後に王族として三回目に壇上に上った時には笑いと共に拍手が起こった。
「王族はまだ第一王女イーディスが残っているが、果たして彼女は来年生徒会長になれるのか、成績を皆、楽しみにしていて欲しい」
「ひどいわ!お兄様!」
兄妹のやりとりに会場は一気に盛り上がる。
ダンスが始まり、レイノルドとサラ、王女とアーデン公爵令息がファーストダンスを勤めた。
終始和やかな雰囲気で時間は過ぎ、そろそろお開き、と言う頃になって、マッケンジー公爵令嬢が兄を呼び止めたのだった。
「バートン伯爵様!大切なお話がございます!!」
大声が響き渡り、会場は静まり返る。
兄は何事かと目を瞬かせながらも公爵令嬢の前へと進み、軽く首を傾げて見せた。
「どうかなさいましたか?」
「このわたくし、ディアナ・マッケンジーは、一世一代の覚悟を持って申し上げます!」
「はい」
レイノルドと王女は止めることなく笑いを堪えて見守っており、二人の許可を得ているのだと知れた。
サラはついに、と思いながら、はらはらと二人を見る。
「クリストファー・バートン様、わたくしと結婚を前提に、婚約して下さいませ!!」
「……は」
兄はぽかんと口を開けたし、その場にいた誰もが首を傾げたのだった。
結婚を前提にするなら婚約は必須であるし、おかしなことを言う、と思った。
「お付き合いではなく、婚約ですか?」
冷静な兄のツッコミに、ディアナは真っ赤になって「ヒッ!」と喉を引きつらせた。
ああ、間違えたんだな、と、誰もが生温かい気持ちで続きを見守る。
「このような公衆の面前で告白される勇気は尊敬致します」
さらなる兄の追撃に、ディアナは今にも倒れそうな程に震えていた。
サラは兄を見て、「もっと優しく言って!!」とパーティー用のピアスで叫ぶ。
レイノルドも入っている三人用のそれに、兄は戸惑ったように「ごめん」と素直に謝罪した。
レイノルドは今にも吹き出しそうな顔を手で覆うことで隠しているのを、隣に立つサラだけは気づいた。
「レイノルド様も、笑っちゃ駄目ですよ!」
「はい…」
釘を差せば、わざとらしく咳払いをする。
それにハッと顔を上げたディアナは一つ深呼吸をして、先程よりは落ち着いた表情で兄へと向き直った。
「わたくしは公爵令嬢です。バートン様をお支えする為、全力で勉強をして参りました。冒険者としてはお役には立てませんが、領地経営、法律、魔法、付呪や魔道具。各国の商人や職人と繋がりもございます。バートン様はとても勉強家でいらっしゃいますから、わたくしではまだまだついていけない部分も多くあることと思います。…わたくしは、バートン様と共に在りたいと願っております。生涯学び続け、あなた様のお役に立ちたい。そして、王太子妃、ひいては王妃となられるサラ様のお役に立ちたい。おそばに置いて頂けませんでしょうか」
凛としたマッケンジー公爵令嬢は気高く、美しかった。
サラは泣きそうになるが、レイノルドに肩を抱かれて踏み留まった。
「誠実に、返事をして差し上げなさい」
と、ピアスでレイノルドは言った。
ここは誰でもない、兄が発言しなければ終わらないのだった。
クリスは口を開き、一度閉じる。
一世一代の告白を、受けるのも断るのも心一つである。
今や英雄となったクリスに、身分差というものはそれほど関係なくなっていた。
誰もが英雄を尊重してくれる。
断っても、クリスが責められることはないと思われた。
だが。
クリスは思い出していた。
マッケンジー公爵令嬢と関わるようになったのは学園に入ってからだった。
とはいえ、最高学年になるまで交わした会話と言えば殿下のついでの挨拶くらいである。
特に記憶にも残らない、貴族令嬢の一人であった。
最高学年になり、王女殿下の茶会でサラが知り合い親しくするようになってから、少しずつ令嬢から話しかけられる頻度が上がったのだった。
殿下のついでから、個人的に名を呼ばれ話しかけられるようになった。
奇行を繰り返す、奇妙な令嬢だなと思ったのだった。
その印象が覆ったのは、林間学校での魔獣襲撃の一件があってからだ。
サラに促され、彼女は最高位の貴族令嬢として、他の令嬢達をまとめ上げていた。
一朝一夕でできることではない。
その能力があり、彼女が令嬢達に信頼されているからこそ可能であることに気づいたのだった。
奇行は、クリスの前でだけ見せるものなのだとサラに言われて戸惑った。
何故?と思ったし、意味がわからなかった。
だがここに来て理解をする。
なるほど、そうだったのか。
正直な所戸惑いが大きく、嫌ではないが好きかと問われても答えられない。
頬を真っ赤に染めて見上げて来る公爵令嬢の瞳は真っ直ぐクリスを見つめており、その強さは素直に尊敬できる所だ。
…婚約か、と、クリスは思う。
いずれどこかの誰かと結婚するよう勧められることになるだろう。
強硬に独身を貫きたいわけでもない。
恋愛に拘っているわけでもない。
両親の在りようや、殿下とサラのように相思相愛で結ばれるのが理想なのかもしれないが、クリスにとっては遠い世界のことのように思える。
自分のことを一途に思ってくれる相手、そして何よりサラのこと、国のことを考えてくれる令嬢が目の前にいるのだった。
打算である。
言ってしまえば彼女に対してまだ特別な感情はない。
だが嫌いではない。
婚約から始める感情があってもいいのではないか。
そんな風に、考えた。
先程のディアナと同じように一つ深呼吸をして、固唾を飲んで見守る生徒達の前で頷き、手を差し出した。
「ありがとうございます。そこまで言って頂けて光栄です。私と共に、殿下とサラを支えていきましょう」
クリスは受け入れたのだった。
ディアナは目を限界まで見開き、わなわなと震え始める。
「ほ…ほんとう、に…?」
「はい、ディアナ嬢」
クリスが優しく微笑んだ。
感動の抱擁が見られるかと思った矢先、ディアナは「あぁぁあああーー!!」と叫びながらサラへと向かって突進して来たのだった。
レイノルドですら反応できず、サラはディアナに抱きしめられ、あまりの力強さに後ろに倒れそうになる。
肩を抱かれていたから踏ん張ることができたものの、サラは息が詰まって「うっ」と唸った。
「サラ様!!サラ様あぁーー!!ああぁあ夢!?これは夢ですの!?あぁああわたくし、わたくしもう、もう、死んでもいいいい――――っ!!」
「し、死なないで、死なないで下さいディアナ様!!」
がくがくと揺さぶられ、サラは初めての経験に気が遠くなりそうだった。
兄は向こうでぽかんと口を開けて立ち尽くしているし、その向こうではディアナの友人の子爵令嬢が感動の涙を流している。
ずっと背を支えてくれていたレイノルドがついに堪えきれずに笑い出し、王女も同じように笑い出す。
会場は大歓声に包まれ、拍手が巻き起こった。
引き離すのも躊躇われ、サラは兄へと視線を送る。
助けて、という願いは、正確に届いたようだった。
兄はこちらへと歩み寄り、ディアナ嬢へと語りかける。
「サラが困っていますよ、ディアナ嬢。せっかくですから、婚約についての話をゆっくりしませんか?」
瞬間ディアナはサラから離れ、兄へと向き直る。
「喜んで!喜んでお願い致します!!」
兄に手を差し出され、エスコートされながらレイノルドと王女に一礼し、そして会場にも一礼して二人は一足先に出て行った。
場はお開きの時間である。
レイノルドがサラを伴い壇上に上がって、口を開いた。
「卒業生の皆、そして祝いに駆けつけてくれた皆も、どうもありがとう。最後に微笑ましいハプニングがあったが、無事に終わって何よりだ。卒業生の諸君は明日から新しい道を進んで行くことだろう。困難もあるだろう、幸せもあるだろう。スタンピードを乗り越えた我々は、どんな困難にも打ち勝つことができると、私は信じている。あの日を忘れず、前へと進もう。では、解散!」
盛大な拍手で卒業式の全ての行程は終わりを告げたのだった。
レイノルドとサラが先に退室し、王女とアーデン公爵令息が後に続いた。
外はすでに暗くなっており、レイノルドはサラを伴って馬車に乗る。
伯爵邸へと送ってくれるつもりなのだった。
「ありがとうございます、レイノルド様」
「当然だろう?それにしてもあれは見物だったな」
笑い含みに言うレイノルドに苦笑を返しながらも、サラも頬を緩める。
「お兄様が受けて下さって良かった。ディアナ様はお兄様とお似合いだと思うんです」
「彼女がクリスの前でだけおかしくなるのは本当に面白…いや、微笑ましかった。実の所、サラがいなかったら彼女が私の婚約者になっていたかもしれない」
「そうなのですか?」
「愛のない政略結婚になっていただろうけどね。彼女の能力は買っているが…私に対してはいつも冷静で、一歩引いていたからね」
ウィンクをしながら微笑みかけてくるレイノルドに、サラも微笑み返した。
「陛下がせっかく恋愛結婚を推奨されているのに、それはいけませんね」
「全くだ。そうならなくて良かった。…あいつも彼女のことを知っていけば、ちゃんと好きになれると思う」
レイノルドはクリスの内心を正確に把握していた。
クリスは英雄の息子として、そして王太子の側近として幼い頃からずっと生きて来た。
周囲の重圧に負けないよう努力し続け、脇目も振らずに邁進してきた。
そして王太子の周囲に群がる令嬢達を見続けていた。
クリスが女に夢を見ることはない。
レイノルドがそうであるように。
本質を見極め、為人が好ましいと思えなければ愛せない。
彼女はクリスを一途に想っているだけでなく、サラのことも、国の行く末についても考えることができる。
クリスが要求するだろう「結婚相手の条件」にこれ以上合致する令嬢はいないと、レイノルドは思う。
少しずつ、距離を縮めて行けばいい。
自分とサラがそうであったように。
「…それにしても、しばらくは毎日会えないと思うと寂しくて死にそうだよ」
ぼやきながら、レイノルドはサラの手を取り握り込む。
「…私もです」
サラはいつも、自分らしくありたいと願っている少女だった。
その意志を尊重したいと思っているし、レイノルド自身もまた、彼女の前では自分らしくありたいと思っている。
素直に感情を見せれば、サラもまた、返してくれるのだった。
「早く結婚したいね」
「はい」
「伯爵邸に移っても、まだ家族団欒はやっているの?」
「はい、談話室にラグを敷いて」
「いいな。結婚したら、東宮にもそういう部屋を作ろう」
「ココアを飲むんですよ」
「ごろごろもするんだろう?今日あったこととか、話したりして」
「はい」
「そんな時間、値千金というやつだ。いいな、早くやりたい」
「ふふっそうですね」
冒険者として、活動してきて良かったとサラは思う。
レイノルドとパーティーを組み、普段は見せない素の彼を知ることが出来た。
二人でいる時には、素のままで互いに接することが出来る。
二人の時間は穏やかだった。
結婚しても、ずっとこんな時間が続けばいいと思う。
これから先、喧嘩もするだろうし、嫌なこともあるかもしれない。
それでもスタンピードを乗り越えた私達なら、乗り越えていけると思うのだった。
レイノルドの指先が、サラの右耳に触れた。
そこには彼がくれた、二人パーティー用のピアスがあった。
「ずっと存在を感じていられるように」と言われて嬉しかった。
「名誉騎士殿と魔術師団顧問も同じようにしていたそうだよ」と言われて、涙が零れた。
レイノルドの瞳が間近にあって、サラは目を閉じる。
ずっとずっと、「兄がお仕えする王太子殿下」であった遠い存在が、自分の夫となるのだった。
私は幸せだ、と思う。
ディアナの言葉を借りればサラもまた、生涯学び続け、この人を支えていきたいと、思うのだった。
END
後はお疲れ様会と称して、舞踏会が開催されることになっていた。
これから貴族子女は、夜会にも積極的に参加して行くことになる。
練習の場として学園の大講堂を使い、着飾った生徒達が参加するのだった。
生徒会のメンバーは全員参加で、参加する卒業生が相手であればその他婚約者や兄弟姉妹も参加することができた。
要は、エスコートしてくれる相手がいれば参加は自由ということだった。
サラはレイノルドのエスコートで最後に入り、盛大な拍手を受けた。
レイノルドが自ら生徒会長として、卒業生代表として二回、壇上に上っては下りを繰り返して生徒達の笑いを誘い、最後に王族として三回目に壇上に上った時には笑いと共に拍手が起こった。
「王族はまだ第一王女イーディスが残っているが、果たして彼女は来年生徒会長になれるのか、成績を皆、楽しみにしていて欲しい」
「ひどいわ!お兄様!」
兄妹のやりとりに会場は一気に盛り上がる。
ダンスが始まり、レイノルドとサラ、王女とアーデン公爵令息がファーストダンスを勤めた。
終始和やかな雰囲気で時間は過ぎ、そろそろお開き、と言う頃になって、マッケンジー公爵令嬢が兄を呼び止めたのだった。
「バートン伯爵様!大切なお話がございます!!」
大声が響き渡り、会場は静まり返る。
兄は何事かと目を瞬かせながらも公爵令嬢の前へと進み、軽く首を傾げて見せた。
「どうかなさいましたか?」
「このわたくし、ディアナ・マッケンジーは、一世一代の覚悟を持って申し上げます!」
「はい」
レイノルドと王女は止めることなく笑いを堪えて見守っており、二人の許可を得ているのだと知れた。
サラはついに、と思いながら、はらはらと二人を見る。
「クリストファー・バートン様、わたくしと結婚を前提に、婚約して下さいませ!!」
「……は」
兄はぽかんと口を開けたし、その場にいた誰もが首を傾げたのだった。
結婚を前提にするなら婚約は必須であるし、おかしなことを言う、と思った。
「お付き合いではなく、婚約ですか?」
冷静な兄のツッコミに、ディアナは真っ赤になって「ヒッ!」と喉を引きつらせた。
ああ、間違えたんだな、と、誰もが生温かい気持ちで続きを見守る。
「このような公衆の面前で告白される勇気は尊敬致します」
さらなる兄の追撃に、ディアナは今にも倒れそうな程に震えていた。
サラは兄を見て、「もっと優しく言って!!」とパーティー用のピアスで叫ぶ。
レイノルドも入っている三人用のそれに、兄は戸惑ったように「ごめん」と素直に謝罪した。
レイノルドは今にも吹き出しそうな顔を手で覆うことで隠しているのを、隣に立つサラだけは気づいた。
「レイノルド様も、笑っちゃ駄目ですよ!」
「はい…」
釘を差せば、わざとらしく咳払いをする。
それにハッと顔を上げたディアナは一つ深呼吸をして、先程よりは落ち着いた表情で兄へと向き直った。
「わたくしは公爵令嬢です。バートン様をお支えする為、全力で勉強をして参りました。冒険者としてはお役には立てませんが、領地経営、法律、魔法、付呪や魔道具。各国の商人や職人と繋がりもございます。バートン様はとても勉強家でいらっしゃいますから、わたくしではまだまだついていけない部分も多くあることと思います。…わたくしは、バートン様と共に在りたいと願っております。生涯学び続け、あなた様のお役に立ちたい。そして、王太子妃、ひいては王妃となられるサラ様のお役に立ちたい。おそばに置いて頂けませんでしょうか」
凛としたマッケンジー公爵令嬢は気高く、美しかった。
サラは泣きそうになるが、レイノルドに肩を抱かれて踏み留まった。
「誠実に、返事をして差し上げなさい」
と、ピアスでレイノルドは言った。
ここは誰でもない、兄が発言しなければ終わらないのだった。
クリスは口を開き、一度閉じる。
一世一代の告白を、受けるのも断るのも心一つである。
今や英雄となったクリスに、身分差というものはそれほど関係なくなっていた。
誰もが英雄を尊重してくれる。
断っても、クリスが責められることはないと思われた。
だが。
クリスは思い出していた。
マッケンジー公爵令嬢と関わるようになったのは学園に入ってからだった。
とはいえ、最高学年になるまで交わした会話と言えば殿下のついでの挨拶くらいである。
特に記憶にも残らない、貴族令嬢の一人であった。
最高学年になり、王女殿下の茶会でサラが知り合い親しくするようになってから、少しずつ令嬢から話しかけられる頻度が上がったのだった。
殿下のついでから、個人的に名を呼ばれ話しかけられるようになった。
奇行を繰り返す、奇妙な令嬢だなと思ったのだった。
その印象が覆ったのは、林間学校での魔獣襲撃の一件があってからだ。
サラに促され、彼女は最高位の貴族令嬢として、他の令嬢達をまとめ上げていた。
一朝一夕でできることではない。
その能力があり、彼女が令嬢達に信頼されているからこそ可能であることに気づいたのだった。
奇行は、クリスの前でだけ見せるものなのだとサラに言われて戸惑った。
何故?と思ったし、意味がわからなかった。
だがここに来て理解をする。
なるほど、そうだったのか。
正直な所戸惑いが大きく、嫌ではないが好きかと問われても答えられない。
頬を真っ赤に染めて見上げて来る公爵令嬢の瞳は真っ直ぐクリスを見つめており、その強さは素直に尊敬できる所だ。
…婚約か、と、クリスは思う。
いずれどこかの誰かと結婚するよう勧められることになるだろう。
強硬に独身を貫きたいわけでもない。
恋愛に拘っているわけでもない。
両親の在りようや、殿下とサラのように相思相愛で結ばれるのが理想なのかもしれないが、クリスにとっては遠い世界のことのように思える。
自分のことを一途に思ってくれる相手、そして何よりサラのこと、国のことを考えてくれる令嬢が目の前にいるのだった。
打算である。
言ってしまえば彼女に対してまだ特別な感情はない。
だが嫌いではない。
婚約から始める感情があってもいいのではないか。
そんな風に、考えた。
先程のディアナと同じように一つ深呼吸をして、固唾を飲んで見守る生徒達の前で頷き、手を差し出した。
「ありがとうございます。そこまで言って頂けて光栄です。私と共に、殿下とサラを支えていきましょう」
クリスは受け入れたのだった。
ディアナは目を限界まで見開き、わなわなと震え始める。
「ほ…ほんとう、に…?」
「はい、ディアナ嬢」
クリスが優しく微笑んだ。
感動の抱擁が見られるかと思った矢先、ディアナは「あぁぁあああーー!!」と叫びながらサラへと向かって突進して来たのだった。
レイノルドですら反応できず、サラはディアナに抱きしめられ、あまりの力強さに後ろに倒れそうになる。
肩を抱かれていたから踏ん張ることができたものの、サラは息が詰まって「うっ」と唸った。
「サラ様!!サラ様あぁーー!!ああぁあ夢!?これは夢ですの!?あぁああわたくし、わたくしもう、もう、死んでもいいいい――――っ!!」
「し、死なないで、死なないで下さいディアナ様!!」
がくがくと揺さぶられ、サラは初めての経験に気が遠くなりそうだった。
兄は向こうでぽかんと口を開けて立ち尽くしているし、その向こうではディアナの友人の子爵令嬢が感動の涙を流している。
ずっと背を支えてくれていたレイノルドがついに堪えきれずに笑い出し、王女も同じように笑い出す。
会場は大歓声に包まれ、拍手が巻き起こった。
引き離すのも躊躇われ、サラは兄へと視線を送る。
助けて、という願いは、正確に届いたようだった。
兄はこちらへと歩み寄り、ディアナ嬢へと語りかける。
「サラが困っていますよ、ディアナ嬢。せっかくですから、婚約についての話をゆっくりしませんか?」
瞬間ディアナはサラから離れ、兄へと向き直る。
「喜んで!喜んでお願い致します!!」
兄に手を差し出され、エスコートされながらレイノルドと王女に一礼し、そして会場にも一礼して二人は一足先に出て行った。
場はお開きの時間である。
レイノルドがサラを伴い壇上に上がって、口を開いた。
「卒業生の皆、そして祝いに駆けつけてくれた皆も、どうもありがとう。最後に微笑ましいハプニングがあったが、無事に終わって何よりだ。卒業生の諸君は明日から新しい道を進んで行くことだろう。困難もあるだろう、幸せもあるだろう。スタンピードを乗り越えた我々は、どんな困難にも打ち勝つことができると、私は信じている。あの日を忘れず、前へと進もう。では、解散!」
盛大な拍手で卒業式の全ての行程は終わりを告げたのだった。
レイノルドとサラが先に退室し、王女とアーデン公爵令息が後に続いた。
外はすでに暗くなっており、レイノルドはサラを伴って馬車に乗る。
伯爵邸へと送ってくれるつもりなのだった。
「ありがとうございます、レイノルド様」
「当然だろう?それにしてもあれは見物だったな」
笑い含みに言うレイノルドに苦笑を返しながらも、サラも頬を緩める。
「お兄様が受けて下さって良かった。ディアナ様はお兄様とお似合いだと思うんです」
「彼女がクリスの前でだけおかしくなるのは本当に面白…いや、微笑ましかった。実の所、サラがいなかったら彼女が私の婚約者になっていたかもしれない」
「そうなのですか?」
「愛のない政略結婚になっていただろうけどね。彼女の能力は買っているが…私に対してはいつも冷静で、一歩引いていたからね」
ウィンクをしながら微笑みかけてくるレイノルドに、サラも微笑み返した。
「陛下がせっかく恋愛結婚を推奨されているのに、それはいけませんね」
「全くだ。そうならなくて良かった。…あいつも彼女のことを知っていけば、ちゃんと好きになれると思う」
レイノルドはクリスの内心を正確に把握していた。
クリスは英雄の息子として、そして王太子の側近として幼い頃からずっと生きて来た。
周囲の重圧に負けないよう努力し続け、脇目も振らずに邁進してきた。
そして王太子の周囲に群がる令嬢達を見続けていた。
クリスが女に夢を見ることはない。
レイノルドがそうであるように。
本質を見極め、為人が好ましいと思えなければ愛せない。
彼女はクリスを一途に想っているだけでなく、サラのことも、国の行く末についても考えることができる。
クリスが要求するだろう「結婚相手の条件」にこれ以上合致する令嬢はいないと、レイノルドは思う。
少しずつ、距離を縮めて行けばいい。
自分とサラがそうであったように。
「…それにしても、しばらくは毎日会えないと思うと寂しくて死にそうだよ」
ぼやきながら、レイノルドはサラの手を取り握り込む。
「…私もです」
サラはいつも、自分らしくありたいと願っている少女だった。
その意志を尊重したいと思っているし、レイノルド自身もまた、彼女の前では自分らしくありたいと思っている。
素直に感情を見せれば、サラもまた、返してくれるのだった。
「早く結婚したいね」
「はい」
「伯爵邸に移っても、まだ家族団欒はやっているの?」
「はい、談話室にラグを敷いて」
「いいな。結婚したら、東宮にもそういう部屋を作ろう」
「ココアを飲むんですよ」
「ごろごろもするんだろう?今日あったこととか、話したりして」
「はい」
「そんな時間、値千金というやつだ。いいな、早くやりたい」
「ふふっそうですね」
冒険者として、活動してきて良かったとサラは思う。
レイノルドとパーティーを組み、普段は見せない素の彼を知ることが出来た。
二人でいる時には、素のままで互いに接することが出来る。
二人の時間は穏やかだった。
結婚しても、ずっとこんな時間が続けばいいと思う。
これから先、喧嘩もするだろうし、嫌なこともあるかもしれない。
それでもスタンピードを乗り越えた私達なら、乗り越えていけると思うのだった。
レイノルドの指先が、サラの右耳に触れた。
そこには彼がくれた、二人パーティー用のピアスがあった。
「ずっと存在を感じていられるように」と言われて嬉しかった。
「名誉騎士殿と魔術師団顧問も同じようにしていたそうだよ」と言われて、涙が零れた。
レイノルドの瞳が間近にあって、サラは目を閉じる。
ずっとずっと、「兄がお仕えする王太子殿下」であった遠い存在が、自分の夫となるのだった。
私は幸せだ、と思う。
ディアナの言葉を借りればサラもまた、生涯学び続け、この人を支えていきたいと、思うのだった。
END
148
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(8件)
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
はじまりは初恋の終わりから~
秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。
心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。
生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」
「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」
三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
【完結済】悪役令嬢の妹様
紫
ファンタジー
星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。
そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。
ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。
やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。
―――アイシアお姉様は私が守る!
最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する!
※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
前半の正ヒロインが他の冒険者から雑な扱いを受けながらひたむきに頑張るところが良かったです。
後半は悪役令嬢の闇堕ちぶりが光りましたね。悪役令嬢の前半のダメ令嬢ぶりはひどいものでしたが、徐々に軌道修正してダンジョン攻略などがんばっていたのが最後の無敵状態につながっていたと思います(裏目に出たともいえますが)。完全に無能ではなく、完全に悪人でもないけど恋に狂うあたりが人間らしさがにじみでた、いい悪役ムーブだったと感じました!
おすすめから初めまして。
現在61話を読んだところで感想を書こうとしたら直近の感想の目に入る部分に終盤のネタバレが😢
「ネタバレ含む」になってないですよね?(自分の誤タップで開けてしまった勘違いだったらすみません)
完結から3年以上経っている作品で申し訳ないのですが、ご配慮いただけると嬉しいです。
ちなみに書こうと思っていた感想は飛んでしまいました。ごめんなさい😅
他の作品すべて読み、最後にこちらの作品を拝読しました。
とっても面白かったんですが、主要人物がこんなに死んじゃうなんて〜(泣)。特にパパ!一番好きなキャラだったんで、読み終わったいま、喪失感半端ないです。。
もっとこうスタンダードなハッピーエンドがくると思ってたんで、か、悲しすぎる。。
ざまぁがあって良かったー。因果応報的な展開なかったら、マジでやりきれなかった…。ぶっちゃけ侯爵令嬢の苦しむ様はもっと見たいくらいです。
あと、いくつか布石っぽくされたままの話もあったんで、そこら辺が気になりました。
でも、やっぱりパパの、そして、リアム含めた仲間たちの死ににすべて持っていかれました〜。はぁ、シリアスタグ、もっと真剣に捉えとけば良かった。
いずれにせよ、文体含め、淡々とした感じもめっちゃ好みなので、今後の作品も楽しみにしてます!
素敵な作品、ありがとうございました!