思い付き短編集

神谷 絵馬

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婚約破棄はいたしませんわ!1

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「婚約を破棄して欲しい。」

5年前から婚約をしているクルシス・ルベーフ様が、先触れもなく押し掛けてこられてから10分は経ちましたかしら?
ようやく口にしたのは、予想していた言葉とは少し違いましたけれど概ね同じでしたわ。

「無理ですわ。」

私達の婚約に関しましては、政略にて結ばれた婚約です。
当事者ではありますが、私の了承だけでは破棄も解消も無理ですわ。

「お願いだ!破棄してくれるのならば、どんな条件でものむ!」

どんなに下手に出てお願いされましても、無理なものは無理ですわ。
そもそも、下手に出ていらっしゃるのは言葉のみですもの...。
ここにはフカフカの絨毯が敷かれておりますし、土下座くらいなさいませ。

「クルシス様、破棄することは出来ませんわ。」

婚約の破棄なんて、簡単に受け入れる訳がありませんでしょう?
優秀だと聞いておりましたけれど、学園にて何を学んでこられたのかしら?

「どうして分かってくれないんだ??」

頭を抱えて嘆かれますけれど、頭を抱えたいのは私の方ですわ。

「ハァー、クルシス様の方こそ、何故破棄に拘るのですか?」

さて、予想はつきますけれど、一応本人の口から聞いておきましょう。

「真実の愛に殉じたいのだ!」

あらまぁ、これは、恋に逆上せあがってますわね...滑稽ですこと。
まぁ、予想通りの言葉でしたわ。

「真実の愛?あぁ、今人気の劇団の演目で...題名は、"真実の愛はかくも儚く"でしたかしら?
平民にも貴族にも流行っておりますわね。」

真実の愛だなんて軽々しく言葉にして、恥ずかしくないのかしら?
あれは、物語だからこそ美しいのですわ。
たしか、内容は......メイドとして働いていた女性が男爵家の子息に手を出されて、妊娠したけれども追い出されてしまったところから始まってましたわね。
なんとか母子2人で平民として慎ましく生活していたけれど、12歳の頃に跡継ぎに恵まれなかった男爵家の庶子として引き取られ、最低限の礼儀作法を習得する間もなく学園に入れられるという、現実にはあり得ない内容でしたわ。
編入と言えど、学園に入るには試験がありますのよ?
最低限の礼儀作法すら習得していない子息令嬢は、そこで弾かれますわ。

「あぁ、だから、婚約を破棄してくれ!」

私が物語を知っていたからと、希望に満ちた顔をしないでくださいませ。
そもそも、真実の愛などという理由で婚約を破棄するなど、罷り通る訳がありませんわ。
たしかに、物語の中では無事に婚約を破棄して真実の愛を叶えておりましたけれど、現実であのようなことが起こるとするのならば、間違いなく殿下は廃嫡されますわ。

「嫌ですわ。」

こんな馬鹿な話し、断るに決まっておりますでしょう?
ぶん殴ってもよろしいかしら?

「何故なんだ?!」

ハァー、どうして分からないのかしら?
別に、破棄に拘らずとも円満な解消でも良いじゃない。

「婚約の破棄というのは、たとえ男性に有責と認められたとしても女性にとってのみ不名誉なことだからですわ。
クルシス様は、こちらから言わなければ分からないようですわね...。
婚約の破棄はいたしません。
解消であれば、即事に応じますわ。」

私は、元々貴方と婚姻したいとは思っておりませんから、解消であれば応じますのに...理解力に乏し過ぎて、疲れてきましたわ。

「あ...それは、そうだが、破棄でなくてはならないんだ!」

私が不利益を被ってまで、物語をなぞる必要はあるのかしら?
私としても我が家としても、破棄では何の利益も生みませんわね。
常々、アホなのかしら?と心配になるくらいには真っ直ぐな方ではありましたけれど、他者への思いやりに欠けていることをするような方ではありませんでしたわ。
恋というものは、厄介なものなのですわね...ご自分の立場も、私の立場も、考えることが出来ておりませんわ。

「私、クルシス様の真実の愛のお相手には何もしておりませんわよね?」

クルシス様に不貞を働かれたところで、特に何も感じておりませんの。
両家での話し合いにより、婚約を解消すれば済む話しでしょ?
クルシス様を愛していた訳でもありませんから、お相手に嫉妬することはありませんもの。
物語の悪役令嬢とやらは、様々な嫌がらせをなさっておられましたけれどね?

「あぁ、していないな。」

影による報告は受けておりますけれど、私はお相手との面識が全くありません。
クルシス様も、そのことは影により報告されている筈ですわ。

「不貞も、不貞を疑われるような行いもしておりませんわよね?」

父やクルシス様を含めて、男性と2人きりになることはありませんでしたわ。
そのことも、報告を受けておりますわよね?





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