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王は、僕を抱き抱えたまま部屋を進む。後方の扉が閉められ、完全に二人きりだ。
部屋の奥に歩くと三人は座れるソファーがあった。そこに掛けると僕を横抱きで足に乗せたまま王はぎゅっと抱き締めて来た。
「はぁ…良い香りだ。素晴らしい。名前は何と言う?」
「陽翔ですが…」
「ハルト…ハル…ハルと呼ばせて貰って良いかな。私のことはアルと呼んでくれ」
「アル?さん付けなし?」
「そうだ。わが最愛。来てくれてありがとう。愛している。まずはこの国のことを説明させてくれ」
「はい。わからない事ばかりです。でも言葉が通じるんですね?」
「ああ。それこそハルが我が運命の番である証拠だろう。そしてこの薫り。何にも代えがたい素晴らしさだ。運命の薫りだ」
アルによると、ここは僕のいたところとは異なる世界のようだ。この世界には獣人が生きていて、彼らは人型や獣型のどちらかやその混合、または自在にその表現型を代えられるもの達である。
もしかしたら、ヒトという種の絶滅後の未来のようなものなのだろうか?地球は温暖化による様々な問題を抱えていたのだから。
ヒトと獣の双方の利点を併せ持つ彼らは各々特殊な能力があり、それらを生かして生産活動をしているようだ。
部屋に入ったとき自然に灯されたと思った証明は、不思議な動力により電灯のような媒体無しに明度を念じるだけで変えられるそうだ。全くもって今までいた世界と異なる。
数十年にかけて、この世界で災害や多種の病がはびこってきたそうだ。先代から引き継いだアルは王としてこの国を治めており、対策に奔走するとともに後継を欲していた。後継がなければ混乱の中、後継争いによる複雑な問題が起こると考えたからだ。
しかし、アルファの獣人が子を為すには番のオメガがいないと難しい。アルはフェロモンが強く、運命の番でなければその薫りの圧に耐えられない。過去に婚姻相手を探した事もあったが、畏れられ近づくことが難しかったのだという。そこで神に祈って番を呼び出す儀式を行うことを念頭にいれはじめた。
番相手は国内を探してもいなかったので、おそらく外国や異世界にいるのだろう。相手にはここに来て貰う事になり申し訳ないが、救国の后だ。何とか納得して貰えるよう、番の望む事は叶え、自身の生をかけて大事に愛し抜こう。
そのような覚悟で呼び出しの儀式に臨んだところ、僕が現れたのだということだった。
「僕が番というのは確かですか?」
「ああ。私にはハルの素晴らしいフェロモンがわかる。ハルも私にこれだけ近づいても、大丈夫だろう?今私はフェロモンを少し出した。もしベータや番ではないオメガだったら、耐えられずに失神しているだろう」
「そうなのかな?僕は元の世界に家族も仕事もあったんですけど。皆急に居なくなって心配していると思います。そしてやるべき事もたくさんありました」
「申し訳ないが、ご家族の心配については大丈夫だろう。わが神の業によるものである。おそらくハルは初めから存在しないことになっている。ご家族や関係者の記憶から外れていると思う。私も神もハルのこれまでの生き様を否定するのではない。こちらで生きることが優先されるからだ。こちらで使命が与えられており、私の伴侶であることが確定的なのだ」
「えっ…!?そんな…」
「本当にすまないことをしている。何不自由ない生活を約束するし、叶えられる願いであれば何とかする。我らの生は長く私はハルを長い時間かけて求めていた」
「それは寿命が長いってことですか?」
「そうだ。おそらくハルも私と同じく長くなるだろう。オメガとしてもこれからより開花していく。高位のオメガとなるはずだ」
「オメガ…」
「そう。少し顔を寄せて」
言われた通りにアルの顔に近づくと、甘いムスクと爽やかなグリーンノートの混ざったような香りがふわっと漂っている。
むずむずするような、酔った時のふわふわと高揚するような温かい感じ。
「どうだろう?」
「ふわふわする良い香りがします」
「それこそがわがフェロモンだ」
オメガというのは、発情期があり、アルファと互いのフェロモンで引き合う。番契約をすればお互いのフェロモンにしか反応しなくなるが、番がいなければアルファを強く惹き付けるという。
僕は男性として、20年以上を過ごして来たが、この世界ではオメガとして妊娠出産が可能な身体に作り変わるのだと言う。
そんな生物学上の大きな変換が本当に起こるの?不思議なことがたくさんあり過ぎて僕のキャパシティーを超える。一応獣医として勉強して国家試験も受かった身だ。獣人だってオメガだってヒトのDNA的には無理な事ではないかなと思うが。
しかし、これが世界線の違いならあり得るのだろうか。しかも帰れないときた。ここは絶望するべきか、動物学と医学の難問について実地で研究出来る機会と割りきるべきか。
あまりに突然過ぎて、考えがまとまらない。疲れて少し一人で休みたいと思う。
「すみません。驚くことの連続で疲れました。一人で休ませていただけますか?」
「配慮が足りず申し訳ない。わかった。こちらに后の居室があるので、休んで欲しい」
奥に進むと浴室、洗面室があり、続いてベッドルームと応接間と書斎を併せ持つ部屋、衣装部屋のように広がった場所を案内された。まるで西洋の宮殿のようだ。
「食べられるかわからないが、果実と水を用意してある。浴室には湯を張ってある。こちらに着替えも」
造りは今の生活と変わらないような浴槽と洗い場があり、大きなベッドには天蓋がついている。寝間着のようなものが用意されていて、衣装室にはさまざまな形や色の衣服がかけてあった。
「だいたいの造りはわかりました。水はでますか?トイレ?って同じかな?ありますか?」
「水は念じるか、この棒をおろせば出る。トイレはこちらだ」
「ほとんど生活を様式は変わらないようなので、これで。すみませんが思考を整理する時間をください」
「わかった。ハル…私は貴方を心から愛し、尊敬する。どうかそれを信じて欲しい」
わからないなりに日常動作は行えるもので、せっかくだから入浴してリラックスした。出るとタオルと肌着、長袖Tシャツとズボンのようなナイトウエアが準備されていたので着用した。
ベッドサイドには、水差しとカップ、フルーツが盛られてある。興味をひかれた異世界のフルーツは、蜜柑のような形で皮を剥くと桃のような色。多分神様が僕を呼んだのだから、何か食べても大丈夫だろう。楽観的なのが僕の取り柄だ。噛ってみたら甘くて酸味は少なくとても美味しい。
歯を磨き、トイレを済ませた。試しに流れろ~と念じてみたら流れた!。どういう動力構造なんだろう?
ベッドに入って今日起こったことを整理する。多分アルの言うように僕が番として呼ばれたんだよな。番として、また他にも何らかの役割があるのか。
とりあえずはゆっくりと眠ってまた明日考えよう。家族や職場に心配や迷惑をかけていないということを信じるならば、あとは自分だけの問題だ。
部屋の奥に歩くと三人は座れるソファーがあった。そこに掛けると僕を横抱きで足に乗せたまま王はぎゅっと抱き締めて来た。
「はぁ…良い香りだ。素晴らしい。名前は何と言う?」
「陽翔ですが…」
「ハルト…ハル…ハルと呼ばせて貰って良いかな。私のことはアルと呼んでくれ」
「アル?さん付けなし?」
「そうだ。わが最愛。来てくれてありがとう。愛している。まずはこの国のことを説明させてくれ」
「はい。わからない事ばかりです。でも言葉が通じるんですね?」
「ああ。それこそハルが我が運命の番である証拠だろう。そしてこの薫り。何にも代えがたい素晴らしさだ。運命の薫りだ」
アルによると、ここは僕のいたところとは異なる世界のようだ。この世界には獣人が生きていて、彼らは人型や獣型のどちらかやその混合、または自在にその表現型を代えられるもの達である。
もしかしたら、ヒトという種の絶滅後の未来のようなものなのだろうか?地球は温暖化による様々な問題を抱えていたのだから。
ヒトと獣の双方の利点を併せ持つ彼らは各々特殊な能力があり、それらを生かして生産活動をしているようだ。
部屋に入ったとき自然に灯されたと思った証明は、不思議な動力により電灯のような媒体無しに明度を念じるだけで変えられるそうだ。全くもって今までいた世界と異なる。
数十年にかけて、この世界で災害や多種の病がはびこってきたそうだ。先代から引き継いだアルは王としてこの国を治めており、対策に奔走するとともに後継を欲していた。後継がなければ混乱の中、後継争いによる複雑な問題が起こると考えたからだ。
しかし、アルファの獣人が子を為すには番のオメガがいないと難しい。アルはフェロモンが強く、運命の番でなければその薫りの圧に耐えられない。過去に婚姻相手を探した事もあったが、畏れられ近づくことが難しかったのだという。そこで神に祈って番を呼び出す儀式を行うことを念頭にいれはじめた。
番相手は国内を探してもいなかったので、おそらく外国や異世界にいるのだろう。相手にはここに来て貰う事になり申し訳ないが、救国の后だ。何とか納得して貰えるよう、番の望む事は叶え、自身の生をかけて大事に愛し抜こう。
そのような覚悟で呼び出しの儀式に臨んだところ、僕が現れたのだということだった。
「僕が番というのは確かですか?」
「ああ。私にはハルの素晴らしいフェロモンがわかる。ハルも私にこれだけ近づいても、大丈夫だろう?今私はフェロモンを少し出した。もしベータや番ではないオメガだったら、耐えられずに失神しているだろう」
「そうなのかな?僕は元の世界に家族も仕事もあったんですけど。皆急に居なくなって心配していると思います。そしてやるべき事もたくさんありました」
「申し訳ないが、ご家族の心配については大丈夫だろう。わが神の業によるものである。おそらくハルは初めから存在しないことになっている。ご家族や関係者の記憶から外れていると思う。私も神もハルのこれまでの生き様を否定するのではない。こちらで生きることが優先されるからだ。こちらで使命が与えられており、私の伴侶であることが確定的なのだ」
「えっ…!?そんな…」
「本当にすまないことをしている。何不自由ない生活を約束するし、叶えられる願いであれば何とかする。我らの生は長く私はハルを長い時間かけて求めていた」
「それは寿命が長いってことですか?」
「そうだ。おそらくハルも私と同じく長くなるだろう。オメガとしてもこれからより開花していく。高位のオメガとなるはずだ」
「オメガ…」
「そう。少し顔を寄せて」
言われた通りにアルの顔に近づくと、甘いムスクと爽やかなグリーンノートの混ざったような香りがふわっと漂っている。
むずむずするような、酔った時のふわふわと高揚するような温かい感じ。
「どうだろう?」
「ふわふわする良い香りがします」
「それこそがわがフェロモンだ」
オメガというのは、発情期があり、アルファと互いのフェロモンで引き合う。番契約をすればお互いのフェロモンにしか反応しなくなるが、番がいなければアルファを強く惹き付けるという。
僕は男性として、20年以上を過ごして来たが、この世界ではオメガとして妊娠出産が可能な身体に作り変わるのだと言う。
そんな生物学上の大きな変換が本当に起こるの?不思議なことがたくさんあり過ぎて僕のキャパシティーを超える。一応獣医として勉強して国家試験も受かった身だ。獣人だってオメガだってヒトのDNA的には無理な事ではないかなと思うが。
しかし、これが世界線の違いならあり得るのだろうか。しかも帰れないときた。ここは絶望するべきか、動物学と医学の難問について実地で研究出来る機会と割りきるべきか。
あまりに突然過ぎて、考えがまとまらない。疲れて少し一人で休みたいと思う。
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「配慮が足りず申し訳ない。わかった。こちらに后の居室があるので、休んで欲しい」
奥に進むと浴室、洗面室があり、続いてベッドルームと応接間と書斎を併せ持つ部屋、衣装部屋のように広がった場所を案内された。まるで西洋の宮殿のようだ。
「食べられるかわからないが、果実と水を用意してある。浴室には湯を張ってある。こちらに着替えも」
造りは今の生活と変わらないような浴槽と洗い場があり、大きなベッドには天蓋がついている。寝間着のようなものが用意されていて、衣装室にはさまざまな形や色の衣服がかけてあった。
「だいたいの造りはわかりました。水はでますか?トイレ?って同じかな?ありますか?」
「水は念じるか、この棒をおろせば出る。トイレはこちらだ」
「ほとんど生活を様式は変わらないようなので、これで。すみませんが思考を整理する時間をください」
「わかった。ハル…私は貴方を心から愛し、尊敬する。どうかそれを信じて欲しい」
わからないなりに日常動作は行えるもので、せっかくだから入浴してリラックスした。出るとタオルと肌着、長袖Tシャツとズボンのようなナイトウエアが準備されていたので着用した。
ベッドサイドには、水差しとカップ、フルーツが盛られてある。興味をひかれた異世界のフルーツは、蜜柑のような形で皮を剥くと桃のような色。多分神様が僕を呼んだのだから、何か食べても大丈夫だろう。楽観的なのが僕の取り柄だ。噛ってみたら甘くて酸味は少なくとても美味しい。
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