これは恋でないので

鈴川真白

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 昨日のことを気にしてないと言えば嘘になる。どう対策したら似せてないとわかってもらえるのか、わからなくなった。とりあえず、前髪を伸ばすのはやめて近いうちに切りに行こうと思った。

「圭吾は、俺が柊奏多に似てるとか言われてるの聞いたことある? まあ、似てねぇってのはわかってるから、そこは一旦置いといて」

 昼休み、いつもの人気のない暗い廊下にあるベンチ。弁当箱の卵焼きをつつきながら隣の圭吾に訊ねる。
 
「正直、聞いたことはあるよ。けど、どっちかっつーと素顔がイケメンて騒がれてるほうが多かったかな」
「そうなのか。じゃあ、あの後輩が怒ってたみたいなのはあんまりねぇかな」
「ないだろ。俺が言うのもなんだけど、理玖は別に似てないよ。雰囲気の人が良さそうなとこと、タレ目なとこは似てるなくらいのレベルじゃないか」

 圭吾にそう言われるとホッとするし、褒められてる気もしてくるから頬が緩んでしまった。

 前髪を切ったら、もうそれで許してもらおう。1年生に会いに行こうとは思わないし、自分なりに決着をつけて終わりにすることにした。

「よかったー。そのくらいなら、他にもいっぱいいるか」
「いるいる。気にすんなよ……てかあれ、何か呼ばれてるっぽくない?」

 圭吾の視線にあわせて振り向いた。えっ、と声が出そうになったのを、飲み込む。目が合ったら会釈されたから、その人はどうやら俺に用があるらしかった。

 こんなところで遭遇したくなかったのに。何でいるんだ。俺は慌ててマスクをつける。

「ぶん殴られたらどうしよう」とふざけて囁くと、圭吾が「そんときは加勢してやるよ」と笑った。

「たぶん大丈夫だけど、助けが必要なときはよろしく」

 俺は腰を上げて、春輝くんの前に立つ。静かに息を吸った。

「どうかした? 俺にまだ言いたいことがあるってことなら……えっと、どうぞ」

 これ合ってるのか? 目をそらしたい気持ちをぐっとこらえて、見上げたままマスクの位置を直した。

 この前より冷たい目で見られている感じはないが、ムスッとしているようにも見える。

 どういう感情なのか読みとれない。たぶん、怒ってはないだろう。

「何でマスクしてるんですか?」
「え? あ、これがダメ?」

「風邪ひいてるんですか?」と、春輝くんがまつげを伏せた。マスクをしているからだろうけど、そこを気にしてくれるんだなとふっと口元が緩んでしまった。

「風邪はひいてないよ。いつもマスクしてるだけ」
「マスクしてるから、目元が強調されると思うんですよ」
「そうだね。申し訳ないけど、これは外すつもりはないよ」

 言われる前に先手を打っておく。

 どこを見ていいか彷徨うように揺れて、俺を見上げる瞳。ようやく目が合った。

「最近、SNSでやたら似てますみたいなのがおすすめで表示されて、うんざりしてたんです。勝手に先輩もそうだって決めつけて、ほんとにすいませんでした。あ、ちょっと言い訳です」

 へへと気まずそうな笑みを浮かべる彼を見て、俺は「そっかぁ」とほっと息を吐いた。何だ、そんな理由があったのか。

 マスクを外せと言うつもりはなかったみたいだ。昨日の俺はだいぶ空気が読めていなかったのに、わざわざ謝りに来てくれるなんていい人だ。

「好きな人に便乗してるみたいなのって、ファンの人は嫌な気分になることだってあるよね。過去の俺はやってたことだから、やっぱごめん」
「いいです」

 先輩のことはわかりました、と春輝くんはうなずいてくれた。俺の向こうにいる圭吾を少し気にするように見てから「で、聞きたいことがあるんですけど」と一歩前に進んで、俺に近づいてくる春輝くん。

 とっさに下がりそうになった足を踏ん張って、首を傾げる。

「聞きたいこと?」
「桑原先輩って、柊奏多に興味あるんですか?」
「へ?」

 瞬きする間もなくじっと見つめられて、これは答えを間違えられないやつだと思った。急に春輝くんの目がきらめいて見える気がするのは、気のせいじゃないだろう。

 悩んでいるうちに「じゃあ好きか嫌いで言えばどうですか?」と質問が追加された。

「……あー、それは好きかな。俺、あのドラマ好きだった。“静かな夜に”ってやつ」
「まあ、流行りましたからね。他はありますか?」
「確か……“家事代行承ります”も、ちょっとだけ出てたけどいい役だったよね」
「なるほど。話は戻るんですけど、柊奏多に興味ありますか?」

 何の尋問なんだ、これ。どうするべきか悩んでいると「興味ないですか?」と、春輝くんが悲しそうな声になってしまった。

「は、はいっ。あ、いや、ないわけじゃなくて。興味、あります」

 思わず敬語になってしまった。答えはこれであっているのか。ていうか、もはやこれしかないような。

 心臓が変な感じで脈を打って、背中にちょっと汗をかいてきた。距離が近い。

「よかったです。放課後、そっちの教室まで行くので、ちょっと時間もらってもいいですか」

 何で!? もしかして、適当なこと言ってるってめちゃめちゃ怒られるやつじゃねぇの!?

 たじろぐ俺に気づいているのかいないのか、春輝くんは「またあとで」とぺこりと頭を下げて、さっさと行ってしまった。

 どうしよう。俺、ほんとにぶん殴られちゃうかもしれない。
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