これは恋でないので

鈴川真白

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 一部始終を聞いていた圭吾に「よかったじゃん、和解できて」と軽い感じで言われたが、俺は放課後まで気が気じゃなかった。

 さっさと帰ろうとする圭吾を捕まえて、春輝くんが来るまで一緒にいてくれと懇願する。

「加勢してくれるんじゃなかったのかよ」
「話聞く限り大丈夫そうだろ。俺、これからデートだから遅れたくないの。あと5分で来なかったら俺じゃない人に頼れよ」
「うん、俺もあと5分来なかったらそのまま帰る」

 頭を抱える俺に「理玖は帰るなよ」と圭吾が呆れたように笑った。やだよ、帰るだろ。殴られたくねぇもん。

「桑原先輩、遅くなってすいません」

 俺と圭吾以外の人がいなくなった、静かな放課後の教室に春輝くんの声が響く。3分を過ぎて、もう来ないだろうと希望を持ち始めたのに、来てしまった。

「春輝くんだっけ? 来てくれてよかった。理玖が来ないんじゃないかって心配してたよ」

 こっちおいでよと春輝くんへ手招きする圭吾。涼しい顔をして嘘をつかないでほしい。

 失礼します、と教室に入って来たかと思えば何だかしおらしい様子。てっきり怒りに満ちた顔をされるかと思っていた。

「あの、よく考えたら急に迷惑でしたよね」
「迷惑ってか、全然何だかわかってないわ。春輝くん、何のために来てくれたの?」

 大丈夫そうな雰囲気を察知して、訊ねてみる。ぶん殴られる心配はしなくて良さそうだ。

「柊奏多に興味あるってことだったので、その……動画を一緒に見ないかなーって。周りで“家事代行承ります”がいいって言ってくれた人、初めてで」

 ごにょごにょと気恥ずかしそうに口ごもる春輝くんに、俺は「ん?」と首を傾げる。隣で圭吾が「な、よかったろ」と微笑んでいる。

 え、俺に動画見せるため? それでわざわざ来てくれたのか。先に言ってくれればよかったのに!

「ここ俺の席。座っていいよ」

 と、圭吾に促されて、春輝くんはお礼を言ってから圭吾の席にそっと座った。

「俺は帰るから、あとは2人で話して」
「えっ、圭吾もう帰んの?」
「もう5分以上いただろ」

 春輝くんの方を見て「またな」と笑うと、圭吾は俺から逃げるように背を向けた。

 彼女とデートする時間をこれ以上削るのは悪いか。

 仕方なく「また明日な」と声をかけて、俺は春輝くんの隣に腰を下ろす。

「昨日の俺、すげー最悪だったのに、帰らないで待っててくれて……ありがとうございます」
「やー、それは……うん」

 さっきまで帰ろうとしてたとは、とても言えなかった。

 昨日は刺されそうなほどトゲトゲしてたのに、今はちまっとして見える。昨日と同一人物なのか。

 俺の中で張り詰めていたものが解けていく。何だか、春輝くんがちょっとかわいく思えてきた。

 ほんとに柊奏多のことが大好きなんだろうな。

 気分を切り替えて、俺はスマホをポケットから取り出す。

「動画って、何の動画見せてくれんの?」
「あっ、AsterあすたーのMVなんですけど。どれか見たことありますか?」
「そうだなぁ、1曲ぜんぶは見たことないと思う。サビのとことか、広告でちょっとだけ」

 Asterは柊奏多が所属するアイドルグループだ。歌番組では何度か見たことがあったが、MVを探して見てみるまではしてこなかった。

 俺が検索しようとすると、プレミアム会員だからと春輝くんは自分のスマホを出して動画を流してくれた。

 一緒に見ながら、一通りメンバーの紹介をしてくれる。全員の名前を覚えられた気がしないけど、春輝くんは奏多だけわかればいいと笑った。

「この曲すげぇ耳に残るよね」と俺が言うと、春輝くんの口元が嬉しそうに緩む。

 MVが終わったら次は彼らが普段やっている色んな企画の動画をおすすめされた。言われるがままに見てみる。

「ここはコンビで番組出てるんですよ」とか「今みたいなことをさらっとするのが奏多です」とか、前のめりになって熱く語る春輝くん。表情がいきいきして、輝いている。

 自然と距離が近づいて、肩が触れそうになった。俺はそんな状況の面白さを噛み締めつつ、口を開く。

「思ったより普通に街中にいるんだね。これ、ここから2駅くらい行ったとこじゃん」

 動画には、街の洋食店でお昼を食べるAsterの人たち。何人かで代わる代わる動画を毎週あげてくれるらしい。

「そうなんですよ。何で俺このときいなかったんだろう」

 一瞬冗談を言われたのかと思ったが、春輝くんの落胆ぶりを見るに本気なようだ。よく行く場所なのか訊ねると、行ったことがないと返ってきた。

「意味わかんねーって思いました?」
「うん、正直ちょっとわかんねぇわ。行ける範囲だったのにって感じ?」
「もしかしたら、遠くから見れたかもしれないのにって感じです」

 へぇ、とうなずく。

「そこ近くからじゃねぇんだ」 
「雲の上の人なんで。奏多とすれ違ったら死にます、俺が」

 まだよく知らないのに、死にそうな春輝くんが想像できる気がした。ふふっと笑ってしまうと、春輝くんは「奏多のこと生で見るとそうなりますからね」と、口を尖らせた。

 動画から柊奏多の笑い声が響く。

「バカにして笑ったんじゃなくて、そうなってる春輝くんがイメージできるなって思っただけだよ」
「俺ってそんな単純ですか」
「ううん、柊奏多ほんとに好きなんだなぁってよくわかるってこと」

 春輝くんは納得したようにうなずく。そのままスマホ画面に指を滑らせたかと思うと、動画を一時停止した。

「……ここ、行ってみたいんですけど、さすがに俺1人だと行く勇気ないんです」

 オムライスを食べておいしさで目が丸くなる瞬間の柊奏多を、春輝くんはさみしそうに眺めた。

 女性ファンが多いのはわかるから、春輝くんが行きづらいのも理解できる。大変だね、と言葉にしてから、はたと気づく。

 これってもしかして、そういう場所に付き合ってくれる人を探してるんじゃねぇの?

 動画を見る分には面白いし、曲も好きな感じだった。けど、その程度の熱量だ。俺は春輝くんには遠く及ばない。

「ランチ行こーのノリで、昨日の子は行ってくれねぇの?」

 ひとまず、俺からの提案を飲み込んで訊ねた。

「はい。さっきの動画だと莉奈が好きな悠真ゆうまもいないんで確実に無理です」

 なるほど。同じグループでも好きな人が違うと行きたい場所も変わってくるのか。

「桑原先輩、その、もしよかったら……行ってくれませんか?」

 遠慮がちに投げかけられ、俺は即答できなかった。

「ただご飯食べるだけなので。あ、俺は写真撮るとかはあるかもしれないですけど、桑原先輩は普通に外食みたいな気持ちで来てくれれば、それで……」

 あたふたと付け加える春輝くん。よっぽど一緒に行ける人を探していたのかもしれない。

 そうじゃなかったら、きっと会ったばかりの俺を誘ったりしない。イベントに行くわけじゃないし、このくらいなら俺で付き合える範囲ではある。

 目的が俺でない誘いはかえって嬉しかった。

 とはいえ、本当に俺でいいのか。先輩だと何かと気を遣うんじゃねぇのかな。

 数秒悩んだものの、一回くらいは付き合ってもいいかと結論を出した。俺が昨日話しかけて空気を微妙にしたお詫びということにしよう。

「とりあえず、この店は行ってみるか」
「やっぱりさすがに悪い――え?」

 発言タイミングがかぶってしまった。俺は言葉を変えて「一緒に行こうか」と伝えた。春輝くんの表情がパァッと明るくなる。

 ごめん、今は単純だなとは思ってしまった。

「いいんですか! じゃあ、連絡先交換しましょう」

 春輝くんが素早く、スマホを操作する。俺も自分のスマホを出して、連絡先を交換した。

 その後は、動画の続きを見たり、他の動画をいくつか見て自然と一緒に帰る流れになった。

 駅の改札を抜けて、反対の電車だという春輝くんと改札の前で別れる。

「今日はありがとうございました。日程とかこの後連絡しますね! 秒で返事ください」

 振り返った彼の屈託なく笑う顔に、癒されてしまった。

「無茶言うなよ。でも、努力はしとく」

 ホームへ向かいながら、俺はスマホを確認する。

 さすがにまだ送られてくるはずもない。楽しみにしている自分に気づいて、下唇を噛んだ。

 俺も大概、単純だなぁ。
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