これは恋でないので

鈴川真白

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触れない

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 約束の日の放課後、春輝くんの教室へやってきた俺は室内を覗いた。何人かいるものの、春輝くんが見当たらない。

 そのままキョロキョロしていると、窓側にいた莉奈さんと目が合った。

「春輝ですよね? もうすぐ来ますよ。桑原先輩いるって言ったら、走ってくると思います」

 肩くらいまでのゆるく巻かれた髪をふわふわ揺らしながら、こちらまで来てくれた。スマホを素早くタップして、春輝くんに連絡してくれたらしい。

「あれ、前髪切りました?」

 莉奈さんが自分の前髪のあたりでチョキを作って動かす。

 俺は前髪を触ってうなずいた。視界が開けて落ち着かない。

「イケメン度増しましたね!」

 感謝の言葉でかわして「印象変わった?」と訊ねる。俺が気になるのはそこだ。

「雰囲気変わって見えて、かなり印象変わりました。桑原先輩って、目元にほくろあるんですね。奏多はないです」

 それは柊奏多っぽくないと捉えていいんだろうか。ならよかった、と胸をなでおろした。

 1分も経たないうちにバタバタと大きめの足音が聞こえて振り向く。莉奈さんの言うとおり、廊下を走る春輝くんの姿が見えた。

「ちなみに桑原先輩ってぇ、春輝のこと――」
「余計なこと言わなくていいからっ」

 息切れしているにも関わらず、莉奈さんと俺の間を遮るように手を伸ばす春輝くん。

 気になった俺は「余計なこと?」とわざとらしく首を傾げる。莉奈さんは楽しげに口の端を上げた。

「今度言いますね!」
「今度もいつでも言うなよ!」

 なぜか俺より先に春輝くんが答えてしまった。

「桑原先輩は教室から離れといてください」

 俺が一歩後ろに下がっても「もっとです」を繰り返され、向こうの廊下の壁に背中がつくまで下がることになった。

「莉奈はそれ以上何かしたら、フライヤーもらってきてやらないからな」
「えー、それは困る。もう言わないから許してよぉ」

 懲りてなさそうな莉奈さんは春輝くんに回収されながら、俺に笑顔で手を振った。面白い子だなぁと思いながら、俺も手を振る。

 それに気づいて後ろを見た春輝くんが不機嫌そうな顔になって、扉を閉めてしまった。ぽつんと1人取り残される。

 莉奈さんから俺に言われたくないことがあったらしい。気になるけど、本人に聞くのは怒られそうだからやめておこう。

 しばらくして、慌ただしく教室から出てきた春輝くんは俺の腕をつかんだ。

「莉奈が来そうなんで、走ってもいいですか」と、有無を言わさず引っ張られる。力強く握られた手に鼓動が跳ねた。いきなりすぎる!

 階段を駆け下りて、俺は息をついた。走ったせいで廊下にいる人の視線が少しだけ気になったが、途中からそんな余裕もなかった。

 腕のあたりがじんじんしている。春輝くんは、俺が復活するまで待っていてくれた。

「フライヤーって何?」

 さっきのことは何も言わず、俺は別の話題を持ちかける。

「映画のチラシです。今度、悠真ゆうまも映画に出るんで、今日もらってきて莉奈にあげる約束してました」
「へぇ、すごいね。Asterの人、色々映画に出てるんだ」
「ユマカナは俳優も頑張ってるんで、今年はドラマも映画も結構出ます」

 ユマカナは有栖川ありすがわ悠真と柊奏多のことです、とすぐに補足してくれた。

「俺あんま注目してこなかったけど、この前のドラマの犯人やってた人なんだね」
「悠真は3番手もできるけどメインもいけるんで、うらやましいです。最近の奏多は主演しかやってないんですよ。3番手くらいの役も絶対いいのに」

 情報量が多いものの、内容としてはどうにか理解できる。けれどもあっという間に春輝くんと距離ができて、ついていけない。

 俺は「イケメンだもんね」と当たり障りないことを言った。

「……語りすぎてすいません。映画行きましょう」

 あ、と思い出したように俺の顔を見る春輝くん。

「前髪、いいですね。ちゃんと目が合う気がします」
「うん。切ってよかったよ」
「この前のこと気にして切ったんですか?」
「ううん、ちょうど切りたかったから」

 なんて、気にして切ったんだけど。そんなことを言えば逆に春輝くんに気にさせてしまうと思った。

 俺が勝手にしたことだ。視線から逃れやすい前髪がないと、ちょっとそわそわする。

「そうだ、できたらこれから見る映画について教えてもらってもいい? 予告は見たけど、それだけなんだよね」
「まず原作小説があって、それの実写なんですけど、情報出たときはさんざんキャラと似てないだなんだ言われてたのに予告出た途端にひっくり返ったんですよ」

 早口で話し始めたかと思うと、突然恥ずかしそうにうつむく春輝くん。どうしたのかと顔をのぞき込む。

「……とにかく、俺は原作も全巻読んでるんで任せてください」
「おー、すげぇ。よろしく、先輩」
「任せろ後輩」

 からかったつもりが、少し屈んだ春輝くんがにやりと笑った。

 予想外すぎてうまく反応できない。心臓がぎゅっとつかまれたかと思った。

 逆にからかわれた、で合ってるんだよな。後輩との距離感がよくわからない。こういうもんなの?

「前髪触ってもいいですか」と敬語に戻った春輝くんの感想で「前髪の話に戻るのかよ」と、ツッコミを入れた。

「別に触っても何もねぇからいいけど。汗かいたから触んないほうがいいかも」

 春輝くんは人の忠告をまったく聞かずに前髪に触れたかと思えば、持ち上げてきた。

「桑原先輩、前髪上げたほうが似合ってますよね」
「あ、上げんの嫌なんだよ。春輝くんは似てないって言ってくれたけど、前髪上げたせいで似てるって言われて色々あった」

 目線をあちこち移動して、春輝くんの視線から逃げ切れずにまた戻る。えー、と不満げな声を出す春輝くんに俺はそっと手を払い除けた。

 後ろに下がって前髪を整える。久しぶりの感覚に額がスースーした。

「最初に似てるって言ったやつぶん殴りたいですね」
「ぶん殴りたいと思えたらよかったけどな」
「俺が代わりにやりますよ。桑原先輩は、桑原先輩としてかわいいです」

 え、と声が出てしまった。感傷に浸りそうだった心があっという間に引き戻された。 

「俺にそんなこと言う人会ったことねぇよ」

 何だ、いきなりかわいいって。

「じゃあ俺が最初ですね」

 いたずらっぽく微笑む春輝くんに、俺は返す言葉が見つからなかった。第一印象と全く違う。この短時間で春輝くんに振り回されている気がする。

 本人はけろっとして「ちょっと急ぎましょうか」 と先を歩いていく。

 校舎の外は傾きかけた西日が首筋を照らして、蒸し暑さがまとわりついていた。頬の熱が冷めない。

 電車に揺られながら、春輝くんが映画について教えてくれた。キャラや世界観、色んな話をしてくれたのに、正直、半分も頭に入らなかった
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