ショコラとレモネード

鈴川真白

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甘さに揺らめく

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 ハッとして、あ、これはダメだと思った。

 テレビ画面に映るキャラクターの動きが鈍くなってきて、止まると同時に横に視線を向ければ貴臣の意識が完全に沈んでいた。

 もう何度となく見慣れた光景。愛おしく感じて、その先までたどり着いた自分に気づいてしまった。

 ずっと一緒にいる幼なじみを好きだと自覚した。うまくかわして逃げて、逃げ切るはずだった。

 先に進まないようにと引いていた線が気づいたら後ろにある。油断しすぎもいいところだ。そんなあっさり越えてたまるか。

 違う、落ち着け。俺のゲームの手は止めず、コントローラーを握りなおす。まだ戻れる、大丈夫だ。

 最近よくある、ちょっと心が揺らいでるだけのやつ。好きだってはっきり思ったのは初めてだけど、考えないように意図的に避けていたことはこれまでだって何度もあった。

 吊り橋効果とか、密室で2人のせいで緊張感があるとか、そういうことかもしれない。今日はほら、タツのせいで水族館を巡るとかいう珍しいこともあったし。昔のことを思い出したのもあって、気持ちが浮ついているだけだ。

 とはいえ今ここ俺の部屋だし、何度も貴臣とゲームしてる慣れた場面だけど。寝落ちする貴臣だって見慣れたもの。

 何かないかと振り絞って、あと少しでクリアという場面に燃えていたから、たぶんそれだと思うことにした。盛り上がって心が勘違いしてしまった。

 貴臣のさらさらの黒髪が腕に触れて、俺と同じシャンプーの香りが鼻先をかすめる。心臓がばくばくして、手のひらに汗がにじんだ。

 戻れ、引き返せと頭が告げても、心が無理だった。こんなの、一ミリだって落ち着けるわけない。勘弁してほしい。

 心臓の音がうるさくて、貴臣が起きてしまわないか心配になった。こんな自分を知られたくない。

「貴臣、起きてるかー」

 声量を落として呼んでみても、貴臣は長いまつげを伏せたままで、スースーと寝息まで立てている。俺の肩は不自然に力が入ってがちがちだというのに、貴臣はまるで気づかない。それでいい、気づかないでいてほしい。

 この状況で朝までなんてことになったら俺が死ぬ。色々感情が持たない。セーブできない場面のため、最速でゲームをクリアしてから貴臣の肩を揺らした。さっきよりも大きめの声で呼びかける。

「起きろ、貴臣。ベッドで寝ろ。すぐそこだから」
「んー? 雪斗のベッドはいいよ。俺はもうここで寝る……」

 寝ぼけ眼の貴臣が床で横になってしまい、俺は急いで布団を準備した。部屋のまぶしいほどの明かりも気にならないくらい眠いらしい。

 普段クールな貴臣が眠気のせいでかわいい気がする。今までこんなこと思ってたっけ。もうぜんぶがよくわからない。同時に、俺に全幅の信頼を寄せて、安心しきった顔で寝ている貴臣を裏切っているような気分だった。

 好きになっていい相手じゃねぇだろ。自嘲の笑みが漏れて、俺はため息を吐く。

 大事な幼なじみだ。俺なんかが好きになっていい相手じゃない。先生や周りからの信頼も厚くて頭も顔もいい貴臣。何もかもが正反対の俺は、そばにいられるだけで充分だった。いつか彼女ができて、それを応援できるようになろうって思ってたのに。

 困らせるようなことはしたくない。ずっと、そうやって線を引いてやってこれたのに。何で越えるんだよ。

 余計なことを振り払うように頭を振って「布団ここだからがんばれ」と、敷いた布団に貴臣を誘導する。どうにかずるずると移動してくれた貴臣にタオルケットをかけて、安堵した。

「おやすみ、貴臣」
「うん、おやすみ……」

 もうほとんど夢の中にいるはずの貴臣が応えてくれて、目頭が熱くなった。今日の俺はとことんダメらしい。夜更かししたし、ゲームのやり過ぎで目が疲れたかな。

 自分もベッドに潜り込んで、リモコンを押して電気を消した。ぎゅっと目を閉じて、暗闇を受け入れる。今日の嬉しそうな貴臣が浮かんでしまって、すぐに目を開けた。

 貴臣が泊まりに来るのはよくあることなのに、寝返りを打てない。すぐ後ろで貴臣が寝ていると思うと、どうしていいかわからなかった。今は逃げ場がない。

 大丈夫。明日になれば元に戻る。いつも通りの俺と貴臣で、楽しくいられる。そうじゃないと俺がやってられない。

 普段は気にならない時計の音がやけにはっきりと耳に響いていた。

 :
 :

「あれ、珍しく早いね。おはよう、雪斗」

 寝癖頭であくびをする貴臣に、俺はどうにかうなずく。スマホで漫画を読んで、ひたすら貴臣が起きるのを待っていた。

 一睡もできなかった。明け方には眠気がやってきても、夢でも見て変なことを口走ったらと思うと怖くなって、結局は眠れなかった。

「大丈夫? 具合悪い? 顔色が良くないね」

 起き上がってからもぼんやりしていると、いつの間にか伸びてきた手が額に触れてびくっと肩が跳ねた。そんな俺を見た貴臣は「そんなに驚かなくても」とふっと笑う。

 貴臣の体温が高く、触れた部分からじんわりと熱が伝わってきた。

「熱はなさそう。しんどい?」
「全然、大丈夫。眠いだけ」
「もしかして、昨日俺がうるさかったりした?」

 貴臣の顔が近い気がして、俺はうつむきつつ首を横に振る。頬に熱を帯びてきた。貴臣に悟られることがなくてよかった。

 何も解決してない。どうすればいい?

 頭を抱えそうになった自分の手をぎゅっと握りしめる。

「ごめん、眠いっつーか微妙に頭痛い……母さんが朝ごはん準備してるだろうから、食べてやって。そんで、悪いけど今日は帰っといて」
「うん。後で何か買ってこようか」
「いい。ありがとう」
「ゆっくり休みなよ」

 俺はベッドで再び横になって、ひんやりとしたタオルケットをすっぽりかぶった。貴臣に背を向けて、真っ白な壁を見つめる。現実を一旦諦めて、放棄することを選んだ。今はとても、面と向かって貴臣を見れない。

 そのうちに支度を終えたらしい貴臣が部屋を出て行って、ようやくほっと胸をなでおろした。様子が変だと思われてもいい。元に戻ることが最優先だ。しっかり寝て、ちゃんとしよう。

 こんなのはダメだ。頼むから、一昨日までの俺に戻らせて。貴臣は友達で幼なじみなんだって、何度心の中で繰り返しても、戻れない。戻り方がわからない。

 貴臣を好きだなんて、認めたくなかった。
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