ショコラとレモネード

鈴川真白

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夕暮れに揺蕩う

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 開園前に到着して、長い列に並んでようやく入場できた。入る前は貴臣と2人でちょっと眠そうにしていたのに、いざ入場したら、わくわく感で一気に満たされた。

 奥へ進んでいくと、キャラクターのバルーンが見えてきて、陽気な音楽が聞こえる。甘くて香ばしいポップコーンの匂いもしていた。目に映るものすべてが非日常で、自然と口元が緩む。

「やばい、久々でテンション上がってきた!」

 隣の貴臣も「もう楽しいね」と辺りの景色に目を輝かせている。貴臣と来れて良かった。

「まずは温かいの飲みたい」

 びゅうと吹いた海風を浴びて、頬がびりびりした。夢の国だって、寒いものは寒い。肩をすくめて、両腕を擦る。

 ホットドリンクを買うためにまず並びながら、スマホのアプリで一番乗りたいものを予約するために画面を連打した。

 日頃ゲームの成果のおかげか、どうにか勝ち取れて安堵する。今日は絶対貴臣を楽しませたい。

 予約完了の画面を閉じて、今の気温を確認しようと天気予報アプリを開いた。

「うーわ、午後から雪予報になってる」
「雪斗、昨日は晴れって言ってなかったっけ」
「ごめん、自分の家のあたり見てて間違ったかも」

 ちゃんと確認してくればよかった。ポケットのカイロを頬に当てる。

 温かい紅茶を飲んで一息ついてから、予約できた時間までの間を使って他のアトラクションに並んだ。

 いくつものアトラクションが、あっという間に待ち時間が1時間を超えている。

「貴臣もさすがに手袋ねぇのキツいだろ。片方だけでも違うから、つけとけよ」

 貴臣も今度は素直にうなずいて、俺が差し出した手袋を受け取った。

 貴臣と手を繋げればいいけど、人前ではまだ抵抗感がある。今日のどこかで手を繋げたらいいな、と密かに思った。

 いくつかアトラクションを楽しんで、ずっと叫びっぱなしの俺はもうヘトヘトだった。

「面白かったからまた乗りたい」と、興奮冷めやらぬ様子の貴臣。

「俺はもう無理。っつーか、貴臣は何であんな笑ってたんだよ」

 ベンチに座って今度はスープで温まる。天候があっという間に悪くなり、もういつ雪が落ちてきてもおかしくない空模様だった。

 さっきのジェットコースターで落ちる直前、チキンが食べたいと言う貴臣に今それどころじゃないと答えると、なぜか貴臣は大ウケして笑っていた。何かと思っているうちに落ちて一回転。

 降りた後、ぐったりしてしまった。貴臣が平然としているのが信じられない。それでも楽しそうにしているのを見ていたいから、まだがんばれる。

「雪斗が前の人に返事するからびっくりしてたんだよ」
「え、いつ?」
「落ちるとき。俺何も言ってなかったのに、大きい声で“今じゃねぇだろ!”って言ってたよね。前の人たちの会話に混ざってた」

 思い出したように口に手を当ててクスクス笑い出す貴臣。あれ貴臣じゃなかったのか。

 確かに話してた声がちょっと違っていたような気もするが、落ちる直前でそれどころじゃなかった。

「せっかくだから、チキン食べに行こうよ。雪斗も今ならいいよね?」

 貴臣はわざわざ手袋をしていないほうの俺の指先をちょんとつかんで、引いていく。

 鼻先が少し赤くなった貴臣がいつもよりはしゃいで見える。かわいいな。笑ってんの俺のことだけど。

「いいけど、お前はちゃんと俺に言っといてくれよ」
「前の人に話しちゃってるよって?」
「そうだよ。すげぇ恥ずかしいじゃん」

 手が離れても、貴臣の隣をいつもより近い距離で歩く。この場限りのテンションで、積極的になれている気もした。

「俺は面白すぎてそれどころじゃなかったよ。あと」

 かわいかったから、と耳元で囁かれて、ばっとそちらを向くと、微笑む貴臣の顔が思ったよりも目の前に来ていた。

 どっと心臓が音をたてて、俺は静かに距離をとる。今にも雪が降りそうな気温の中、頬が火照った。

 落ち着こうと息を吐くと、真っ白な息が消えていった。

「近すぎだろ」
「いいじゃん、たまには。あ、チキンの店あれだね」

 貴臣が指差す先には、十数人ほどが並ぶ列ができていた。クリスマスが過ぎたとはいえ、年末のこの時期は人も多い。

 アトラクションに比べて列がサクサク進んで、あっという間に前の人も食べたがっていたチキンを食べることができた。

「よし、じゃあ今日は貴臣が乗りたいもの全部付き合ってやるよ」

 食べ終えて、気を取り直した俺はスマホ画面のマップで近くのアトラクションを確認する。

「言ったね? 後悔しないでよ」
「えっ、もうちょっと後悔して来た」
「もう遅い。雪斗と乗りたいの色々あるよ」

 ビビる俺をよそに貴臣が含みのある笑みを向けてきた。その笑顔に勝てる気がしなかった。

 
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 貴臣にあちこち連れ回され、ホテルに着いた頃にはくたくたになっていた。

 これでも、雪が降ってきて予定を早めに切り上げた。

 ホテルの部屋のカーテンを少し開ければ、ちらちらと白い雪が舞っていた。アトラクションのライトがカラフルに光っていて、夢の国がまだ続いているみたいだった。

「結構降ってるな。明日積もるかも」
「早めにホテル来て正解だったかもね。雪斗、温かいお茶いる?」

 カーテンを閉めて「いる」と答えた。暖房の効いた室内でも窓際は冷え冷えしている。

「ありがとう。はー、楽しかったけど疲れた」

 お茶を飲んで、ほっと息を吐く。1人掛けソファーに腰を下ろすと、貴臣も向かいのソファーに座った。

「楽しかったね。雪斗、思ったより大丈夫だった?」
「大丈夫じゃねぇよ。最後に乗った火山のやつはかなりやばかった」
「あれ楽しいよね」

 俺は楽しくねぇよ。高さもあったし、スピードもあって怖かった。

 ただ、俺がほんとに嫌なら途中でも出るよって貴臣が何度も気にかけてくれたおかげで、逆に腹を括って乗れた。

 響く叫び声は基本俺の分だけで、貴臣はずっと楽しそうだった。それを見ていて、俺が嬉しかった。

 貴臣からぎゅっと鼻をつままれて「何だよ」と俺は小さく笑った。その手をつかんで、丸テーブルの上で指を絡ませる。結局、手を繋ぐのは2人きりの場になってしまった。

 やっと触れられて、達成感に包まれる。俺だけの目標クリア。

「お、積極的だなぁ」

 いたずらっぽく笑った貴臣が立ち上がったかと思えば、当然のようにキスをされた。驚きで顔を後ろに引こうとするも、2つのマグカップの間で繋がれたままの手。逃げられない。

「おま……いきなりすんなよ」
「じゃあ、言うから雪斗がしてよ」

 俺から離れてソファーに座り直した貴臣が目を閉じて「いつでもいいよ」と待っている。今日はずっと楽しそうで何よりだ。

 それはそれとして、お前は俺の心臓をもっと大事にして、労ってほしい。

「ほんと、ずりぃだろ」
「えー、何でよ。クリスマスプレゼントのリベンジってことで」
「さっきお土産でお揃い買ったからいいって、貴臣が言ったんだろうが」
「じゃあ、これはおまけにして」

 早く、とせがまれて、俺はそっと腰を上げる。テーブルに身を乗り出して、貴臣へ顔を近づけた。

 自分からすることはあっても、こうやって待たれると、ぐっと難易度が高くなる。綺麗で涼しい顔してるの腹立つ。

 その顔を少しでも崩してやりたくて、頬を撫でる。わずかに反応があったものの、表情までは変わらなかった。何でそんな余裕なんだ。

 俺は諦めて、静かに唇を落とす。重ねた感触と同時に貴臣が俺の耳に触って「それだけ?」と囁くから、肩が跳ねた。

「ちょっ、ちょっ、ストップ! 今日もう俺が限界だから!」
「心配しなくても、そんなのわかってるよ。今日はもうゆっくりしよう」

 お土産開けちゃおうか、と貴臣はベッドに置いていたお土産の袋を開ける。静けさが落ちてきた。

 その背中を見つめながら、俺は今朝の引っかかりを思い出していた。2人きりの今なら、ちゃんと言えそうだ。

「……貴臣、ごめん」
「ん、何が?」
「ずっと引っかかってたことがあるんだけど」

 言葉にすると、わずかに自分の声が震えているのに気づいた。

「この前、女の子といるときに行ってくればって言ったの。あんとき、俺たぶん嫉妬してたんだと思う」
「え?」

 目を開ければ、貴臣がきょとんとしていた。俺は座って、残っていたお茶を一気に飲む。温くなったお茶が、すっと喉を通っていった。

「俺は貴臣があの女子と会ってたのも知らなくて、そんで……この前は楽しかったとか言われてんの見て、すげぇムカついてた」

 すぐに気づけなくて、自分の気持ちなのにわからずにいた。

「そうだったんだ。へぇ、そっか。ムカついたんだ?」

 反省している俺を見て、貴臣はクッと耐えきれなかったように笑った。

「何でそこ嬉しそうなんだよ。心狭くて嫌になるとかねぇの?」
「俺のこと考えてくれてるのに、嫌になる理由ないよ。むしろ、そういうのを打ち明けてくれる雪斗の素直なところが好きだよ」

 ストレートな言葉をぶつけられて、顔が熱くなる。

「あんまモテんなよ。俺が困るだろ」

 全然素直じゃないことしか言えなかった。それでも貴臣は「努力するね」と嬉しそうなままだった。

 俺は、嫉妬した自分が受け入れられたことに安堵していた。貴臣って俺なら何でもいいみたいなとこありそうだけど、甘やかされてばっかりは良くない。

「俺も、貴臣の負担にならないように努力する」
「全然負担になってないから、ちゃんと話してくれればいいよ。いつ誰といるか、いつでも言えるし」
「疑ってるわけじゃねぇから、いいよ」

 それから、2人で買ったお土産のクッキーを食べたり、今日撮った写真を眺めたり、のんびりするうちに眠気が迫ってきた。

 そろそろ風呂かなと思っていたところで、貴臣から「先風呂行ってきていい?」と言われて「もちろん」と譲った。貴臣もあくびをしていたし、今日は疲れてるだろう。

「俺が出てきて、寝てたら雪斗起こすからね」
「寝るか。さっさと行ってこいよ」

 しっしと追い払うように手を払って、俺はテレビをつけた。

 先に入るねって、別に意味はないよな。さすがにねぇか。俺の心臓の限界わかってるって言ってたし。

 貴臣が余計なことを言ったせいで、流れるバラエティ番組の内容があんまり入ってこなかった。

 ――って、お前は寝るのかよ。

 風呂から戻ると、俺が寝ると決まっていたはずのベッドで貴臣が寝ていた。思わず「何で?」と声が出た。頬をつついても起きる気配がない。

 長年の付き合いでわかる。これはガチ寝だ、たぶん。そう思ったそばから、狸寝入りに気づけなかったことがあるのを思い出して自信をなくした。

 貴臣がどうしてほしいのかは、言われなくてもわかる。

 隣のベッドで寝てもいいけど、朝起きて残念そうな貴臣の顔を想像して腕を組んだ。今日は、貴臣の願いを全部叶えてやるか。

 悩んだ末にすやすや眠る貴臣を少しだけ押して、そのまま隣に横になる。普段眠るベッドよりも狭くて、緊張してしまった。貴臣がすぐそこにいる。

 次の日、目を開けた貴臣は目を丸くして、俺を見た。後から来た俺が寝てくれるとは思っていなかったらしい。

 幸せそうに手で顔を覆った貴臣が静かになる。まさかまた寝た?

「貴臣、寝るならベッド戻れよ」
「起きてるよ。ほんとに寝てたのを後悔してる」

 顔を上げた貴臣が俺の背中に優しく手を回してきた。良かったな、と貴臣の肩をポンポン叩いてやる。俺は貴臣が寝てて良かった。

「おはよう、雪斗」
「おはよう、俺はすげぇ眠い。もうちょい寝かして」

 貴臣のせいで、俺が寝不足になったのは言うまでもない。

「寝れなかったの?」
「そうだよ。貴臣の隣で緊張して寝れなかったんだよ」

 貴臣が俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて「かわいいなぁ」と呟く。ぼんやりした頭で、余計なことを言ったのだと気づいた。

「おやすみ。朝ごはんの時間あるから、しばらくしたら起こすね」

 貴臣の声色にも喜びが滲んでいる。俺は目を開けないまま「おやすみ」と言った。

 たまにだったら、寝不足になってやってもいいかもしれない。
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