お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉

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12『月とすっぽん』

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7月中旬になっていて、太陽の日差しが強い。
何度もシャワーを浴びたい気分になる季節だ。
暑いのは得意じゃないけど、色とりどりの花を見たり、太陽の光をいっぱい浴びてキラキラ輝く緑は好きだ。
茶封筒を郵便局に持って行き郵送してもらう。
郵便局に手を合わせて「どうかお願いします」と心の中で祈願した。
いつも書いているティーンズラブ小説とは違うジャンルの文学賞に原稿を応募したのだ。
春風新人賞というコンテストで、受賞すると小説家への道はすごく近くなる。落選するかもしれないけど、夢を諦めちゃいけないと思って書き上げた。
今日は休み。来週末の温泉旅行に着ていく服でも買おうかと、デパートに向かっている。
あぁ、どうしよう。
千場店長と旅行だなんて。
結局は嬉しい。
千場店長は交換条件を解除してから、無理やり迫ってこなくなった。ちょっと寂しいなと思いつつも、佐々原主任のことが気になって、千場店長へ思いを伝えることができないでいる。
佐々原主任と休日にふたりきりでいるなんて、恋人同士としか思えない。
ふたりはきっと深い関係だろうな。

一方で、三浦さんは幸せそうにしていた。
先週も四人で飲みに行ったし、カラオケにも行った。
私は歌とか苦手だから聞いてばかりだったけど、千場店長の美声にはドキドキしてしまった。
あのルックスであの歌声は女性なら誰でも落ちちゃうでしょ……。
なんで千場店長はなにをしても、完璧なのだろうか。
とりあえず、三浦さんが幸せなら私も嬉しいし応援しようと思っている。
服を買いに行くも、なにを着ても似合わない気がして気分が乗らない。
結局、膝下丈のワンピースを選んでトボトボと家路を目指す。
街中に溢れているカップルを羨ましく思うのは、恋をしている証拠だ。
しかも、嫌いなタイプに恋をしてしまい、身体の関係だけがあるなんて切ないな。

家に戻って小説を書いているのだけど、千場店長から連絡が来ないかなと心のどこかで待っている自分に気がついて目をギュッと閉じた。
毎日、毎日、頭から離れなくなっていて自分でもこの増殖していく気持ちを抑えきれないのだ。
「どうしよう……好き過ぎちゃう……」
でも、決して、本人には言えない。
この気持ちは、いまさら、言えるはずがない。



会社に行って仕事をしていても、千場店長が気になる。
お客様からもモテモテで女性から声をかけられている姿を見ると、胸のあたりがモヤモヤする。
あー、こんな気持ちになるなんて、気持ちが悪い。
誰かを好きになるって落ち着かない。
なるべく千場店長を見ないようにはしているけれど、目に入ってしまう。
ランチになり、バックヤードから出て行くと、千場店長は綺麗な人と笑いながら話していた。
このビルに勤めている人だと思う。
もしかしたら、私みたいに身体の関係がある人が、ビル内には数えきれないほど、いるかもしれない。
隣を通り過ぎて行くと、女性社員の甘い香りが鼻につく。
「天宮、ランチ?」
「は、はい」
「一緒に行こうか?」
「え……」
動揺しているとOLさんは頭を下げて去って行く。
「3階に入っている会社の人みたいでさ、食事しましょうってしつこいんだよね」
「相変わらずモテモテですね」
「…………嬉しくないけど」
ちょっと嫌味っぽかったかなと反省しながら、並んで歩いていると、佐々原主任が前から向かって歩いてきた。
こんなタイミングで会うなんて最悪だ。
「お疲れ。一樹」
「お疲れ」
「天宮さんよね?」
「あ……っ、はい」
突然、佐々原主任に話しかけられてびっくりしてしまう。
今日も綺麗にルージュがひかれていて、美しい。
月とすっぽんだ。
胸が痛くなる。
「千場店長の部下の天宮です……」
「ふふ。あなた、もっと自信を持った話し方をした方がいいと思うわ。いまは若いからいいかもしれないけど、年齢を重ねたらただの暗い人に見えるわよ」
的確なことを言われてしゅんとしてしまう。
「申し訳ないです」
「俺の部下を苛めないでくれる?」
「あら、まぁ」
ふたりは私をオモチャにして、じゃれ合っているように見えた。
押し潰されるような痛みが胸を走った。
「失礼します」
私は一礼をしてふたりから離れていくと、千場店長が追いかけてきた。
「おい、どうした?」
「……ランチ行くので」
「苛められて悲しいか?」
「違いますっ!」
キッと千場店長を睨むと、千場店長はくすりと笑った。
こっちは怒っているのに、なにが楽しいのかさっぱりわからない。
「彩歩、たまには俺とランチしよう。郷田とは行くのに……、俺とは嫌か?」
そんな風に言われると断れない。
千場店長と食事をしたい気持ちはある。
「では、行きましょう」
素直に嬉しいって言えればどれほど可愛いのだろうか。
私はつくづく駄目な女だと思った。
千場店長が連れてきてくれたのは、ハンバーグが美味しいカフェだった。
ふたりでこうして食事をするのは久しぶりすぎる。
「うまいだろ?」
「はい」
千場店長といつまでも、一緒にいたい。切実に思った。




仕事を終えて、三浦さんと夕食を近くのレストランで取っていくことになった。こうしてご飯を食べに来ることが多くなってきた中で、私は勇気を出すタイミングを狙っている。
――ティーンズラブというジャンルで小説を書いていることを、恥じる必要はないと思う。もっと自信をもって執筆していいじゃん。人に心を開くことも大事だ。それに、俺は彩歩の書く小説が好きだぞ。
そう言ってくれた千場店長の言葉を何度も思い出していて、私を可愛がってくれる三浦さんには伝えたいと思っている。
今日こそは伝えようと思うと、緊張して顔が引きつってしまう。
三浦さんはニコッと笑って「どうしたの?」って優しく聞いてくれたから、私は大きく深呼吸をした。
「実は……秘密にしてることがあって」
「秘密?なに?」
運ばれてきたオレンジジュースをチューっと啜って、三浦さんは私を見ている。
三浦さんなら、気持ち悪いとかオタクだとか、言わないよね。
人に心を開くことも大事。自分の壁を破りたい。
「ティーンズラブって知ってますか?」
「ああ、うん。漫画とか小説とかだよね?」
「はい」
喉が詰まって苦しい。
嫌われたくないよ、怖い。震える手をギュッと握って膝の上に置いた。そして、三浦さんを見る。
「私、月に一本くらいティーンズラブ小説を書いているんです……」
「へぇ~」
へぇ~って、一体、心の中ではどう思っているのでしょうか?
気持ち悪いって思われてるのかな。
「って、それはお金もらってるの?」
「はい。一応売上の数パーセント……春月さくらというペンネームでやっています」
「まじ!?それってプロじゃんすごーい!それに、春月さくら原作の漫画読んだことあるよ。スマホだけど。あれって、彩歩ちゃんだったの?すごい」
三浦さんのテンションの上がり方に、少し安心するけど。
まだ、安心できない。
「……ちょっとだけ、エッチな内容じゃありませんでしたか?」
「そうね。でも、女の子って好きな人に優しくされたいとか、そういう願望ってあるよね。私は文才ゼロだけど、ついつい妄想しちゃうよ」
「あの、気持ち悪いとか、地味な顔して変な想像しているとか、思いませんか?」
「へ?なんで?」
「そういう風に思われるのが恥ずかしくて……」
「なーんだ。そんなことだったの?むしろ、そんな才能があるなんて羨ましいよ」
分厚い雲で覆われていた心に太陽が差し込んで、パーッと晴れていく気がした。
いままでは人を疑うことを中心に生きていたけど、自分をさらけ出してもいいのだと思えて嬉しくなる。
千場店長のおかげで、殻を破ることができた。
感謝、感謝だ。
千場店長……ありがとうございます!
「いまは電子書籍しか出したことがありありませんが、紙書籍を出すことが夢なんです」
「素敵な夢だね。応援するよ!絶対に夢を叶えてほしいな」
「三浦さん、ありがとうございます」
話してよかった。心がスッキリした。

三浦さんと夕食を済ませて家に戻る途中、ティーンズラブ小説を書いていることをカミングアウトできたのが嬉しくて、千場店長に電話をしてしまった。
3コール数えたところで慌てて電話を切る。
もしかしたら、彼女さんと一緒かもしれない。
浮気相手だと思われたら困る。
焦っていると、スマホが手の中で震えた。
画面には『千場一樹』の文字が表示されている。
通話を押して、そっと耳に当てる。
『もしもーし、天宮どうした?』
「あ、ごめんなさい……」
『いや、嬉しいけど……。あれ、外?』
「はい」
『9時か……。危ないな。いま、仕事終わって会社なんだけど、迎えに行こうか?』
「私もまだ会社近くにいます」
『誰といたの?』
不機嫌な声になったのは気のせいだろうか?
気のせいじゃなければ嬉しいんだけど……。
千場店長になら、束縛されたいって思う私って変かな。
「三浦さんです。実は嬉しいことがあったので、千場店長に報告したくて連絡してしまいました。お仕事終わるなら少し会えませんか?」
私ったら、自分から誘い出しているみたい。
言ってしまって後悔する。
『うん。いいよ。どこで待ち合わせしようか』
会社近くの駅で待ち合わせしてから、千場店長が15分後で到着した。
走って来てくれたようで息が上がっている。
「お待たせ」
「急に呼び出してしまって申し訳ございません。ちょっとだけ、お話したくて」
「いいけど。ひとつ確認。こうやって呼び出してくれるってことは、俺のこと嫌いじゃないのか?」
眉毛をハの字にして、心配そうに顔を覗きこんでくる。
「嫌い?え……嫌いじゃありません。むしろ、私のほうが嫌われているのではないかと」
「はぁ?まさか」
柔らかい口調で言ってくすくすってほほ笑まれるから、力が抜けてしまう気がした。
温かい眼差しで見下ろされると、自分が千場店長の彼女なんじゃないかって勘違いしてしまいそうになる。
「嬉しいことってなに?」
そうだった。
それを伝えるために会ってもらってたんだ。
千場店長に会ってしまうと、ペースが乱されてしまい肝心なことを伝え忘れてしまう。
「実は、小説を出していることを三浦さんに言えたんです」
「どんな反応だった?」
「普通でした。変な目で見ることもなくてすごいねって言ってもらえたんです。言えて良かったです。心がスッキリしました。私が気にし過ぎだったんだなぁって思いました」
「そうだろ?よかったな」
千場店長は「よくできました」と言って、頭を撫でてくれる。
「教えてくれて嬉しかった。ありがとな」
「いえ」
「人間は、思ったよりも温かい生き物なんだよ」
すごく優しい声でささやくように言われて、心にじんわりと優しい気持ちが広がっていく。
このまま、好きだと言えたらいいのに。
「心配だから家まで送るよ」
「ありがとうございます」
ふたりで電車に乗って私の家の最寄り駅に着くまで、他愛のない話をしている。
肩を並べて座っていると時折肩がぶつかってドキッとした。
千場店長もそんな些細なことなのに横顔が照れていて、私のことを好きなのかなって思う。
佐々原主任のことを聞いてみようかな。
だけど、勇気がでなくて聞けない。
それなのに、好きがだんだんと増えていく。
好きと不安の狭間で揺れ動いているのだ。
駅について家まで送ってくれた。お茶でも出してあげようかな。なにも食べてないだろうからお腹ペコペコなんじゃないかな。
「じゃあ」
上がっていかないんだ。
きょとんとして千場店長を見つめる。
「中に入っていいよって、彩歩が言ってくれるまで中に入らない」
優しい笑顔から真剣な眼差しに変わる。
「それだけ真剣だってことだから」
「……え?」
空気が変わった気がして、私はなにも言えなくなった。
「また、明日な」
千場店長は帰って行く。
後ろ姿を見えなくなるまで見ていた。
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