23 / 40
1.令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。
23.(アルヴィン視点)
しおりを挟む俺は膝の上で丸まる黒猫を撫でながら、部屋に差し込むオレンジ色の夕日を眺めた。
この家で夕焼けの光を見るのはいつぶりだろう。
膝の上で、眠りから覚めたサニーがごろごろと喉を鳴らした。
俺は、師匠が俺が住む前から飼っていたこの黒猫の年がわからない。
だが、昔は家の周りで鼠や虫を捕まえては俺に見せに来ていたこいつが、日なたで丸まって全く動こうとしなくなってずっと寝ているようになった姿を見て、ああこいつも寿命が来たんだなと思った。
この家一帯に時間の流れを止める魔法の結界を張ったのは、師匠に続きサニーまで失いたくないと思ったからだ。
サニーと一緒で、俺は師匠の本当の年も知らなかった。
俺を拾ってくれた時からアジュール王国を守る魔法の壁を作る魔術に取り掛かるその時まで、師匠の長い黒髪が綺麗なその姿は変わらなかった。
今のように、空間の時の流れを留める魔法を使っていたわけではないから、何か自身に魔法をかけて若いままの姿を保っていたのだろうと思う。
魔法の壁を作るための魔術を完成させると同時に、師匠は黒髪を白髪に変え、老いて朽ちた。その姿を見て俺は、時が過ぎるということが怖くなった。
そして一人で戻ったこの家で、サニーの時間が過ぎ去ってしまうのを防ぐために師匠の魔法を真似て空間魔法を使った。
「紅茶も少なくなってるわ」
メリルが茶葉を入れた壺を俺に見せた。たっぷり入っていたはずの葉っぱが減っている。
――時を止めるといっても、完全に時間が止まっているわけじゃない。
すごく時間の経過が遅くなっているという方が正しくて、結界を出入りしたり中で動き回ったり食事をしたりと何か変化を与えると、少しずつ時が経ってしまう。
メリルが来る前は一人でリビング奥の書斎にこもっていることがほとんどだったので、時間が経つということはなかったが――、彼女が来てから部屋を掃除したり、食事を食べたり、魔法を教えたり、お茶を一緒に飲んだり、普通に生活しているので、時間の経過が早くなっている。
でも俺は、あんなに怖がっていた時が過ぎることが、今はそんなに気にならないことに気付いた。
「――茶と何か――食べるもの、買いに行くか」
立ち上がってサニーを机の上に置くと、メリルに声をかけた。
「買いにって、どこへ?」
メリルは目を丸くする。
それもそうだな。こんな森の中に物が買える場所があるはずないもんな。
俺は笑って答えた。
「迷いの森は何ヵ所か、外に繋がってるんだよ」
この家がある森は、妖精の世界と人間の世界の狭間にある不思議な場所だ。
妖精たちは空間を捻じ曲げて、妖精の愛しい子を自分たちの世界に誘う。
だけど、その間にある森は、いくつかの道が外につながっているのだ。
そこから昔は師匠の噂を聞いた訪ね人が来ることもあったし、アジュール王国の使者もそこからやって来た。
俺はリビングの戸棚をあさった。師匠が持っていた金貨や宝石がそこに入っている。
ローブを羽織ると、その金目のものをポケットに放り込み、メリルに「行こう」と呼びかけた。
196
あなたにおすすめの小説
えっ「可愛いだけの無能な妹」って私のことですか?~自業自得で追放されたお姉様が戻ってきました。この人ぜんぜん反省してないんですけど~
村咲
恋愛
ずっと、国のために尽くしてきた。聖女として、王太子の婚約者として、ただ一人でこの国にはびこる瘴気を浄化してきた。
だけど国の人々も婚約者も、私ではなく妹を選んだ。瘴気を浄化する力もない、可愛いだけの無能な妹を。
私がいなくなればこの国は瘴気に覆いつくされ、荒れ果てた不毛の地となるとも知らず。
……と思い込む、国外追放されたお姉様が戻ってきた。
しかも、なにを血迷ったか隣国の皇子なんてものまで引き連れて。
えっ、私が王太子殿下や国の人たちを誘惑した? 嘘でお姉様の悪評を立てた?
いやいや、悪評が立ったのも追放されたのも、全部あなたの自業自得ですからね?
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
【完結】元婚約者は可愛いだけの妹に、もう飽きたらしい
冬月光輝
恋愛
親から何でも出来るようにと厳しく育てられた伯爵家の娘である私ことシャルロットは公爵家の嫡男であるリーンハルトと婚約しました。
妹のミリムはそれを狡いと泣いて、私のせいで病気になったと訴えます。
妖精のように美しいと評判の妹の容姿に以前から夢中だったとリーンハルトはその話を聞いてあっさり私を捨てました。
「君の妹は誰よりも美しいが、やっぱり君の方が良かった」
間もなくして、リーンハルトは私とよりを戻そうと擦り寄ってきます。
いえ、私はもう隣国の王太子の元に嫁ぐ予定ですから今さら遅いです。
語学も含めて、古今の様々な教養を厳しく叩き込んでくれた両親に感謝ですね。
何故か妹は鬼のように甘やかされて教養も何もなく、我儘放題に育ちましたが……。
平凡な伯爵令嬢は平凡な結婚がしたいだけ……それすら贅沢なのですか!?
Hibah
恋愛
姉のソフィアは幼い頃から優秀で、両親から溺愛されていた。 一方で私エミリーは健康が取り柄なくらいで、伯爵令嬢なのに贅沢知らず……。 優秀な姉みたいになりたいと思ったこともあったけど、ならなくて正解だった。 姉の本性を知っているのは私だけ……。ある日、姉は王子様に婚約破棄された。 平凡な私は平凡な結婚をしてつつましく暮らしますよ……それすら贅沢なのですか!?
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜
ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。
エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。
地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。
しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。
突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。
社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。
そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。
喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。
それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……?
⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎
姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します
しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。
失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。
そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……!
悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる