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密やかな熱愛②
しおりを挟む「あの男か」
「知っているのですか?」
ヒヤヒヤしながら尋ねると、こくりと頷く。
感情が排除されたような冷たい眼差しのわりに動作は素直で、これはもしかして本人は自分がどんな表情をしているのか自覚していない疑惑が浮かび上がる。
「俺が初めてフローラと出会った時にもいた」
そういえば、二年半前に見初めたようなことを言っていたけれどそれはいつのことだろうか。
タイラーがいたということは、家の近くの可能性は高い。
記憶を探るけれど、まったく引っかからない。
これだけの美貌とオーラのある人物を忘れるなんて思えないし、どのような出会いだったのか気になるところだ。
「いつですか?」
「……出て行かないって約束するならいずれ話す」
変な駆け引きが始まった。
それくらい教えてくれてもいいのにと思うが、クリフォードの視線が机の上に置いてある誕生日にもらったネックレスに移動したのに気づき押し黙る。
本日の義兄の言動からあまり私からそのことに触れないほうがいい気がして、気づかない振りをして会話を続けることにした。
「でも、本当にタイラーや彼の両親には私からお願いして仕事や住む場所の手配をしてもらっていたので、そこは迷惑をかけないようにしたいです。それからでないとその先のことを考えられません」
「なら、俺も先方に掛け合おう。必要なら人員を確保する」
「そこは私が働いたら済む話では?」
それで丸く収まる。
どうしてもと言うならば帰ってきてもいいかなという気にはなっているし、一度離れて考えてみるのもいいのではないかと思う。
それにこのまま屋敷に滞在したら、やたらと積極的で熱意のこもった瞳で私を見る義兄に襲われるかもしれない心配で疲れそうだし、何よりクリフォードに迫られてはっきり拒絶できる自信がない。
ただ、出て行きさえすればいいと思っていたのは数分前なのに、どうしてこんなにややこしくなったのだろうか。
「ここまで待ったんだ。今更離れることなんて考えさせない。あまり聞き分けがないとこのまま襲うよ?」
「いえ。えっと」
「わかった。ひとまず話をつけに行こう。続きはそれからだ」
戸惑う私にそう宣言した後、現在、タイラーのところへクリフォードともに馬車で向かっていた。
乗車する際、「気をつけて」と手伝うように手を差し出され、クリフォードのこのような行動は変わらないのにその温もりにドキリとした。
今まではクリフォードの対応は義務的なものだと感じていたけれど、今日は言葉の温度が違うのか私の感じ方が変わったからなのか、手を乗せるのもいつもと違った意味で緊張した。
その後、今までだったらすっと離される手がそのまま掴まれ、横に座るように促されたところからはいつもと違い、さっきのこともあって落ち着かない。
ちらりと横に視線をやると、ちょこっと口角を上げて目を細められる。
――冷たい視線やろくに会話もなかったけれど、それだけだったのよね。
そのことに気づく。
当初の愛想もない冷徹な態度にショックを受けて面倒な存在なのだと思われていると思っていたから、私もクリフォードの視線や態度に敏感になっていた。
嫌われていないと知り気持ちに余裕を持てたから違う視点をもって考えることはできるけれど、義兄はそもそも感情を表に出すほうではなく常に落ち着いた行動をしていて何を考えているかわからない人だ。
冷たかったけれど睨まれたことも嫌みを言われたこともないし、侯爵邸で冷遇されていたわけでもなくむしろ生活するにあたって随分配慮されていたので、クリフォードの歓迎とは正反対の態度が浮き彫りになって余計にずっと気になっていたのだろう。
だから、考えがわからない人が口にした本音を聞いてショックを受けた。
受け入れたくないって、その事実を受け止められなくて出て行かないとって、とてもいたたまれなくなって。
こう考えると私も思い込んでいたので反省すべき点はある。けれど、避けられていたのは本当のようだし、そこはクリフォードも悪いと思う。
やはり会話は大事だとクリフォードに視線をやると、私の視線に気づいた義兄は口端をゆったりと引き上げた。
その笑顔はちょっとぎこちなさを感じるけれど、クリフォードなりに思うところがあっての表情なのだろう。
いつもは移動する際、クリフォードは仕事に関係する資料を読むかずっと窓の外を見ていた。
だけど、今は手を握られどこか楽しそうに瞳を揺らしながら観察されているのがわかる。表情は硬いけれど、視線は結構雄弁だ。
「その、そんなに見られても困ります」
「フローラの髪は柔らかな色味で綺麗だなと。睫毛もその優しい瞳の色も可愛くていつまでも見てられる。あと、どう言えば気持ちが伝わるかを考えていた。さっきは逃げられると思って焦ってしまったししっかり気持ちを伝えたいがどこから何を話していいのかと」
少し時間をおいて落ち着いた様子と、コミュニケーションを取ろうと気持ちを伝えようと考えてくれていることを知り嬉しくなる。
私が言ったこと、一つひとつ気にかけてくれているようだ。
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