彼女が微笑むそのときには

橋本彩里(Ayari)

文字の大きさ
6 / 9

6.誤解(1)

しおりを挟む
 
 家に案内し、アルヴィンは暖炉のそばのソファに寝かせる。
 互いに乾かし着替える過程で私が四大元素の魔法を使えないことがわかると、ルーカスは驚いた声を上げた。

「よくこんなところで、ろくに魔法も使えず一人で暮らしてこれたな」
「しばらく出かけているため今はいませんが、母もいます」

 ララには自分を人に紹介するときは、母と言えと言われている。

「母親? 娘を一人にして魔の森に置いてどこに行っているんだ?」
「有事だとかで、泣く泣く知人に連れて行かれました。なので、放っておかれているとかではありませんし、ここでの過ごし方はしっかり教えてもらっていますので」

 無責任な人ではないことを主張すると、ルーカスはバツが悪い顔をした。

「……そうか。悪い」
「いえ。心配していただいてのことだとはわかりますので。それでギルドではどのように私のことが伝わっているのでしょうか?」

 私がふるふると首を振り噂の中身を訊ねると、ルーカスは気を取り直すようにこほんと咳をした。
 こっちにこいと手招きされ、ルーカスの前に座らされた私は問答無用で彼の風魔法で髪を乾かされながら話を聞く。

「魔……、ギルドに回復ポーションを卸していたミラが、さっきも言ったが独り占めしてポーションを卸さなくなったと聞いた。そのため、在庫も切れたが一行に姿を現さないミラを捜しに、ギルド長が何名か魔の森に入り連行を試みたがたどり着けず失敗。その過程で命を落とした者もいる」
「連行とは穏やかではないですね。そもそも、二度と来るなと言ったのはギルド長のほうなのに」

 買わないなら、粘っても仕方がないとそこで引き揚げてきたのが三か月前。
 それからララがトットたちに連れて行かれたので、私は言いつけを守り十六になるまで大人しくしていた。
 そろそろ食材や日用品が尽きかけてきたので街に出る必要はあったが、前回のこともあったし十六歳になったので、違う街にでも足を伸ばしてみようかと考えていたところだ。
 あっという間に乾いた髪に礼を述べ、ルーカスと向き合った。

「そうなのか?」
「ええ。いつも怒鳴りつけてくるので、それを聞いている職員や冒険者たちは多いのですが……」

 権力者に逆らえず押し黙っているのだろう。
 ルーカスが表情を曇らせ、黒瞳を伏せた。

「なるほどな。ギルド長は無駄に冒険者を死なせたことの罪で、現在は王都で査問を受けている。そのような感じならギルド自体が腐敗していそうだな。ここから出たらそちらの捜査にも乗り出そう」
「……」

 私はそれには何も答えず、ルーカスを見た。もう勝手にしてくれという感じだ。
 ルーカスのように話を聞いてくれる人がいるのはまだ救いだが、この国のギルドとの関わり方はもう少し考えたほうがいいかもしれない。
 それが伝わったのか、ルーカスがふぅっと重い息を吐き出した。

「ミラには申し訳ないことをした。そんな噂もあったのと、アルヴィンがこのような状態だったのもあって、帝都に依頼指名が来たこともあり俺たちはここにやってきた」
「ルーカスも私を連行しに来たのですか?」

 いい人だと思ったのにと、一気に気持ちが冷めていくのが自分でもわかる。
 軽蔑した眼差しで見ると、ルーカスが大きな声で否定した。

「違う。ギルド長はほかにも余罪があり、現在拘束中だ。そのため、そのような男の一方的な言い分を聞いていては話にならないだろう? ミラからの話、そしてできればポーションを卸してほしいとの交渉役を任されてきた。できれば証人としてギルドに出てもらえるとありがたくはあるが……」
「それだけですか?」

 私がアルヴィンに視線をやると、ぽりっと黒髪をかいてルーカスが私をじっと見つめた。
 清らかに澄んだ今日の星空のような瞳が、まっすぐみ私を捉える。

「何より、アルヴィンの状態にミラのポーションを試したくて。できればその場でもらえないだろうかと相場よりも多めに金も用意してきた」
「そうですか。ルーカスを信じます。でも、アルヴィンを治すためにポーションをお譲りするのはいいですが、ギルドに卸すのは保留でお願いします」

 咄嗟の行動で人のさがが見えるというが、そういう面では先ほど誠実さを見せてもらったばかりだ。
 何より、明るいところで気づいたが、ルーカスは背中を怪我している。
 それをおくびにも出さずに、アルヴィンを守りながらここまできたこと、仲間思いの相手に悪い人はいないだろう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それは思い出せない思い出

あんど もあ
ファンタジー
俺には、食べた事の無いケーキの記憶がある。 丸くて白くて赤いのが載ってて、切ると三角になる、甘いケーキ。自分であのケーキを作れるようになろうとケーキ屋で働くことにした俺は、無意識に周りの人を幸せにしていく。

私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい

しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。

【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。

鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。 さらに、偽聖女と決めつけられる始末。 しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!? 他サイトにも重複掲載中です。

さよなら聖女様

やなぎ怜
ファンタジー
聖女さまは「かわいそうな死にかた」をしたので神様から「転生特典」を貰ったらしい。真偽のほどは定かではないものの、事実として聖女さまはだれからも愛される存在。私の幼馴染も、義弟も――婚約者も、みんな聖女さまを愛している。けれども私はどうしても聖女さまを愛せない。そんなわたしの本音を見透かしているのか、聖女さまは私にはとても冷淡だ。でもそんな聖女さまの態度をみんなは当たり前のものとして受け入れている。……ただひとり、聖騎士さまを除いて。 ※あっさり展開し、さくっと終わります。 ※他投稿サイトにも掲載。

妹が嫁げば終わり、、、なんてことはありませんでした。

頭フェアリータイプ
ファンタジー
物語が終わってハッピーエンド、なんてことはない。その後も人生は続いていく。 結婚エピソード追加しました。

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

乙女ゲームは始まらない

まる
ファンタジー
きっとターゲットが王族、高位貴族なら物語ははじまらないのではないのかなと。 基本的にヒロインの子が心の中の独り言を垂れ流してるかんじで言葉使いは乱れていますのでご注意ください。 世界観もなにもふんわりふわふわですのである程度はそういうものとして軽く流しながら読んでいただければ良いなと。 ちょっとだめだなと感じたらそっと閉じてくださいませm(_ _)m

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

処理中です...