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聖女と離脱
62.救出作戦
しおりを挟む正体を隠すために被ったフードをわずかに上げる。
建物周辺を取り巻く陰々とした空気の淀みに引きずられそうになり、私は両頬を叩き気合を入れた。
この場で何が行われているのか知っているからそう感じるのだろうと、きっ、と建物を睨みつける。
「エレナ様」
「怖いとかではないの。ただ、ちょっと場所が場所だけに気分が滅入ってしまっただけ。ベアティ、そっちの隅にいる」
「わかった。必ず俺が守るからエレナ様は思うように動いて」
私は一番強いベアティに守られながら、黒い靄が見える魔法使いの前に移動する。
移動といっても私はベアティに当然のように抱え上げられ運ばれるので、全く体力を使っていない。
「ふふっ。そうはいっても動いているのはベアティだけだけど」
「指示してくれたらそれでいい」
私の動きでは足手まといになるため、完全にベアティに身を委ねる。まずはこの場所を守っている魔法使いをどれだけ封じるかにかかっているので、申し訳ないとか言っている場合ではない。
ひゅんと跳躍するベアティの首に手を回し、上から周囲の様子を眺める。
あちこちで交戦しているが、関係者が出てくる様子はなく今のところうまくいっている。
建物の中にはすでにシリルとインドラたちが潜入しているが、合流するまで進捗のほどはわからない。作戦を開始した以上、それぞれ持ち回りで最善を尽くすしかない。
建物の奥には、ランハートが用意した騎士たちが待機しているのが見える。魔法の効力を無力化し、違法奴隷の取引現場を抑えた際に入る手はずになっていた。
夜空の下、目的の人物の前に降り立つ。
「だっ」
誰だと叫びきる前にベアティの手刀が入り、男は倒れた。
優れているとわかっていたけれど、あまりの手際の良さに呆気にとられる。
「問答無用ね」
「叫ばれたら困りますから。持っているのでそのままどうぞ」
ずいっと差し出され、苦笑する。
扱いがひどいがスピード勝負でもあるので黙って頷き、意識を失った人物の状態を見た。
顔全体に黒い靄がかかり、かなり精神支配されている。
真っ黒な部分を少しでも意識を戻せるように薄めるまで解くと、どこから現れるのかすかさず仲間が運んでいく。
彼らは獣人でそれぞれの身体能力を活かして手伝ってくれているが、連携を取るとそれがいかに有用なのかがわかる。
もしかしたら、一部の人族はそれが怖くて彼らを支配しようとしているのかもしれない。
「すべて解けてないから、気をつけて」
魔法使用がどれだけのものになるかわからないため、この場で全部払ってしまわず余力を残して動くことはあらかじめ決めていたことだ。
いつ意識を取り戻し、錯乱や抵抗するかわからない。
「エレナ様も」
深々と頭を下げて、すっと闇に消えるように立ち去る姿を見送る。
そして、また見つけてと繰り返し、五人ほど黒い靄を払ったところで、干渉を受けていない魔法使いと対峙していた仲間と合流する。
「五人は多いのか少ないのかわからないけれど、すべて解きました」
「こっちは終わった。外にいる魔法使いはいないだろう」
「皆さん、怪我は大丈夫ですか?」
訊ねると、ギルド長が拳をぱんぱんと払う。
がたいがよく肉弾戦でも強いらしいが、実際はかなりの高レベル魔法使いだ。
「ああ。こっちは問題ない。俺が見たところ、エレナ様が見つけた相手はどれもかなりのスキル持ちだった。言うこと聞かない相手に無理やり従わせたのだろうな」
「そうですか。精神干渉はまるで理不尽な契約奴隷のようで恐ろしいです」
「ああ。用心棒として立っていた獣人は全部奴隷だな。どちらも逆らえなくさせていいようにこき使う。反吐が出るぜ」
ギルド長には獣人の女性と結婚している。
一度、奥さんと子供が拉致されかけたことをきっかけに、同士を集めて水面下で動いてきた人物だ。
そのような話をしていると、ぱりんと窓が割れる。
これは中に入ってもいいとの合図だ。
私たちは一斉に建物の中へと突入する。
それと同時に爆発音が響き、あちこちで悲鳴と怒声が上がった。
一般の客は逃げていくがそちらは追わず、シリルたちが向かった場所へと急いで移動する。
シリルとインドラはスタレット侯爵の後をつけているため、彼らがいる場所がおそらく裏競売所だ。
仲間に案内され、秘密通路のような階段を下りていく。
すぐさま制圧にランハートたちが取りかかるが、爆発で何も知らない客や従業員、奴隷がパニックに陥りなかなか統制できない。
証拠隠滅にどうやら破壊工作が行われ、この混乱に乗じて上客を逃がす手順のようだ。
まさに阿鼻叫喚。
混乱に乗じて、仮面をつけたスタレット侯爵たちが逃げていくのを見える。
すかさず近くにいた仲間が捕まえようとするが、囮となるように侯爵はシリルの両親の背中を思いっきり押し命令を下した。
「私が逃げ切るまでここで時間稼ぎをしてろ」
そちらに気が向いた瞬間に、スタレット侯爵が姿を消す。
すぐに数名が後を追っていき、命令された男女はすかさず臨戦態勢を取った。
その双眸にはなんの感情も見えず、ただ命令を実行するためにぐるるると唸り私たちを威嚇する。
あちこちで怒鳴り声や諭す声と場が混沌とする。
「母さん! 父さん!」
今にも飛び掛かってきそうな両親のもとへとシリルがふらふらと進み名を呼ぶと、シリルにそっくりな母親がわずかに反応した。
その瞬間、ベアティは彼らに手刀、私は聖女スキルを発動させた。
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