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聖女と離脱
65.獣人の本質
しおりを挟む私たちのやり取りを見守り、シリルの母親が再び口を開く。
「エレナ様のお人柄で多くの獣人がランドール子爵家に好意的である現状ですが、エレナ様のお心一つで彼らの動きが変わることを理解したほうがいいかと思います。シリルを見たらわかりますでしょう?」
「……そうね」
シリルの両親が元気になったタイミングで、子爵領にシリルとともに引きこもるか、獣人国に逃亡することを提案したことがあった。
私の言葉を受けたシリルの悲壮感は、今でも思い出したら胸が痛むくらい可哀想であった。
「シリルはかなりショックだったようです」
「彼のことを思ってのつもりだったのだけど、悪いことをしたと思ってる」
なぜ提案したかは、奴隷契約は解除したため繋がりは切れたが、前回の件で痛手を負ったスタレット侯爵がどう動くかわからないからだ。
シリルの両親を捜すほど執着しているのか、切り捨てたものとして放置するのか消しにかかるのか、とにかく居場所を知られるのは危険なため王都にいるよりは安全だと思ってだ。
何より、シリルと母親が似すぎていることで繋がりを邪推される可能性もある。
だから、そう提案するのは自然な流れで、両親をとても心配し再会を望んでいたシリルなら、家族の安全を何よりも望むだろうと思ってのことだった。
「いえ、シリルも我々もわかっていますし感謝しております。ですが、それとこれとはまた違う問題なのです」
「それが獣人の本質に関わってくるのね」
「はい」
スタレット侯爵がシリルの存在を認識しているのかはわからないが、マリアンヌは確実に狙っている。
もしかしたら、スタレット侯爵がシリルの両親を連れ歩いているのを見て、羨ましくてシリルに執着している可能性もある。
様々なことを考えてベストだと判断し提案したつもりだったが、全力で拒否された。
シリルには、百歩、いや、千歩譲って子爵領はわかるけど、国外逃亡して私との繋がりを切るなんてあり得ないと、あれからちくちくと責められている。
ぷんぷんと怒ったり甘えたりと、一生懸命に私のそばにいようとする姿勢に、簡単に口にしてはいけないことだと学んだばかりだ。
しかも、その両親からもそれはひどいよね、もう言わないでねと毎日言われれば、その言葉が禁句であることは理解した。
だが、その理解では甘いのだと、獣人自体をわかっていないのだと伝えられる。
責められているわけではないのはわかるけれど、考えが足りないと言われているようでなんとなく情けなくなる。
きゅっと口を引き結ぶと、インドラが膝をつき私の手を取った。
「私もエレナ様に助けてもらった身です。常に言っておりますが、感謝しお慕いしております。一生エレナ様にお仕えするつもりです。エレナ様がいない場所での生活は考えられません」
「その気持ちは嬉しいよ。でも、インドラの幸せも優先してほしい。好きな男性と結婚だってするかもしれない。その時に私が足枷になるのは嫌だよ」
「そこはエレナ様とともにいることを理解してくれる相手しか選ばないので問題ありません」
「――……っ、……えっと、……そっか」
迷いなく断言され、口を開きかけたが言葉を呑み込んだ。
そんな変なことを言っているつもりはなく、わりと常識的なことを話しているつもりだが、獣人の本質の話だと言っていたのとあまりにもインドラが真剣だったのでそれ以上言えなかった。
「獣人は主人を一度決めると、よほどのことがない限り変えません。それは人族が思っている以上に重いものなのです。一部の神話級レベルの種族は番がすべてですが、我々は主人と家族は胸の同じところにいるので分けることはしません」
「そうなのね」
少し理解した。
多分、まだ根本的なところではわかってはいないのだろう。
けれど、彼らにとって恩を感じそれを体現すると決めたのなら、人族の私が考えるよりももっと大事な部分に居座ってしまうものなのだ。
「はい。種族でその重さも違いますが、我々狼族はその存在が大きければ大きいほど、失ったときの喪失感で心が壊れるほどです。ですから、私たちもシリルと離れるとなったときに自分たちで心を壊しました」
他人に壊される前に、少しずつ狂う前に、自ら塞いでしまったのだと言う。
その状態を見ただけに、かなり説得力があった。
「わかったわ。肝に銘じておく」
「もちろん、息子が崇拝するエレナ様は私たちの主と仰ぐべき存在です。愛しの我が子が愛する人を守る。そのために我が子を今鍛え直しておりますし、今、エレナ様に関して変な噂が流れていると聞いておりますので、エレナ様に何かあればどうなるかわからない者が多いことを決して忘れないよう、心に刻んでいただけたらと思います」
ふんわり笑いほんわかした空気を出しながらもかなり重い内容と、こちらを見る瞳の穏やかさとかけ離れた色に神妙に頷いた。
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