二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)

文字の大きさ
79 / 105
聖女と離脱

65.獣人の本質

しおりを挟む
 
 私たちのやり取りを見守り、シリルの母親が再び口を開く。

「エレナ様のお人柄で多くの獣人がランドール子爵家に好意的である現状ですが、エレナ様のお心一つで彼らの動きが変わることを理解したほうがいいかと思います。シリルを見たらわかりますでしょう?」
「……そうね」

 シリルの両親が元気になったタイミングで、子爵領にシリルとともに引きこもるか、獣人国に逃亡することを提案したことがあった。
 私の言葉を受けたシリルの悲壮感は、今でも思い出したら胸が痛むくらい可哀想であった。

「シリルはかなりショックだったようです」
「彼のことを思ってのつもりだったのだけど、悪いことをしたと思ってる」

 なぜ提案したかは、奴隷契約は解除したため繋がりは切れたが、前回の件で痛手を負ったスタレット侯爵がどう動くかわからないからだ。
 シリルの両親を捜すほど執着しているのか、切り捨てたものとして放置するのか消しにかかるのか、とにかく居場所を知られるのは危険なため王都にいるよりは安全だと思ってだ。

 何より、シリルと母親が似すぎていることで繋がりを邪推される可能性もある。
 だから、そう提案するのは自然な流れで、両親をとても心配し再会を望んでいたシリルなら、家族の安全を何よりも望むだろうと思ってのことだった。

「いえ、シリルも我々もわかっていますし感謝しております。ですが、それとこれとはまた違う問題なのです」
「それが獣人の本質に関わってくるのね」
「はい」

 スタレット侯爵がシリルの存在を認識しているのかはわからないが、マリアンヌは確実に狙っている。
 もしかしたら、スタレット侯爵がシリルの両親を連れ歩いているのを見て、羨ましくてシリルに執着している可能性もある。

 様々なことを考えてベストだと判断し提案したつもりだったが、全力で拒否された。
 シリルには、百歩、いや、千歩譲って子爵領はわかるけど、国外逃亡して私との繋がりを切るなんてあり得ないと、あれからちくちくと責められている。

 ぷんぷんと怒ったり甘えたりと、一生懸命に私のそばにいようとする姿勢に、簡単に口にしてはいけないことだと学んだばかりだ。
 しかも、その両親からもそれはひどいよね、もう言わないでねと毎日言われれば、その言葉が禁句であることは理解した。

 だが、その理解では甘いのだと、獣人自体をわかっていないのだと伝えられる。
 責められているわけではないのはわかるけれど、考えが足りないと言われているようでなんとなく情けなくなる。
 きゅっと口を引き結ぶと、インドラが膝をつき私の手を取った。

「私もエレナ様に助けてもらった身です。常に言っておりますが、感謝しお慕いしております。一生エレナ様にお仕えするつもりです。エレナ様がいない場所での生活は考えられません」
「その気持ちは嬉しいよ。でも、インドラの幸せも優先してほしい。好きな男性と結婚だってするかもしれない。その時に私が足枷になるのは嫌だよ」
「そこはエレナ様とともにいることを理解してくれる相手しか選ばないので問題ありません」
「――……っ、……えっと、……そっか」

 迷いなく断言され、口を開きかけたが言葉を呑み込んだ。
 そんな変なことを言っているつもりはなく、わりと常識的なことを話しているつもりだが、獣人の本質の話だと言っていたのとあまりにもインドラが真剣だったのでそれ以上言えなかった。

「獣人は主人を一度決めると、よほどのことがない限り変えません。それは人族が思っている以上に重いものなのです。一部の神話級レベルの種族は番がすべてですが、我々は主人と家族は胸の同じところにいるので分けることはしません」
「そうなのね」

 少し理解した。
 多分、まだ根本的なところではわかってはいないのだろう。
 けれど、彼らにとって恩を感じそれを体現すると決めたのなら、人族の私が考えるよりももっと大事な部分に居座ってしまうものなのだ。

「はい。種族でその重さも違いますが、我々狼族はその存在が大きければ大きいほど、失ったときの喪失感で心が壊れるほどです。ですから、私たちもシリルと離れるとなったときに自分たちで心を壊しました」

 他人に壊される前に、少しずつ狂う前に、自ら塞いでしまったのだと言う。
 その状態を見ただけに、かなり説得力があった。

「わかったわ。肝に銘じておく」
「もちろん、息子が崇拝するエレナ様は私たちの主と仰ぐべき存在です。愛しの我が子が愛する人を守る。そのために我が子を今鍛え直しておりますし、今、エレナ様に関して変な噂が流れていると聞いておりますので、エレナ様に何かあればどうなるかわからない者が多いことを決して忘れないよう、心に刻んでいただけたらと思います」

 ふんわり笑いほんわかした空気を出しながらもかなり重い内容と、こちらを見る瞳の穏やかさとかけ離れた色に神妙に頷いた。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」 崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。 助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。 焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。 私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。 放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。 そして―― 一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。 無理な拡張はしない。 甘い条件には飛びつかない。 不利な契約は、きっぱり拒絶する。 やがてその姿勢は王宮にも波及し、 高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。 ざまあは派手ではない。 けれど確実。 焦らせた者も、慢心した者も、 気づけば“選ばれない側”になっている。 これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。 そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。 隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』

鷹 綾
恋愛
王太子アルベルトは、ある日、貴族全会の満場一致によって廃嫡された。 断罪もなければ、処刑もない。 血も流れず、罪状も曖昧。 ただ「順序を飛ばした」という一点だけで、彼は王位継承の座から静かに削除される。 婚約者だった公爵令嬢エリシアは、婚約破棄の時点で王都の構造から距離を取り、隣国との長期協定を進めていく。 彼女の世界は合理で動き、感情に振り回されることはない。 一方、王太子が選んだ“新たな聖女”は、どこまでも従順で、どこまでも寄り添う存在だった。 「殿下に従わない者は、私が処理しておきます」 その甘い囁きの裏で、王都では“偶然”が重なり始める。 だが真実は語られない。 急病も、辞任も、転任も、すべては記録上の出来事。 証拠はない。 ただ王太子だけが、血に濡れた笑顔の悪夢を見る。 そして気づく。 自分のざまあは、罰ではない。 「中心ではなくなること」だと。 王都は安定し、新王は即位し、歴史は何事もなかったかのように進む。 旧王太子の名は、ただ一行の記録として残るのみ。 婚約破棄のその後に始まる、静かな因果応報。 激情ではなく“構造”が裁く、最強レベルの心理ざまあ。 これは―― 満場一致で削除された男と、最初から無関係な位置に立っていた令嬢の物語。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』  運命の日。  ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。 (私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)  今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。  ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。  もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。  そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。  ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。  ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。  でも、帰ってきたのは護衛のみ。  その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。 《登場人物》  ☆ルキナ(16) 公爵令嬢。  ☆ジークレイン(24) ルキナの兄。  ☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。  ★ブリトニー(18) パン屋の娘。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...