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聖女と離脱
69.心の震え
しおりを挟むきゅっと両腕をクロスして掴む。
負けないとどれだけ強く思っていても、どうしてもあの時のことはトラウマになっているようで掴んでいないと震えてしまいそうだ。
何も打つ術もなく大事なものをたくさん奪われ、マリアンヌの都合で閉じ込められた。
怒りはあるのにそれを具体的にどう向けていいのかわからず、ただただ悲しくて悔しくて。私のせいできっと追放された家族に申し訳なくて、恋しくて。
だから、引きこもった。
自分の心を守るためもあるが、理不尽に奪われた家族との時間を大切にしたかった。離れたくなかった。
「エレナ様、大丈夫ですか?」
後ろから声をかけられ視線を上げると、ものすごくつらそうに私を見つめるベアティと視線が合った。
「ええ……」
気持ちが引きずられ、わずかに声が震える。
この現状に負けているわけではない。
弱いままの、何もできないままの自分ではないと示したいのに、心が震えて見せたくない反応をしてしまうことが悔しかった。
――どうしよう。また同じことの繰り返しになったら……。
思考が引きずられ、どんどん落ちていく。
頑張るって決めたじゃないか。
大事なものを守るって決意したじゃないか。
黙っているのは、悪い噂を肯定していることになる。
反論すれば、正義のために抗議しにいったマリアンヌを私がランハートたちを味方につけ、聖女であるマリアンヌを虐めていると取られる。
死に戻り前ほどではないが、彼女が活動してきた場所や取り巻きたちにはマリアンヌは聖女だと呼ばれていた。
このまま言われ放しで負け顔を見せたくないのに、言いたいことはたくさんあるのに、どうしても言葉が出ない。
死に戻り前と今の気持ちが交錯する。
私を見つめるベアティをはじめ、死に戻り後は守りたいものがたくさん増えた。そして、増えれば触れるほど失うことの怖さが増し、身体に体温が消えていくように冷えていく。
「エレナ様。俺を見て」
膝をついたベアティが、私の腕を掴み覗き込んでくる。
私の気持ちに共鳴するかのように、ベアティの指が震えている。
「ベアティ」
「俺を忘れないで」
幻想的な金と黒、そしてオレンジの部分がゆらゆらと燃えるように揺れている。
その炎が冷えた私のすべてを取り込み暖めようと、そして温もりを植え付けようと私だけを映す瞳にはっとする。
「ごめん。ちょっと別のことを思い出して」
私の気持ちが、ここではなく遠いところに行っていたのを敏感に感じ取ったようだ。
落ちることは止められたものの、先ほど冷えた感情から上がりきれずにふぅっと息を吐く。
ベアティは昔からこういうところがある。
少しでも不安になると声をかけられ、ベアティがいつか離れるだろうなと少しでも思おうものなら、全力で阻止するかのように甘えてくる。
「俺はここにいる。何があってもエレナ様が忘れても、エレナ様のそばから離れない」
「忘れないよ」
苦しそうに訴えられ、私は安心させるように笑みを浮かべた。
ベアティもシリルも、身分を重んじられる学園では触れ合うようなことは控えてくれている。だが、本人たちは理解していても、気持ちは納得いっていないのを知っている。
今にも抱きしめたいんだと、閉じ込めたいと訴えてくる瞳が私を捉える。
ずどんっと違う重さがのしかかり、マリアンヌや未来への恐怖が軽くなっていく。
ベアティをきっかけに、シリル、双子、ランハートが私へと視線を向けた。
完全に蚊帳の外となったマリアンヌの、「話の途中で失礼じゃない」と戸惑った声が聞こえる。
「顔色が悪い。本当に大丈夫か?」
それを無視してランハートが声をかけてくる。
「休んだほうがいいんじゃない?」
「一方的すぎてしんどいよね」
ミイルズとアベラルドが心配そうに声を上げた。
「僕、この空気嫌い。初めから決めつけてさ。それにまるで泣いているかのように目元を押さえてるけど、涙出てないよね? 僕、目も嗅覚もいいしわかるよ。そんな嘘つきな人に同調する人たちもどうかと思うし、それでエレナお嬢様が苦しむのは許せない」
最後にとどめとして、シリルが容赦なく言い放つ。
家族を取り戻したシリルの言葉の刃は、ここ最近さらに磨きがかかっていた。
それも当然だろう。シリルからしたら、マリアンヌは両親を不当に扱ったスタレット侯爵の娘であり敵だ。
なるべく感情を荒げないように口調は抑え、表情は穏やかに見えるように口角をわずかに上げているが、その双眸は冷ややかだ。
いまだに身を隠すように屋敷から出ることができないロレッタだって、彼女の犠牲者だ。
死に戻り前も、今も、マリアンヌたちにとって人生を狂わされた人たちが大勢いる。
――こんなところで、死に戻り前の記憶に押しつぶされている場合ではない。
これ以上、マリアンヌやスタレット侯爵の都合のよいように使わせない。
二度と奪わせはしないと対峙してさらに湧き上がるざわめく気持ちを落ち着かせるよう、私は大きく息を吐き出した。
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