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喪失と執愛
84.帰還
しおりを挟む「待たせてごめん」
本当にそうだと思いながら、抱きしめられた背中に腕を回す。
魔力を使い過ぎて腕が震えるが、もう二度と離れないとぎゅっと力を込めた。
「ばか」
「エレナ様、無理し過ぎです」
「それをベアティが言う?」
大きく息を吸い込みベアティの匂いを再度確認し、魔力を使い過ぎた身体は限界を迎える。
成功した安堵とともにふっと力を抜くと、壊れ物を抱くようにふわりと抱え直された。
「……そうですね。心配かけて、無理させてごめんなさい」
「もう大丈夫? おかしなところはない?」
ベアティの声に感情が乗っている。私を見て話している。
その普通のことがとても愛おしくて、身体の疲労感はすごいけれど取り戻すべき人が取り戻せた喜びが広がっていく。
ほっと息をつくと、何度も労わるように頬を撫でられた。
「はい。何もかもクリアです」
申し訳なさそうに眉尻を下げるが、確保に動いていたインドラが抱えたブリタニーへと後ろめたそうに視線を向けた。
手足はだらりと落ちているので、彼女はどうやら意識を失っているようだ。
ここでマリアンヌではなく、ブリタニーに視線をやる意味。
ブリタニーが倒れたということは、私の聖女スキルが効き彼女にも何らかの歪みが生じていたということになる。
聖女スキルはかなり有能なスキルだが、特に精神干渉系は相手が重症であればあるほど反動はあるため、倒れるほどの歪みは相当なものだと思われた。
「彼女が倒れた理由はわかる?」
「はい。彼女は目的のために自身で催眠の魔法をかけスタレット家に近づいたようです」
「自分で?」
どうして、と問いかけるとベアティがきゅっと唇を引き結び、怒られないかなとしゅんとした表情をする。
――そういうこと、ね。
ベアティがすぐ帰ってこなかった理由に彼女が関係し、半分不可抗力でもう半分は自主的なのかもしれない。
ベアティにはどうしてもそうしなければならない理由があったのだろう。
とても心配したし、マリアンヌのそばにいたことは一瞬心変わりを疑うほど傷ついたし、そばにいないことが、その瞳に熱がこもらなかったことが苦しくてつらかった。
勝手なことをして心配させたとの腹立ちもある。
じっと見つめると、ベアティの唇が震え今にも泣きそうに顔が歪んでいった。
私の身体を抱く腕にも力が入り、呼吸が荒くなっていく。
「――それは」
何よりもベアティ自身がその決断が苦しかったのだと伝わり、私までもが苦しくなった。
どんな事情なのかはわからないが、こんなに傷ついた、そして縋るように私を抱く人が裏切ったなんて思えない。
「ゆっくりでいいよ。私はいつでも話を聞くから」
帰ったら話したいことがあると言っていた。
そちらの話も有効だよねと問うと、ベアティはぶんぶんと首を縦に振った。
「ちゃんと説明します。説明させて。今回は」
「ベアティ。どうしてその女のところにいくのよ!」
説明しようと口を開いたが、マリアンヌが声を上げる。
まだ状況を理解していないのか、それともベアティだけはとの気持ちが強いのか、マリアンヌが鬼の形相でこちらに駆け寄ってこようとした。
それをたやすく避けて、大きく距離を取る。
その間、マリアンヌは役人たちに取り押さえられるが、ベアティだけをその瞳に捉え掴もうと手を伸ばしてくる。
「放してよ。私にこんなことをして許されると思うの? 私はスタレット侯爵の娘なのよ。ベアティは私のものでなければならないの。私こそ所有するに相応しいのよ」
所有するってなんなのか。
本当、人をどう思っているのか。
マリアンヌにとってベアティにどのような価値があるのかわからなが、本人の意思をまるっと無視して自分の都合のいいように使おうとする魂胆に吐き気がする。
「その侯爵だが、今はあんたに構っている暇はないだろうな」
「……どういうこと? ひっ」
ベアティが侮蔑を込めた眼差しでマリアンヌを見ると、マリアンヌはさぁっと顔を青白くさせぱたりとその場で座り込んだ。
ベアティのすさまじい殺気に当てられ、マリアンヌの座った床がじわりと濡れていくのが見える。
女性に対して容赦ないが、止める気は起きなかった。
怒らせたマリアンヌが悪いし、ただの殺気くらいで済んでよかったじゃないかとさえ思う。
それほどマリアンヌたちがしてきたことは外道だ。
もはや、誰も彼女を庇おうとしない。崇めようとしない。
完全にマリアンヌを聖女だなんて呼ぶ声は上がらない。彼女の聖女計画は完全に終わった。
たくさんの人々の人生が歪められ、搾取されてきた。
わけもわからないまま奪われて、おもちゃにされて、何もできない苦しみはきっとわからないままだろう。
自業自得の恥くらい自分でどうにかすればいい。
「ベアティ。どういうこと?」
「それは私から説明しようか」
もう彼女は逃れることはできないだろうと存在を無視してベアティに話しかけると、新たにランハートの声が響いた。
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