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喪失と執愛
90.積み重ね
しおりを挟むスタレット家は裁判にかけられ、次々と出てきた所業からスタレット侯爵はすべての調査の裏付けが終わればただちに刑の執行がされることになった。
関係者や連なる者は法に従い処罰され、マリアンヌも遠く離れた流刑地に送られ一生この地に戻って来ることはできない。
スタレット侯爵家に支配され追いやられそれまで良治を敷いていた家門は再建が許され、国が新しく生まれ変わろうと動き出した。
囚われていた奴隷たちも各地で立場を確立し、少しずつ認識もあり方も変わろうとしていた。
「これまで申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい」
今、目の前にはブリタニーと彼女の弟が、床に頭をごちんとつけてひれ伏していた。
ランハートに二人と話をする場を設けてもいいかと訊ねられ、私も直接話を聞きたかったため彼らに会いに来たのだが、部屋を入るなり想像の上をいく低姿勢に慌てる。
「事情は聞いています。顔を上げて」
頭をぶつけて血を流す彼らにすぐさま治癒を施し声をかけると、ブリタニーはぶわっと涙した。
「すみません。私なんかに……」
「姉ちゃん」
ぼろぼろと涙するブリタニーは、マリアンヌを慕い、私を貶めようと強気だった人物と同じとは思えない。
ブリタニーはスキルを奪い使用するために誘拐された弟を助けたくて、自分自身にアリアンヌを崇めるように催眠をかけて近づいたと聞いている。
弟を助けるために、彼女はそこまでした。
弟のほうは姉を宥めるようにずっと肩に手をやっており、互いに大事に思い合っていることが伝ってくる。
「お話があると聞きました」
「はい。エレナ様は今回のことも含め恩人です。そんな恩人に私はなんてことを……」
少し落ち着いたと思えばぶわっと涙を流すブリタニーに、私のそばを固めていたベアティとシリル、ミイルズとアベラルドの警戒が少し解かれた。
どうやら本来の彼女は涙もろい人のようだ。
それでよくマリアンヌの懐に入れたなとは思うけれど、だからこその催眠なのだろう。
ブリタニーの催眠魔法は、広範囲にも細かな設定もできるらしい。
スタレット家に近づくためには、自身が有用であることを示さないといけない。
それでも弟のためとはいえ、敵陣に乗り込むことはかなりの勇気がいったはずだ。
そのため催眠スキルを利用されることを想定し、自身に催眠をかける際に人死に関わることには使えないようにしたと聞いている。
今回、催眠を解いたことで亡くなった人が出たのは、解けたタイミングの悪さであり催眠によるものではあるけれど不幸な事故でもあった。
「今回のこともというのは、以前に何か関わりがあったのでしょうか?」
話しかけるといつまでも泣いて迷惑をかけてはいけないとぐいぐいと目元を荒く拭き取り、ブリタニーは深呼吸をして大きく頷いた。
場を乱さぬようにと気丈に振る舞う姿に、好感を覚える。
「母が病気で幼い時に亡くなり父に育てられたのですが、その父が怪我を負い感染症になり命が危ない時、たまたま通りかかったエレナ様に助けてもらいました」
「そうなのね」
子供の時、出歩くたびに怪我人や病人をこっそり治療していたが、その中の一人にブリタニーの父親がいたらしい。
「あの時も大したことしていないとあっさりと行ってしまわれました。私たち家族が生きながらえているのはエレナ様のおかげなんです。絶望していた時にこの世界は捨てたもんじゃないと、頑張れば報われることがあるのだと教えてくれたのはエレナ様でした」
ブリタニーの話では、マリアンヌの従者ステファンが鑑定スキル持ちであることを弟が攫われた時に知り、まずはステファンに催眠をかけ、マリアンヌに近づくことにしたようだ。
マリアンヌ側の守りが弱くなったのは、鑑定スキル持ちのステファンを使えなくしたブリタニーの動きもかなり大きい。
彼女も戦い、この現実を掴みとった功労者だ。
「生きて再会できてよかった」
すべてが繋がっていく。誰が欠けてもたどり着けなかった。
自分がしてきたことが少しずつ繋がり、それぞれの負けないという思いが築き上げ手にした平穏に胸が熱くなる。
「今日はこれまでの謝罪と感謝の気持ちを伝えたくて。弟を見つけることができたのはいいけれどそれからどうすれば無事に出られるのかわからない状態を突破できたのは、エレナ様、そしてベアティ様がいてこそ実現することができました。本当にありがとうございます」
「ありがとうございます」
姉弟そろって頭を下げ、二人はぎゅっと手を掴んだ。
ブリタニーがぼたぼたとまた涙を流す。
弟を助けるためにマリアンヌの懐に入り、彼女の言われるままに力を行使してきたことは、彼女の意思であって意思ではない。
大規模な事件となったこと、人死が出たことに彼女は深く傷つき、自責の念に駆られていると聞いているが、スキルのことも含めその辺りはランハートがうまくやるだろう。
まさかどこにいるかわからないスタレット侯爵の支配下にまでスキルが届くとは思わなかったが、一矢報いることができた。
皆が戦っている時にうまく作用しそれぞれが自由を得られたことが、時間が経つにつれて見えてきてものにじわじわと喜びが増していく。
死に戻り前のように、一人ではできなかった結果だ。
配下に任せるでもなく、ランハートは王族としてすべきことをし、すぐに私のもとへと向かってくれた。
ミイルズとアベラルドも私のために動いて駆けつけてくれた。
インドラも、そしてシリルも不安定な私にずっと寄り添ってくれた。
そして、ベアティも帰ってきてくれた。
「よかった」
黒い靄で顔が見えなかった人たちが自分たちの大事なものを持ったまま、スタレット家の呪縛から逃れることができた。
死に戻り前よりも、確実に明るい未来が見えている。
ベアティが私の肩を抱き、シリルが俺もいると袖を引っ張る。
満足げに頷くランハート、以前より頻繁に通い今日も過保護さを発揮しついてきたミイルズとアベアラルドを前に、私は笑顔を浮かべた。
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