この歌声が届くまで

蒼村 咲

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8月25日 月曜日

第4話 不可思議な闖入客

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「──何をしてるんだ?」

 ドアを開けたのは生徒会執行部の長──生徒会長の桐山秀平くんだった。クラスも違うし交流はないものの、同じ三年生なので一応面識はある。
 私はとっさに新垣くん、乾の二人とこっそり視線を交わした。
 合唱祭の準備段階で、あるいは当日にも一緒に動くことはあるけれど、生徒会執行部は当然ながら合唱祭実行委員会とはまた別の組織だ。合唱祭の中止に対してどういうスタンスをとってくるかわからない。
 つまり、向こうの出方次第で敵にも味方にもなりうる存在だといえるのだ。
 教室の中にいた七人から一斉に注目されたにもかかわらず、桐山会長は微塵も動じた様子を見せなかった。全校生徒のトップに君臨できるだけあって、なんというか、胆が据わっているらしい。

「……合唱委員か」

 私たち全員の顔を見渡した後、彼はつぶやくように言った。

(嘘でしょ……!)

 顔にこそ出さなかったものの、愕然とせずにはいられなかった。
 今年度──つまり合唱祭実行委員会が今の顔ぶれになってから、私たちは執行部の面々とほとんど顔を合わせていない。委員同士ですら数えるほどなのだ。全校から選挙で選ばれている執行部の役員たちとは違い、私たち実行委員は言ってみれば面が割れていない。
 にもかかわらず桐山会長は、この七人の集団の正体を一瞬で言い当ててしまった。恐るべき洞察力、そして記憶力だ。

「君たち合唱委員が動くことは、もうないと思うけど」

 桐山会長が静かに言った。その声音や表情からは、彼が何を考えているのかはわからない。
 どうしよう、何か言わなければと思った時だった。

「……そうだね」

 私たちははっと声のした方を振り向いた。新垣くんだ。慌てた様子はない。

「実は僕たちもそれを嘆いていたところなんだよ。執行部は合唱祭の中止の事情、何か知らないかな」

 桐山会長に勝るとも劣らないポーカーフェイスで言う。
 が、桐山会長は軽く眉をひそめ「いや」と言うだけだった。何か新たな情報が得られるかと固唾をのんで見守っていた私たちの緊張がゆるむ。
 と、その時なぜか新垣くんが立ち上がった。

「……気になるなら桐山くんも一緒にどう? 席なら空いてるし」

 そう言って、彼は適当な空席を指す。

(ええっ!?)

 新垣くんが指した席にほど近い位置にいた私は、思わず彼の方を振り返った。突然何を言い出すの──という非難を込めて。
 けれど心配は不要だった。

「いや、遠慮しておく。とりあえず最終下校を守ってくれさえすればそれでいいから」

 相変わらずの読めない表情でそう言って、桐山会長は扉の向こうに姿を消した。
 私は内心ほっとしながら、そもそも桐山会長が新垣くんの誘いに乗るはずなどなかったということに気づいた。要は単に話を切り上げるための口上にすぎなかったのだ。

「……最終下校前の見回り、だったんですね。一瞬、勝手に集まってるって怒られるかと思いました」

 桐山会長の足音が遠ざかってから、真紀ちゃんが恐る恐るつぶやく。
 確かに私も、最初は咎められるのではないかと身構えた。だから彼女の気持ちはよくわかる。
 でも──単なる勘でしかないけれど、桐山会長の目的は別にあったのでは、という気がしてならない。

「執行部は執行部で、何考えてんだろうな……」

 乾が誰にともなく言った。
 彼も言うとおり、今の会話からでは生徒会執行部が敵なのか味方なのかの判断はつかなかった。
 ただ、これも単なる勘で根拠は何もないけれど、桐山会長は私たちが知らない何かを知っているような気がする。でもその何かって一体何だろう──そう考え始めたところで新垣くんに名前を呼ばれた。

「木崎さん、さっき何か言いかけてたよね」

 委員長だけでなく全員から見つめられ、私はやや落ち着かない気分になる。まったく、桐山会長の度胸を少しでいいから分けてもらいたいくらいだ。

「ああ、えっと……。合唱祭が中止なのって、ここだけなのかと思って」

 私はそれだけ言って、どこか助けを求めるように実行委員の面々を見渡す。
 それに応えて「ああ、それなら」と口を開いたのは新垣くん本人だった。

「合唱祭はそもそもうちだけの行事だったと思う。たしかこのあたりの他の学校は、文化祭や体育祭はあっても合唱祭はないらしいんだよ」

 その言葉は私以外の誰かにとっても意外だったようで、どこからか「えっ」と小さな声が上がった。

「そういえば、北高に行ってる友達がいるんですけど、合唱祭なんかないって言ってましたね。近いものといえば、文化祭の一部に合唱部と音楽選択クラスのステージ発表が組み込まれてるくらいだって」

 新垣くんの説明を中村くんが引き継ぐ。

「そうなんだ……」

 もともと合唱祭という行事が存在するのがうちの学校だけなら、苦情が原因という可能性はますますわからない。ありそうなのか、ありそうにないのかすらわからないなんて、まさに五里霧中、前途多難だと思う。
 それでも、何か相応の理由があることだけは確かなのだ。合唱祭は決して、ここ数年で始まったような行事ではないのだから。

「いずれにしても、やっぱり何かはあったって考えるしかないですよね? それが、たとえば合唱祭を中止することでしか対応できないほどの苦情なのか、何か他の、合唱祭を中止せざるをえないほどの事情なのかはわかりませんけど……」

 塚本くんも、どうやら私とほとんど同じようなことを考えていたようだ。
 その声がなんとなく沈んでいるような気がして、私はこっそりと彼の横顔を盗み見る。視界の端でとらえた生真面目な横顔は、その心情について何らヒントを与えてくれることはなかったけれど。
 塚本くんの言葉に対して、新垣くんはやや苦い表情で「そうだね」とうなずいた。

「でもとりあえず今日は、この辺りで切り上げることにしよう。……しょっぱなから執行部に目をつけられたくはないしね」

 そう言ってメガネの奥の目を細めた新垣くんは、執行部はもうすでに実行委員会の敵だと感じているのかもしれない。私はとっさに、ついさっき桐山会長が出て行った入り口のドアを振り返る。
 もちろんそこには人の気配なんてなかったのだけれど、それでも何かうまく言葉にならない、漠然とした不安を感じずにはいられなかった。

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