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8月27日 水曜日
第9話 去りゆく者たち
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「──あ、彩音。おはよ」
翌朝、昇降口で靴を履き替えていると、背後から声をかけられた。
それが誰なのかは──振り返るまでもなく声でわかる。
「輝。おはよう」
そう、去年私を合唱祭実行委員会に引っ張り込んだ張本人だ。
そして、二日連続でミーティングに姿を現さなかった二人の委員のうちの一人である。
「昨日とか一昨日来なかったの、用事?」
何気なく聞こえるよう意識しながら尋ねてみる。と、輝は訝しげに首をかしげた。
「何の話?」
「え?」
もしかして、新垣くんのメッセージが届いていなかったのだろうか。
実際、アプリや通知のエラーはそう珍しくない。通知の設定はオンになっていても、スマホ本体の不調という場合もある。
「あの、昨日一昨日と実委のミーティングやってたんだよ」
決して、来なかったことを責めたいわけではなかった。
だからそう聞こえないよう気をつけたつもりだったのだけれど、私の言葉に輝ははっきりと顔をしかめた。
「ああ、あれ。何の間違いかと思ってたのに。ほんとにミーティングなんてやってたの?」
今度は私が固まる番だった。
(間違いって……)
なんとも形容しがたい嫌な感覚が胸に広がる。
でも言っておかなければならない気がして、私は控えめに口を開いた。
「実行委員会、だから……どうやったら合唱祭を実行できるか話し合ってたの」
といっても、ミーティングのほとんどは「なぜ中止になったのか」を解明することに費やされたけれど。それだけならまだしも、肝心の原因は全くわからずじまいだ。
それを今目の前にいる輝に、正直に伝える気にはならなかった。どうせ彼女にはわかっているのだろうし。
案の定、輝は眉間に軽くしわを寄せたままでフンと鼻を鳴らした。
「学校側が中止って決めたのに? 実行委員だからって何やったって今更無駄でしょ。彩音も暇じゃないんだから……考えなよ」
言葉なく立ち尽くす私を残して、輝は教室棟へと歩き去っていく。
連絡が届いていなかったわけでもなかった。外せない用事なんかがあったわけでもなかった。
輝は──ただ、「無駄」だから来なかったのだ。
彼女は別に、私や他の実行委員を馬鹿にしているわけじゃない。私たちがやっていることを否定する気もないだろう。そんな子じゃないことは、中学の時からの付き合いなのだからわかっている。
ただ、私と違ってドライというか、切り替えが早いところがあるのだ。
頭の回転は速いし弁も立つ。だから輝も加わってくれれば、状況だってもっと──好転とまではいかなくても、何か進展するかもしれない──そう思っていたのだけれど。
(──うそ)
朝の時点で限りなく淡くなってしまっていたそんな期待は、昼休みにスマホに届いた通知で容赦なく打ち砕かれてしまった。
新垣くんが、明日の放課後にまたミーティングを開く旨のメッセージを流した直後のことだ。
《Hikariさんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》
私は半ば呆然と、その無情な一文が表示された画面を見つめる。
グループを抜けるということは、実行委員を辞めるということだ。もともと有志の集まりなのだから、去る者を引き留めることはできない。
でも通知はそれで終わらなかった。
《ユアサさんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》
ユアサこと湯浅くんも、輝と同じく欠席だった委員だ。
けれど一昨日のミーティングに関しては、新垣くんのところに「歯医者の予約があるので」と連絡があったというし、昨日だけのことだと思っていたのに。
そして極めつけは──。
《山名香苗さんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》
(山名さんまで……)
輝が先陣を切ったことで、他の人も抜けやすかったのは間違いないだろう。
だけど輝や、彼女に続いた二人を責めてはいけないと思う。実行委員であれその他大勢の一般生徒であれ、結局のところ立場は二つしかない──合唱祭の中止に賛成か、反対か。
だからこれは、ある意味仕方のないことなのだ。
(……だけど)
もともと九人いた合唱祭実行委員が、一気に六人になってしまった。
(お願い、これ以上は減らないで……)
そう祈りながら、でも怖くて一分おきにスマホを確認していたら、あっという間に昼休みは終わってしまっていた。
翌朝、昇降口で靴を履き替えていると、背後から声をかけられた。
それが誰なのかは──振り返るまでもなく声でわかる。
「輝。おはよう」
そう、去年私を合唱祭実行委員会に引っ張り込んだ張本人だ。
そして、二日連続でミーティングに姿を現さなかった二人の委員のうちの一人である。
「昨日とか一昨日来なかったの、用事?」
何気なく聞こえるよう意識しながら尋ねてみる。と、輝は訝しげに首をかしげた。
「何の話?」
「え?」
もしかして、新垣くんのメッセージが届いていなかったのだろうか。
実際、アプリや通知のエラーはそう珍しくない。通知の設定はオンになっていても、スマホ本体の不調という場合もある。
「あの、昨日一昨日と実委のミーティングやってたんだよ」
決して、来なかったことを責めたいわけではなかった。
だからそう聞こえないよう気をつけたつもりだったのだけれど、私の言葉に輝ははっきりと顔をしかめた。
「ああ、あれ。何の間違いかと思ってたのに。ほんとにミーティングなんてやってたの?」
今度は私が固まる番だった。
(間違いって……)
なんとも形容しがたい嫌な感覚が胸に広がる。
でも言っておかなければならない気がして、私は控えめに口を開いた。
「実行委員会、だから……どうやったら合唱祭を実行できるか話し合ってたの」
といっても、ミーティングのほとんどは「なぜ中止になったのか」を解明することに費やされたけれど。それだけならまだしも、肝心の原因は全くわからずじまいだ。
それを今目の前にいる輝に、正直に伝える気にはならなかった。どうせ彼女にはわかっているのだろうし。
案の定、輝は眉間に軽くしわを寄せたままでフンと鼻を鳴らした。
「学校側が中止って決めたのに? 実行委員だからって何やったって今更無駄でしょ。彩音も暇じゃないんだから……考えなよ」
言葉なく立ち尽くす私を残して、輝は教室棟へと歩き去っていく。
連絡が届いていなかったわけでもなかった。外せない用事なんかがあったわけでもなかった。
輝は──ただ、「無駄」だから来なかったのだ。
彼女は別に、私や他の実行委員を馬鹿にしているわけじゃない。私たちがやっていることを否定する気もないだろう。そんな子じゃないことは、中学の時からの付き合いなのだからわかっている。
ただ、私と違ってドライというか、切り替えが早いところがあるのだ。
頭の回転は速いし弁も立つ。だから輝も加わってくれれば、状況だってもっと──好転とまではいかなくても、何か進展するかもしれない──そう思っていたのだけれど。
(──うそ)
朝の時点で限りなく淡くなってしまっていたそんな期待は、昼休みにスマホに届いた通知で容赦なく打ち砕かれてしまった。
新垣くんが、明日の放課後にまたミーティングを開く旨のメッセージを流した直後のことだ。
《Hikariさんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》
私は半ば呆然と、その無情な一文が表示された画面を見つめる。
グループを抜けるということは、実行委員を辞めるということだ。もともと有志の集まりなのだから、去る者を引き留めることはできない。
でも通知はそれで終わらなかった。
《ユアサさんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》
ユアサこと湯浅くんも、輝と同じく欠席だった委員だ。
けれど一昨日のミーティングに関しては、新垣くんのところに「歯医者の予約があるので」と連絡があったというし、昨日だけのことだと思っていたのに。
そして極めつけは──。
《山名香苗さんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》
(山名さんまで……)
輝が先陣を切ったことで、他の人も抜けやすかったのは間違いないだろう。
だけど輝や、彼女に続いた二人を責めてはいけないと思う。実行委員であれその他大勢の一般生徒であれ、結局のところ立場は二つしかない──合唱祭の中止に賛成か、反対か。
だからこれは、ある意味仕方のないことなのだ。
(……だけど)
もともと九人いた合唱祭実行委員が、一気に六人になってしまった。
(お願い、これ以上は減らないで……)
そう祈りながら、でも怖くて一分おきにスマホを確認していたら、あっという間に昼休みは終わってしまっていた。
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