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9月4日 木曜日
第20話 合唱祭って、何?
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私はこっそりと息をのむ。言葉通り、ただ質問に答えればいいのか。それとも私には答えられないような、つまりは断るための無理難題をふっかけられるのか。桐山会長の意図がつかめない。
それでも前に進むためには必要なのだ──私はしっかりとうなずく。
すると桐山会長は眉間に軽くしわを寄せた。
「本当に……君たちは何のために、そんなに必死になっているんだ? そこまでして、何をしようとしているんだ? 何を守ろうとしている?」
桐山会長が発した問いは、そんなごく単純で、答えも自明のものだった。
罠なのか、言葉の綾なのか──そんな思いが一瞬頭をもたげる。けれどまずは、正々堂々と戦おうと思った。
「そんなの……合唱祭のために決まってるじゃない……」
答える声がかすかに震える。
私たちは、他でもない合唱祭実行委員なのだ。私たちを代表する立場の新垣くんだって、ここに来て最初にそう宣言している。
「じゃあその合唱祭って、何? 君たちの言う合唱祭って、いったいどんな行事?」
「……っ」
思わず言葉に詰まってしまった。これこそ罠ではないのかと再び勘ぐりかけたせいもある。
けれど「合唱祭とは何か」──もしその言葉で合唱祭の存在意義を訊かれているのなら、そんな答え私だって持ち合わせていない。「団結し何かを作り上げる難しさや大切さ、感動や達成感を学ぶ」だの、「合唱という芸術を味わう感性を養う」だの、そんなのは全部教育的観点からの後づけだ。
だから私は様子を見るために──言い換えればただの時間稼ぎのために──形式的であるゆえに否定もできないであろう答えを返した。
「合唱祭は……各クラスで課題曲を選んで合唱して、当日にステージ発表と審査が行われて、学年ごとにそれぞれ金賞・銀賞・銅賞が選ばれて表彰される……そういう行事、だと……」
ああ、数秒前の私は一体何を考えていたのだろう。こんなの、桐山会長の求める答えであるはずがないのに。たとえ「合唱祭とはどんな行事か」という問いの答えとして間違ってはいなかったとしても、彼が納得する答えでなければ意味がないのに。
桐山会長はふーっと長い息をついた。
「それを、君たちは本当に『合唱祭』だと思っているのか?」
そう言った桐山会長は、呆れたような、それでいて何かにすがるような、不思議な表情をしていた。私はそれに、何か不穏なざわめきを覚える。
「どういう意味よ……」
桐山会長はそれには答えず、私から目をそらした。
「君たちだってわかってるはずだ。あんなのは合唱祭なんかじゃない──ただの合唱大会だ」
「──!」
それは紛れもなく、私の問いへの答えだった。けれどその言葉は私だけじゃなく、合唱祭実行委員の五人全員に向けられている。
「──合唱に順位づけはいらない、ということですか?」
私はとっさに声のした方を振り返る。その声の主が塚本くんだと気づくのに少し時間がかかってしまった。
塚本くんの声は落ち着いていた──合唱祭実行委員になるにあたっての思いをあんなふうに語っていた塚本くんの声としては、少々意外なくらいに。
そんな塚本くんに、桐山会長が向き合った。
「基本的にはそう考えてもらって問題ない。去年なんて、そのせいで無駄なトラブルまで起きたんだ」
内心あっと息をのむ。中村くんの、あの審査結果漏洩の件だ。思い出したその日のうちに無関係だろうと棄却した可能性が、今ここでまた存在を主張してくることになるなんて、なんだか皮肉だと思う。
「合唱祭の意義だとか理念だとか、そんな大仰で偉そうな話をしたいんじゃない。もっと単純なことだ」
桐山会長は静かに言った。
私は固唾をのんで続きを待つ。桐山会長は、合唱祭に一体何を見ているのだろう。
「……入賞するためだとか、表彰されるためだとか、僕たちは決して、そんなくだらない目的のために歌うんじゃない──わかるだろう?」
桐山会長の言葉がほのかに熱を帯び始めた。そのことに、私はかすかな不安を覚える。
「別に、審査や賞の存在を否定しているわけじゃない。賞はあったっていい──でも賞はあくまで結果に過ぎない。目標や目的なんかじゃないんだよ。それなのに、それがどんどん置き去りにされてしまっていた」
その瞬間、私はこれ以上桐山会長に喋らせてはいけないと気づいた。
でも気づいただけで、どうやって彼を止めればいいのかはわからない。
(どうしよう、これってとてもまずい……)
桐山会長の話を聞いているうちに、私にもいい加減わかってしまったのだ。彼は合唱を嫌うがゆえに合唱祭を中止に追い込んだのではないということが。もしそうだったら、実行委員は一丸となって戦うだけだった。
でも実際はむしろその逆で、桐山会長は合唱を──大切に思いすぎていたのだ。
合唱祭実行委員よりも合唱に強い思い入れを持つ彼に、私たちはいったいどうやって立ち向かえばいいのだろう。
けれどそんな私の思いなどどこ吹く風で口を開いたのは、なんと中村くんだった。
それでも前に進むためには必要なのだ──私はしっかりとうなずく。
すると桐山会長は眉間に軽くしわを寄せた。
「本当に……君たちは何のために、そんなに必死になっているんだ? そこまでして、何をしようとしているんだ? 何を守ろうとしている?」
桐山会長が発した問いは、そんなごく単純で、答えも自明のものだった。
罠なのか、言葉の綾なのか──そんな思いが一瞬頭をもたげる。けれどまずは、正々堂々と戦おうと思った。
「そんなの……合唱祭のために決まってるじゃない……」
答える声がかすかに震える。
私たちは、他でもない合唱祭実行委員なのだ。私たちを代表する立場の新垣くんだって、ここに来て最初にそう宣言している。
「じゃあその合唱祭って、何? 君たちの言う合唱祭って、いったいどんな行事?」
「……っ」
思わず言葉に詰まってしまった。これこそ罠ではないのかと再び勘ぐりかけたせいもある。
けれど「合唱祭とは何か」──もしその言葉で合唱祭の存在意義を訊かれているのなら、そんな答え私だって持ち合わせていない。「団結し何かを作り上げる難しさや大切さ、感動や達成感を学ぶ」だの、「合唱という芸術を味わう感性を養う」だの、そんなのは全部教育的観点からの後づけだ。
だから私は様子を見るために──言い換えればただの時間稼ぎのために──形式的であるゆえに否定もできないであろう答えを返した。
「合唱祭は……各クラスで課題曲を選んで合唱して、当日にステージ発表と審査が行われて、学年ごとにそれぞれ金賞・銀賞・銅賞が選ばれて表彰される……そういう行事、だと……」
ああ、数秒前の私は一体何を考えていたのだろう。こんなの、桐山会長の求める答えであるはずがないのに。たとえ「合唱祭とはどんな行事か」という問いの答えとして間違ってはいなかったとしても、彼が納得する答えでなければ意味がないのに。
桐山会長はふーっと長い息をついた。
「それを、君たちは本当に『合唱祭』だと思っているのか?」
そう言った桐山会長は、呆れたような、それでいて何かにすがるような、不思議な表情をしていた。私はそれに、何か不穏なざわめきを覚える。
「どういう意味よ……」
桐山会長はそれには答えず、私から目をそらした。
「君たちだってわかってるはずだ。あんなのは合唱祭なんかじゃない──ただの合唱大会だ」
「──!」
それは紛れもなく、私の問いへの答えだった。けれどその言葉は私だけじゃなく、合唱祭実行委員の五人全員に向けられている。
「──合唱に順位づけはいらない、ということですか?」
私はとっさに声のした方を振り返る。その声の主が塚本くんだと気づくのに少し時間がかかってしまった。
塚本くんの声は落ち着いていた──合唱祭実行委員になるにあたっての思いをあんなふうに語っていた塚本くんの声としては、少々意外なくらいに。
そんな塚本くんに、桐山会長が向き合った。
「基本的にはそう考えてもらって問題ない。去年なんて、そのせいで無駄なトラブルまで起きたんだ」
内心あっと息をのむ。中村くんの、あの審査結果漏洩の件だ。思い出したその日のうちに無関係だろうと棄却した可能性が、今ここでまた存在を主張してくることになるなんて、なんだか皮肉だと思う。
「合唱祭の意義だとか理念だとか、そんな大仰で偉そうな話をしたいんじゃない。もっと単純なことだ」
桐山会長は静かに言った。
私は固唾をのんで続きを待つ。桐山会長は、合唱祭に一体何を見ているのだろう。
「……入賞するためだとか、表彰されるためだとか、僕たちは決して、そんなくだらない目的のために歌うんじゃない──わかるだろう?」
桐山会長の言葉がほのかに熱を帯び始めた。そのことに、私はかすかな不安を覚える。
「別に、審査や賞の存在を否定しているわけじゃない。賞はあったっていい──でも賞はあくまで結果に過ぎない。目標や目的なんかじゃないんだよ。それなのに、それがどんどん置き去りにされてしまっていた」
その瞬間、私はこれ以上桐山会長に喋らせてはいけないと気づいた。
でも気づいただけで、どうやって彼を止めればいいのかはわからない。
(どうしよう、これってとてもまずい……)
桐山会長の話を聞いているうちに、私にもいい加減わかってしまったのだ。彼は合唱を嫌うがゆえに合唱祭を中止に追い込んだのではないということが。もしそうだったら、実行委員は一丸となって戦うだけだった。
でも実際はむしろその逆で、桐山会長は合唱を──大切に思いすぎていたのだ。
合唱祭実行委員よりも合唱に強い思い入れを持つ彼に、私たちはいったいどうやって立ち向かえばいいのだろう。
けれどそんな私の思いなどどこ吹く風で口を開いたのは、なんと中村くんだった。
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