この歌声が届くまで

蒼村 咲

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9月9日 火曜日

第32話 裏方業務開始

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「にしても、あんな暴挙に出るなんて」

 生徒会室でチーム編成のためのグループを整理しながら、山名さんが苦笑する。もちろん、中村くんと輝の放送室ジャックの件だ。

「いや、あれには俺らでさえもびびったから」

 苦笑しながら言う乾に、私もうなずく。

「ほんと、お茶吹きそうになったもん。まさかあんなインパクトで攻めるとは思ってなかったから」

 その言葉に嘘はない。でもそれ以上に、本当によく考えられた台本だったなあと感心してしまうのだ。
 いきなりの「ヘーイ!」で一気に注意を引きつけたのはもちろん、中村くん一人じゃなく輝──つまりピッチもトーンも全然違う女子の声を一緒に使ったことで、あの放送には聴く者を飽きさせないメリハリがしっかりと生まれていた。
 それから、「先生がすっ飛んでくるかもしれない」からと手短に、最小限の情報だけで済ませたのもプラスに働いたに違いない。長く退屈な話は、気の多い高校生の耳には届かないのだ。ちなみに、すっ飛んでいこうとする先生を足止めすべく中村くんによって派遣されていた新垣くん曰く、職員室ではみんな肩を震わせていただけで、特に誰もすっ飛んでいきそうなようすは見せなかったらしい。なんだそれは。
 無関係な全校生徒の大半は「合唱委員がなんか変なことやり始めたな」としか思っていなかったと思う。もちろん、それでこそ中村くんの策士っぷりが光るというものだけれど。

「うちのクラスでも超ウケてましたよ」

 真紀ちゃんが笑う。
 彼女も、合唱祭開催が公になったことで、あの日の宣言通り戻ってきてくれたのだ。
 ついに──ついに、合唱祭実行委員が全員そろった。
 そこに桐山会長をはじめとする生徒会執行部の面々を加え、私たちは合唱祭を作っていくのだ。

「あ、そうだ。選曲なんですけど」

 中村くんの声に、みんな手を止めて彼に注目する。

「ヒデに話つけてきたんで、何人か一緒に来てもらえます?」

 まるでなんてことのないような発言に、私は思わずぽかんと口を開けた。

「え、ヒデって? 誰?」

「音楽の芦田先生のことだと思う。たぶん……」

 そばでそんな囁き声が聞こえる。やっぱり、芦田先生をヒデと呼ぶのは学校中を探してもこの中村くんだけに違いない。いや、それよりも。

「話つけてきた……って、どういうこと?」

 新垣くんが首をかしげる。
 そう、それなのだ。一体何の話をどうつけてきたのか。

「まあ、行けばわかると思いますけど……ちょっと選曲に手を貸してほしいって頼んでみたら、快くオーケーもらっちゃったんですよ」

 これには一同そろってあっけにとられてしまった。
 だって、中村くんは昼休みには放送室をジャックしていたし、放課後にはきっといち早く中庭に駆けつけてくれていたはずなのだ。一体いつのまにそんな行動に出ていたというのだろう。件の放送室ジャックだって、決まったのはつい昨日のことなのに。
 でも今は、もっと大事なことがあった。

「行きたい!」

 私は立ち上がり勢いよく手を挙げる。
 たとえ実際に自分が歌えるのは一曲だけだとしても、当日聴ける曲を選べるのだ。まあ、例によってどれくらい聴けるかはわからないけれど。

「いやお前が行くのは最初から決定事項だから」

 乾が何を今更、と言わんばかりの顔で言う。

「え?」

「あ、じゃあ僕も行きます。音楽選択だったので」

 そう言って塚本くんが立ち上がったので、中村くんを含めた私たち三人はそのまま廊下に出た。
 と、続いてもう一人生徒会室から出てきた人がいる。小柄でかわいらしい雰囲気の女子生徒だ。

「執行部の河野です。私もご一緒しますね」

 彼女はそう名乗り、ぺこりと頭を下げた。
 正確には河野明美さんという、生徒会執行部のもう一人の副会長だ。
 クラスも違うし接点もないのにどうしてフルネームや役職まで知っているのかといえば、春の生徒会選挙に出ていたからだ。立候補演説を聴きながら、外見の印象そのままの、少女のような可憐な声だと思ったのを覚えている。
 私たちは互いにぺこぺこと挨拶し、一緒に音楽室に向かった。


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