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9月9日 火曜日
第33話 陰ながら
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「いやあ、ほんとにまあよくここまでこぎ着けたなよあ」
芦田先生はそう言って、私たちを音楽資料室へと誘った。というのも、音楽室とその隣の音楽準備室は、どちらも吹奏楽部が部活に使っていたからだ。
「今年は諸事情で表立っては手伝えないんだけどさ」
そう言いながら彼が出してくれたのは、数冊の合唱曲集とそのデモCDだった。曲集からは付箋がいくつもぴょんぴょんとはみ出している。
「本番が一カ月後ってこととか、音楽選択以外の生徒もたくさんいることとか、その辺を考えて候補になりそうな曲、ピックアップしてみたからよかったら参考にしてよ」
そう言って芦田先生はニッと笑った。
「まじですか! やべえ」
「ありがとうございます!」
口々にお礼を言っていると、吹奏楽部の部員らしき女子生徒が芦田先生を呼びに来た。
「あーごめんごめん、すぐ行く。えーと、じゃあデッキはそこに置いてるやつ自由に使って。コンセントはそこね。あと、帰るときは施錠するから声かけて。じゃ!」
早口で一方的にまくし立て、芦田先生は行ってしまった。
「……話つけたって何かと思ったら、このことだったのね」
私はそうつぶやきながら、曲集とCDに目を落とす。
「いや、俺が頼んだのは合唱祭で使えそうな曲集があれば貸してほしいってことだけです」
「えっ」
声を上げたのは私だけじゃなかった。誰からともなく、みんなで顔を見合わせる。
つまり、よりイメージがわきやすいようにとCDやデッキを貸してくれたことも、事前にいくつも候補を選び出してくれていたことも、完全に芦田先生の厚意ということだ。
「もうほんとに……」
思わずそんな言葉が漏れる。
合唱祭の中止で落ち込んでいた私にそれとなくヒントをくれた山本先生。即日下りた生徒主体の合唱祭開催の許可。中村くんと輝の昼放送ジャックを黙認した職員室。そして、選曲に手を貸してくれた芦田先生。
もしかしたら学校側にも、この合唱祭を楽しみに思ってくれている人は少なくないのかもしれない。そう思うと俄然、力とやる気がわいてくる。
「あ、木崎先輩が歌ってたあの曲ありますよ」
そんな声ではっと我に返ると、中村くんがさっそく一番上の曲集を広げていた。そのページにあるのはたしかに、あの「夢の翼」の楽譜だった。左上のタイトル横には、芦田先生が貼ったであろう付箋もついている。ちょっとうれしい。
「じゃあとりあえず、その一曲は決定で」
隣で一緒に歌ってくれた塚本くんがすかさず言う。
どのチームがどの曲を歌うかは、公平を期すためにくじで決められる予定だ。ということは私がこの歌を歌える可能性は十パーセントか、ひょっとしたらそれ以下かもしれない──けれど。
「……ありがとう。独断と偏見っていうか、職権乱用もいいとこだけど」
肩をすくめると、横から「私も」と声がした。
「いい曲だと思う」
河野さんだった。どうやら「職権乱用ではない」とフォローしてくれたようだ。
そのはにかむような表情にはどことなく小動物めいたかわいさがあって、私はこのかわいらしく控えめな彼女があの桐山会長の下で働いていて大丈夫なのだろうかと余計な心配をしてしまった。
音楽室──正確には音楽資料室だけれど──へやってきた私たちがあれやこれやと言い合いながら曲を選んでいる間に、今や本部ともいえる生徒会室では、着々とチーム編成が進んでいたようだ。
芦田先生から拝借した曲集を抱えて戻ってきた私たちは、その進捗の良さに思わず顔を見合わせる。
唯一、驚きを見せなかったのは河野さんだ。
「会長がいるんだもの。大丈夫よ」
そう言ってふわりと微笑む。
そういえば、今は合唱祭実行委員会のメンバーがすっかり居座ってしまっているけれど、普段の生徒会室では桐山会長はどんなふうなのだろう。
副会長の庄司くんや河野さんは、桐山会長の理事会との繋がりとか、合唱祭の中止に与えた影響とか、そのあたりのことは知っているのだろうか。
墓穴を掘ってはいけないので、もちろん尋ねたりはしないけれど。
芦田先生はそう言って、私たちを音楽資料室へと誘った。というのも、音楽室とその隣の音楽準備室は、どちらも吹奏楽部が部活に使っていたからだ。
「今年は諸事情で表立っては手伝えないんだけどさ」
そう言いながら彼が出してくれたのは、数冊の合唱曲集とそのデモCDだった。曲集からは付箋がいくつもぴょんぴょんとはみ出している。
「本番が一カ月後ってこととか、音楽選択以外の生徒もたくさんいることとか、その辺を考えて候補になりそうな曲、ピックアップしてみたからよかったら参考にしてよ」
そう言って芦田先生はニッと笑った。
「まじですか! やべえ」
「ありがとうございます!」
口々にお礼を言っていると、吹奏楽部の部員らしき女子生徒が芦田先生を呼びに来た。
「あーごめんごめん、すぐ行く。えーと、じゃあデッキはそこに置いてるやつ自由に使って。コンセントはそこね。あと、帰るときは施錠するから声かけて。じゃ!」
早口で一方的にまくし立て、芦田先生は行ってしまった。
「……話つけたって何かと思ったら、このことだったのね」
私はそうつぶやきながら、曲集とCDに目を落とす。
「いや、俺が頼んだのは合唱祭で使えそうな曲集があれば貸してほしいってことだけです」
「えっ」
声を上げたのは私だけじゃなかった。誰からともなく、みんなで顔を見合わせる。
つまり、よりイメージがわきやすいようにとCDやデッキを貸してくれたことも、事前にいくつも候補を選び出してくれていたことも、完全に芦田先生の厚意ということだ。
「もうほんとに……」
思わずそんな言葉が漏れる。
合唱祭の中止で落ち込んでいた私にそれとなくヒントをくれた山本先生。即日下りた生徒主体の合唱祭開催の許可。中村くんと輝の昼放送ジャックを黙認した職員室。そして、選曲に手を貸してくれた芦田先生。
もしかしたら学校側にも、この合唱祭を楽しみに思ってくれている人は少なくないのかもしれない。そう思うと俄然、力とやる気がわいてくる。
「あ、木崎先輩が歌ってたあの曲ありますよ」
そんな声ではっと我に返ると、中村くんがさっそく一番上の曲集を広げていた。そのページにあるのはたしかに、あの「夢の翼」の楽譜だった。左上のタイトル横には、芦田先生が貼ったであろう付箋もついている。ちょっとうれしい。
「じゃあとりあえず、その一曲は決定で」
隣で一緒に歌ってくれた塚本くんがすかさず言う。
どのチームがどの曲を歌うかは、公平を期すためにくじで決められる予定だ。ということは私がこの歌を歌える可能性は十パーセントか、ひょっとしたらそれ以下かもしれない──けれど。
「……ありがとう。独断と偏見っていうか、職権乱用もいいとこだけど」
肩をすくめると、横から「私も」と声がした。
「いい曲だと思う」
河野さんだった。どうやら「職権乱用ではない」とフォローしてくれたようだ。
そのはにかむような表情にはどことなく小動物めいたかわいさがあって、私はこのかわいらしく控えめな彼女があの桐山会長の下で働いていて大丈夫なのだろうかと余計な心配をしてしまった。
音楽室──正確には音楽資料室だけれど──へやってきた私たちがあれやこれやと言い合いながら曲を選んでいる間に、今や本部ともいえる生徒会室では、着々とチーム編成が進んでいたようだ。
芦田先生から拝借した曲集を抱えて戻ってきた私たちは、その進捗の良さに思わず顔を見合わせる。
唯一、驚きを見せなかったのは河野さんだ。
「会長がいるんだもの。大丈夫よ」
そう言ってふわりと微笑む。
そういえば、今は合唱祭実行委員会のメンバーがすっかり居座ってしまっているけれど、普段の生徒会室では桐山会長はどんなふうなのだろう。
副会長の庄司くんや河野さんは、桐山会長の理事会との繋がりとか、合唱祭の中止に与えた影響とか、そのあたりのことは知っているのだろうか。
墓穴を掘ってはいけないので、もちろん尋ねたりはしないけれど。
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