この歌声が届くまで

蒼村 咲

文字の大きさ
35 / 55
9月10日 水曜日

第35話 「普通」の合唱祭

しおりを挟む
 くじ引きは無事に終わった。無事どころか、変な言い方ではあるけれど「大盛況」とでも称したくなるような盛り上がりだった。
 私としては、かなりの部分を実行委員会側で決めてしまったことに対して苦情が出るかもしれないと心配していたのだけれど、それはまったくの杞憂だったのだ。

「いや、あたしとしてはむしろ助かったけど? だって自分たちで決めないといけないってなったらみんなの意見も聞かないとだし、いつまでたっても決まらない気がするもん」

 チームBのリーダーである梨花はそう言って笑った。
 梨花は自らリーダーに手を挙げるタイプではないので驚いたのだけれど、聞けば単にチームBの三年だけを集めたじゃんけんで負けたということらしい。なるほど。
 私は「ドンマイ」と口では言いながらも、リーダーをじゃんけんで決めてしまうくらいの気楽さをむしろ好ましく思うのだった。過ぎた真剣さは時に軋轢を生むものだということを、すでに知ってしまっているから。
 そして何の因果か、梨花は「夢の翼」を引き当てた。発表順は、最後だ。
 実は私もそのチームに入れてもらうことになっているのだと伝えると、彼女は飛び跳ねて喜んだ。

「たぶん練習にはほとんど行けないと思うけど……」

 申し訳なくて肩をすくめると、梨花は「全然! 実委だししょうがないよ」と笑顔を咲かせる。
 と、そこへ幸穂ちゃんが近づいてきた。

「あっ、幸穂ちゃん! 伴奏よろしくね」

 真っ先に気づいた梨花が駆け寄っていく。
 そう、「夢の翼」のピアノ伴奏は、幸穂ちゃんが担当することになっているのだ。
 ちなみに、伴奏については候補者を先に集めて、十曲の中でどの曲を担当するかを話し合ってもらった。彼女が「夢の翼」に決まったのは、最後まで決まらず残った曲だったからだ。
 お気に入りの曲が選ばれなかったのはなかなかに悲しいけれど、この曲はピアノが奏でる印象的な前奏で始まる。準備期間が一ヶ月しかないということで、敬遠されるのは仕方ないかもしれない。
 幸穂ちゃんは頼もしいことに、最初に「私はどの曲でも大丈夫」と宣言していて、最後まで残ったこの曲の伴奏も快く引き受けてくれたのである。

「こちらこそよろしくね。頑張るわ」

 幸穂ちゃんはいつもの、あの落ち着いたアルトの声で答えた。

「伴奏だけじゃなくてパートリーダーも手伝ってくれるなんて、ほんと感謝しきれないよ……」

 梨花のそんな言葉に私ははっと目を見開く。

「伴奏にパートリーダー? 大丈夫……? 過負担じゃない……?」

 すると幸穂ちゃんはにっこりと微笑んだ。

「私もこの曲はお気に入りなの。女声パートはどっちも頭に入ってるし……伴奏も来週にはそれなりにできるようになってると思う」

「ら、来週……」

 思わず口をぽかんと開けてしまった。
 私には、どう頑張ったって一週間であの曲を弾きこなすことはできないと思う。パートだって私が歌えるくらいに把握できているのはソプラノだけだし、なんというかもう、次元が違う。

「ああ、なんかもう……ほんとにありがとう」

 うまく言葉にならないけれど、幸穂ちゃんには本当に、感謝してもしきれない。チームBへの貢献度はもちろんだけれど、それだけじゃない。彼女は合唱祭の開催が決まる前から、何かと気にかけてくれていた。

「こちらこそ、こんな機会をありがとう」

 幸穂ちゃんはそう言って、長い髪を揺らす。
 その顔はいつも通り大人びていた。私が考えていることも、きっと伝わっているだろう。

「今年は表彰とかはないけど、頑張ろうね!」

(表彰、か……)

 梨花が何気なく口にした言葉が、すべての発端を蘇らせる。
 桐山会長の「あんなのは合唱祭じゃない」という、例年の合唱祭への否定。それは決して間違ってはいないと思う。でも梨花のような、良くも悪くも「普通」の生徒にとっては、入賞を目指して心を、声を一つにするあの行事こそが「合唱祭」なのだろう。
 今年の合唱祭に参加を表明した生徒は、全校の約半分だ。
 けれど参加に関心を示さなかった残りの半分のうち、その理由として「表彰がなくて張り合いがないから」などと挙げる生徒はほとんどいないと思う。

 何が正解なのか、今になっても全然わからない。正解なんてない──そう言ってしまえばそれまでだけれど、極端な話、生きていくというのはそういうことなのだろうと思う。
 私たちはこれからだって、常に何かを選んでいかなければならないのだから。目の前に広がるいくつも選択肢の中から。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...