46 / 55
10月3日 金曜日
第46話 合唱祭、開演
しおりを挟む
「続きまして、合唱祭実行委員長・新垣優也による開会宣言です」
そっと背中を押すような気分になりながら、私はその一言を読み上げる。
相変わらず「品行方正」という形容がしっくりくる新垣くんは、演台にたどり着くと桐山会長に負けないくらい丁寧に礼をした。それから、講堂内にさっと視線を走らせる。その胸中は今、何を思っているのだろう。
改めて振り返れば、私たち合唱祭実行委員会は今日までに本当にいろんなことを経験してきた。理不尽もあれば感動もあったと思う。その中でいろんなことを考えてきたし、いろんな行動を起こしてもきた。
だからきっと新垣くんも、合唱祭実行委員長として、そういう経緯を踏まえたうえで、今年のこの合唱祭についての想いを語るのだろう──そう思っていたのだけれど。
彼の口から飛び出したのは、全くもって意外な一言だった。
「長々と話すつもりはありません。桐山会長の挨拶の通り、聴いてもらえればわかるはずなので」
そう言って、新垣くんはにこりと笑った。
一瞬、きっちりと一定の長さの挨拶をこなした桐山会長への当てつけなのでは──と思いかけたが頭の隅に追いやる。新垣くんはきっと、一刻も早く早く合唱祭を始めたいだけだ……たぶん。
「例年とは少し違う形ではあるかもしれません。それでも、数々の障害を乗り越え、こうして合唱祭を開催できることを、合唱祭実行委員長として非常にうれしく思います」
新垣くんのメガネのフレームが、講堂の照明を受けてキラリと光る。私はこっそり唾を飲み込んだ──さあ、今だ。
「ここに、第四十八回、合唱祭の開会を宣言いたします」
新垣くんの凜とした声に感化されたのか、さざ波のように拍手が起こった。つられて手をたたきたくなったが、立場が立場なのでぐっと我慢する。運営側の人間──それも司会がマイクを持った手で拍手をするわけにはいかない。
礼をしてこちらへと戻ってきた新垣くんと入れ違いで、中村くんと湯浅くんが素早くステージに上がる。二人がかりで演台を撤去すると、そこはもう合唱祭の「舞台」にしか見えなくなった。嫌が上にも気分が高まってしまう。
二人がはけるのを見計らって、私は塚本くんにアイコンタクトを送った。かすかにうなずいた塚本くんは、真紀ちゃんと一緒に前のほうの列の席にいた一団をステージへと誘導し始める。
ここはあくまで校内にある講堂なので、例年の音楽ホールのようにリハーサル室や舞台袖の待機スペースなどは使えない。よって席から直接ステージへと上がり、合唱が終わればまた直接席へと戻るシステムにしたのだった。
通常ならこうして全校生徒が集まる場合は一、二年生が一階席、三年生が二階席という割り当てだが、今日は学年に関係なく、合唱に参加する生徒が一階席、しない生徒が一階席奥と二階席に着席している。参加生徒にはグループごとに、極力舞台に上がるのに近い状態で──つまりパート別の並びになるように着席してもらい時間短縮を図ったが、とりあえずはうまくいきそうだ。内心ほっとする。
舞台に整列した中にはよく見知った顔もあった。ソプラノの位置には輝が、アルトの位置には山名さんがいる。
と、ちょうど誘導を終えた真紀ちゃんが塚本くんとともに壁際にはけるのが見えて、私はこの数日幾度となく思ったことをまた思ってしまうのだった。ほんの、ごく数名でいいから保護者を招きたかった、と。
もちろん私たちは私たちで全力を尽くしたと、迷いなく言い切れる。それでも今日のこの開催にこぎ着けた裏には、決して欠くことのできない保護者会からの援護射撃があったのだから。
とはいえ今日のこの舞台を見せたいと思うのは、単なるエゴに過ぎないのかもしれないけれど。
準備が整ったようなので、私はマイクのスイッチを入れた。
「それでは一曲目──『明日へ』です」
曲名に続けて作詞者と作曲者、そして指揮者と伴奏者を紹介し、壁際に移動する。
さあ、我らが合唱祭の始まりだ。
そっと背中を押すような気分になりながら、私はその一言を読み上げる。
相変わらず「品行方正」という形容がしっくりくる新垣くんは、演台にたどり着くと桐山会長に負けないくらい丁寧に礼をした。それから、講堂内にさっと視線を走らせる。その胸中は今、何を思っているのだろう。
改めて振り返れば、私たち合唱祭実行委員会は今日までに本当にいろんなことを経験してきた。理不尽もあれば感動もあったと思う。その中でいろんなことを考えてきたし、いろんな行動を起こしてもきた。
だからきっと新垣くんも、合唱祭実行委員長として、そういう経緯を踏まえたうえで、今年のこの合唱祭についての想いを語るのだろう──そう思っていたのだけれど。
彼の口から飛び出したのは、全くもって意外な一言だった。
「長々と話すつもりはありません。桐山会長の挨拶の通り、聴いてもらえればわかるはずなので」
そう言って、新垣くんはにこりと笑った。
一瞬、きっちりと一定の長さの挨拶をこなした桐山会長への当てつけなのでは──と思いかけたが頭の隅に追いやる。新垣くんはきっと、一刻も早く早く合唱祭を始めたいだけだ……たぶん。
「例年とは少し違う形ではあるかもしれません。それでも、数々の障害を乗り越え、こうして合唱祭を開催できることを、合唱祭実行委員長として非常にうれしく思います」
新垣くんのメガネのフレームが、講堂の照明を受けてキラリと光る。私はこっそり唾を飲み込んだ──さあ、今だ。
「ここに、第四十八回、合唱祭の開会を宣言いたします」
新垣くんの凜とした声に感化されたのか、さざ波のように拍手が起こった。つられて手をたたきたくなったが、立場が立場なのでぐっと我慢する。運営側の人間──それも司会がマイクを持った手で拍手をするわけにはいかない。
礼をしてこちらへと戻ってきた新垣くんと入れ違いで、中村くんと湯浅くんが素早くステージに上がる。二人がかりで演台を撤去すると、そこはもう合唱祭の「舞台」にしか見えなくなった。嫌が上にも気分が高まってしまう。
二人がはけるのを見計らって、私は塚本くんにアイコンタクトを送った。かすかにうなずいた塚本くんは、真紀ちゃんと一緒に前のほうの列の席にいた一団をステージへと誘導し始める。
ここはあくまで校内にある講堂なので、例年の音楽ホールのようにリハーサル室や舞台袖の待機スペースなどは使えない。よって席から直接ステージへと上がり、合唱が終わればまた直接席へと戻るシステムにしたのだった。
通常ならこうして全校生徒が集まる場合は一、二年生が一階席、三年生が二階席という割り当てだが、今日は学年に関係なく、合唱に参加する生徒が一階席、しない生徒が一階席奥と二階席に着席している。参加生徒にはグループごとに、極力舞台に上がるのに近い状態で──つまりパート別の並びになるように着席してもらい時間短縮を図ったが、とりあえずはうまくいきそうだ。内心ほっとする。
舞台に整列した中にはよく見知った顔もあった。ソプラノの位置には輝が、アルトの位置には山名さんがいる。
と、ちょうど誘導を終えた真紀ちゃんが塚本くんとともに壁際にはけるのが見えて、私はこの数日幾度となく思ったことをまた思ってしまうのだった。ほんの、ごく数名でいいから保護者を招きたかった、と。
もちろん私たちは私たちで全力を尽くしたと、迷いなく言い切れる。それでも今日のこの開催にこぎ着けた裏には、決して欠くことのできない保護者会からの援護射撃があったのだから。
とはいえ今日のこの舞台を見せたいと思うのは、単なるエゴに過ぎないのかもしれないけれど。
準備が整ったようなので、私はマイクのスイッチを入れた。
「それでは一曲目──『明日へ』です」
曲名に続けて作詞者と作曲者、そして指揮者と伴奏者を紹介し、壁際に移動する。
さあ、我らが合唱祭の始まりだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる