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10月3日 金曜日
第48話 ベタすぎる儀式
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篠田先生を見送ったあとの生徒会室を、なんとも言えない妙な空気が満たす。
とりあえず、合唱祭は開催できることになった。もちろん、保護者会の会長たる山名さんのお母さんの舌鋒を前に中止命令を強行できる教頭先生ではないとは思っていたけれど、それでも実際に学校側の判断を聞かされるまではやはり不安だったのだ。でもこれで、今度こそ合唱祭の開催は確定といえると思う。
この一件をひたすらややこしくした張本人とも言うべき教頭先生は姿を現さず、すべてを教務主任の篠田先生に押しつけていったのはさすがに気に入らないけれど、あの先生の性格というか、これまでの言動から考えればさもありなんという感じだ。
「……って、ちょっと! なんで黙ってるのよ。むしろ歓声を上げる場面でしょ!」
この変な空気に耐えかねたらしい輝が声を上げる。
けれどかといってそこで素直に歓声があがるわけもない。代わりに答えたのは乾だった。
「いや、まあそれはそうなんだけど……歓声というよりはため息の気分なんだよな。歓喜っていうより安堵っていうか」
言い終わるやいなや思い切り伸びをしている。
実を言えば、私の感覚も乾に近い。よかった、ようやくこれで……というような。輝の手前、もちろん黙っているけれど。
輝はそんな乾に一瞥をくれてから、生徒会室の面々をぐるりと見渡した。
「まったく……なんっか辛気くさいのよね。……ほら、全員起立!」
もともと立っていた桐山会長や新垣くん──輝や私もだけれど──を除いた面々がそれぞれ顔を見合わせながら立ち上がる。
「いやお前、それ絶対執行部のテンションじゃないぞ」
乾が呆れ気味に指摘するが、輝はどこ吹く風だ。
「だったらなおさら、たまには経験しといたっていいんじゃない? 日頃は常に中立を強いられてる立場なんだし」
「別に強いられてるわけじゃない」
桐山会長がほんのりと反論する。否定するのがその部分ということは、どうやら輝の発案を拒むつもりはないらしい。
「え、えっと……何を……」
河野さんがおずおずと尋ねると、輝はいたずらぽく笑った。
「行事前に士気を挙げる儀式っていったら、あれしかないでしょ」
そう言って両腕を広げる。と、そんな輝と目が合った。その目が「ほら、早く」と言わんばかりに輝く。仕方ない──私は輝の隣まで移動し、その右腕に左腕を重ねた。
「ったく、しゃあねえな」
私の右側には乾が、その隣には新垣くんが、そして桐山会長、河野さんと輪ができていく。生徒会室内の机や椅子を避けながらなので若干窮屈ではあるけれど。
「……で、音頭は?」
乾が輝を見て言うと、当の輝は桐山会長の方に視線を向けた。
「生徒会長がやればいいんじゃない?」
「絶対に嫌だ」
にべもない──まあ、予想通りの反応ではある。
輝もそう思ったのか、特に反応することもなく隣の新垣くんへと視線を移した。
「じゃあ委員長?」
桐山会長の次は自分にお鉢が回ってくることを、新垣くんはわかっていたようだ。「牧村さんがいいと思うな」と苦笑している。
「えっ、私?」
予想外だったのか、輝はぱちくりと目を瞬いている。
「言い出しっぺが責任とれってことだよ」
乾が言うと、輝は「私でいいなら喜んで」と右手を挙げた。
それから、「じゃあ、いきます!」と宣言し、私と肩を組み直す。
「──合唱祭、絶対成功させるぞっ!」
演劇部時代に鍛えられた芯のある声に続けて、「オーッ!」と全員の声が重なる。
不思議だけれど、普段はほとんど接点のないようなメンバーでも、「せーの」とタイミングを示し合わせなくても、ちゃんとこの一声は揃うのだ。そしてこのたった一声が揃うだけで、これまた不思議なほどの連帯感が生まれる──少なくとも、生まれたような気になる。
「こんな……ベタにもほどがある……」
桐山会長が絞り出すように言った。その苦い表情につい吹き出しそうになったけれど、なんとか咳払いでごまかす。
と、中村くんが「そういえば」と口を開いた。
「あの先生、普通にしゃべれたんですね」
「……?」
相変わらず唐突だ。頭上にクエスチョンマークが浮かんでしまう。
「普通に、って?」
輝が尋ねると、中村くんは「ほら」と入り口のドアの方を振り返った。さっき、篠田先生が出て行ったドアだ。
「始業式の時なんて、息をするみたいに『えー』って挟んでたじゃないですか」
「……!」
私は思わず目を見開いた。あの「えー」、中村くんも気になっていたのか。一方、輝は「そうだっけ?」と首を傾げている。
これはもしかして、中村くんと私だけが男子小学生のメンタルを備えているという証なのだろうか。高校生にもなれば、集会での連絡事項なんて要点さえ把握できていればそれで十分だ。一言一句しっかり聞き取る必要なんてない。なのに連発される「えー」が気になってしまうのは──…。
「……多分だけど、無言の抵抗だったんじゃない? まあ、『えー』って言ってるから厳密には無言ではないけど」
私は中村くんに向き直り、小声で言った。
何か言外の含意を感じたから──であってほしい。決して、精神年齢が幼いからではなく。
「つまり、すっとは言いたくなかったってことですか? だとしたら伝わらなすぎません?」
「それはそう」
もちろん、真相は篠田先生本人にしかわからない。けれど先ほどの彼の言動を鑑みる限り、なきにしもあらずという気がするのだった。
とりあえず、合唱祭は開催できることになった。もちろん、保護者会の会長たる山名さんのお母さんの舌鋒を前に中止命令を強行できる教頭先生ではないとは思っていたけれど、それでも実際に学校側の判断を聞かされるまではやはり不安だったのだ。でもこれで、今度こそ合唱祭の開催は確定といえると思う。
この一件をひたすらややこしくした張本人とも言うべき教頭先生は姿を現さず、すべてを教務主任の篠田先生に押しつけていったのはさすがに気に入らないけれど、あの先生の性格というか、これまでの言動から考えればさもありなんという感じだ。
「……って、ちょっと! なんで黙ってるのよ。むしろ歓声を上げる場面でしょ!」
この変な空気に耐えかねたらしい輝が声を上げる。
けれどかといってそこで素直に歓声があがるわけもない。代わりに答えたのは乾だった。
「いや、まあそれはそうなんだけど……歓声というよりはため息の気分なんだよな。歓喜っていうより安堵っていうか」
言い終わるやいなや思い切り伸びをしている。
実を言えば、私の感覚も乾に近い。よかった、ようやくこれで……というような。輝の手前、もちろん黙っているけれど。
輝はそんな乾に一瞥をくれてから、生徒会室の面々をぐるりと見渡した。
「まったく……なんっか辛気くさいのよね。……ほら、全員起立!」
もともと立っていた桐山会長や新垣くん──輝や私もだけれど──を除いた面々がそれぞれ顔を見合わせながら立ち上がる。
「いやお前、それ絶対執行部のテンションじゃないぞ」
乾が呆れ気味に指摘するが、輝はどこ吹く風だ。
「だったらなおさら、たまには経験しといたっていいんじゃない? 日頃は常に中立を強いられてる立場なんだし」
「別に強いられてるわけじゃない」
桐山会長がほんのりと反論する。否定するのがその部分ということは、どうやら輝の発案を拒むつもりはないらしい。
「え、えっと……何を……」
河野さんがおずおずと尋ねると、輝はいたずらぽく笑った。
「行事前に士気を挙げる儀式っていったら、あれしかないでしょ」
そう言って両腕を広げる。と、そんな輝と目が合った。その目が「ほら、早く」と言わんばかりに輝く。仕方ない──私は輝の隣まで移動し、その右腕に左腕を重ねた。
「ったく、しゃあねえな」
私の右側には乾が、その隣には新垣くんが、そして桐山会長、河野さんと輪ができていく。生徒会室内の机や椅子を避けながらなので若干窮屈ではあるけれど。
「……で、音頭は?」
乾が輝を見て言うと、当の輝は桐山会長の方に視線を向けた。
「生徒会長がやればいいんじゃない?」
「絶対に嫌だ」
にべもない──まあ、予想通りの反応ではある。
輝もそう思ったのか、特に反応することもなく隣の新垣くんへと視線を移した。
「じゃあ委員長?」
桐山会長の次は自分にお鉢が回ってくることを、新垣くんはわかっていたようだ。「牧村さんがいいと思うな」と苦笑している。
「えっ、私?」
予想外だったのか、輝はぱちくりと目を瞬いている。
「言い出しっぺが責任とれってことだよ」
乾が言うと、輝は「私でいいなら喜んで」と右手を挙げた。
それから、「じゃあ、いきます!」と宣言し、私と肩を組み直す。
「──合唱祭、絶対成功させるぞっ!」
演劇部時代に鍛えられた芯のある声に続けて、「オーッ!」と全員の声が重なる。
不思議だけれど、普段はほとんど接点のないようなメンバーでも、「せーの」とタイミングを示し合わせなくても、ちゃんとこの一声は揃うのだ。そしてこのたった一声が揃うだけで、これまた不思議なほどの連帯感が生まれる──少なくとも、生まれたような気になる。
「こんな……ベタにもほどがある……」
桐山会長が絞り出すように言った。その苦い表情につい吹き出しそうになったけれど、なんとか咳払いでごまかす。
と、中村くんが「そういえば」と口を開いた。
「あの先生、普通にしゃべれたんですね」
「……?」
相変わらず唐突だ。頭上にクエスチョンマークが浮かんでしまう。
「普通に、って?」
輝が尋ねると、中村くんは「ほら」と入り口のドアの方を振り返った。さっき、篠田先生が出て行ったドアだ。
「始業式の時なんて、息をするみたいに『えー』って挟んでたじゃないですか」
「……!」
私は思わず目を見開いた。あの「えー」、中村くんも気になっていたのか。一方、輝は「そうだっけ?」と首を傾げている。
これはもしかして、中村くんと私だけが男子小学生のメンタルを備えているという証なのだろうか。高校生にもなれば、集会での連絡事項なんて要点さえ把握できていればそれで十分だ。一言一句しっかり聞き取る必要なんてない。なのに連発される「えー」が気になってしまうのは──…。
「……多分だけど、無言の抵抗だったんじゃない? まあ、『えー』って言ってるから厳密には無言ではないけど」
私は中村くんに向き直り、小声で言った。
何か言外の含意を感じたから──であってほしい。決して、精神年齢が幼いからではなく。
「つまり、すっとは言いたくなかったってことですか? だとしたら伝わらなすぎません?」
「それはそう」
もちろん、真相は篠田先生本人にしかわからない。けれど先ほどの彼の言動を鑑みる限り、なきにしもあらずという気がするのだった。
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