この歌声が届くまで

蒼村 咲

文字の大きさ
48 / 55
10月3日 金曜日

第48話 ベタすぎる儀式

しおりを挟む
 篠田先生を見送ったあとの生徒会室を、なんとも言えない妙な空気が満たす。
 とりあえず、合唱祭は開催できることになった。もちろん、保護者会の会長たる山名さんのお母さんの舌鋒を前に中止命令を強行できる教頭先生ではないとは思っていたけれど、それでも実際に学校側の判断を聞かされるまではやはり不安だったのだ。でもこれで、今度こそ合唱祭の開催は確定といえると思う。
  この一件をひたすらややこしくした張本人とも言うべき教頭先生は姿を現さず、すべてを教務主任の篠田先生に押しつけていったのはさすがに気に入らないけれど、あの先生の性格というか、これまでの言動から考えればさもありなんという感じだ。

「……って、ちょっと! なんで黙ってるのよ。むしろ歓声を上げる場面でしょ!」

 この変な空気に耐えかねたらしい輝が声を上げる。
 けれどかといってそこで素直に歓声があがるわけもない。代わりに答えたのは乾だった。

「いや、まあそれはそうなんだけど……歓声というよりはため息の気分なんだよな。歓喜っていうより安堵っていうか」

 言い終わるやいなや思い切り伸びをしている。
 実を言えば、私の感覚も乾に近い。よかった、ようやくこれで……というような。輝の手前、もちろん黙っているけれど。
 輝はそんな乾に一瞥をくれてから、生徒会室の面々をぐるりと見渡した。

「まったく……なんっか辛気くさいのよね。……ほら、全員起立!」

 もともと立っていた桐山会長や新垣くん──輝や私もだけれど──を除いた面々がそれぞれ顔を見合わせながら立ち上がる。

「いやお前、それ絶対執行部のテンションじゃないぞ」

 乾が呆れ気味に指摘するが、輝はどこ吹く風だ。

「だったらなおさら、たまには経験しといたっていいんじゃない? 日頃は常に中立を強いられてる立場なんだし」

「別に強いられてるわけじゃない」

 桐山会長がほんのりと反論する。否定するのがその部分ということは、どうやら輝の発案を拒むつもりはないらしい。

「え、えっと……何を……」

 河野さんがおずおずと尋ねると、輝はいたずらぽく笑った。

「行事前に士気を挙げる儀式っていったら、あれしかないでしょ」

 そう言って両腕を広げる。と、そんな輝と目が合った。その目が「ほら、早く」と言わんばかりに輝く。仕方ない──私は輝の隣まで移動し、その右腕に左腕を重ねた。

「ったく、しゃあねえな」

 私の右側には乾が、その隣には新垣くんが、そして桐山会長、河野さんと輪ができていく。生徒会室内の机や椅子を避けながらなので若干窮屈ではあるけれど。

「……で、音頭は?」

 乾が輝を見て言うと、当の輝は桐山会長の方に視線を向けた。

「生徒会長がやればいいんじゃない?」

「絶対に嫌だ」

 にべもない──まあ、予想通りの反応ではある。
 輝もそう思ったのか、特に反応することもなく隣の新垣くんへと視線を移した。

「じゃあ委員長?」

 桐山会長の次は自分にお鉢が回ってくることを、新垣くんはわかっていたようだ。「牧村さんがいいと思うな」と苦笑している。

「えっ、私?」

 予想外だったのか、輝はぱちくりと目を瞬いている。

「言い出しっぺが責任とれってことだよ」

 乾が言うと、輝は「私でいいなら喜んで」と右手を挙げた。
 それから、「じゃあ、いきます!」と宣言し、私と肩を組み直す。

「──合唱祭、絶対成功させるぞっ!」

 演劇部時代に鍛えられた芯のある声に続けて、「オーッ!」と全員の声が重なる。
 不思議だけれど、普段はほとんど接点のないようなメンバーでも、「せーの」とタイミングを示し合わせなくても、ちゃんとこの一声は揃うのだ。そしてこのたった一声が揃うだけで、これまた不思議なほどの連帯感が生まれる──少なくとも、生まれたような気になる。

「こんな……ベタにもほどがある……」

 桐山会長が絞り出すように言った。その苦い表情につい吹き出しそうになったけれど、なんとか咳払いでごまかす。
 と、中村くんが「そういえば」と口を開いた。

「あの先生、普通にしゃべれたんですね」

「……?」

 相変わらず唐突だ。頭上にクエスチョンマークが浮かんでしまう。

「普通に、って?」

 輝が尋ねると、中村くんは「ほら」と入り口のドアの方を振り返った。さっき、篠田先生が出て行ったドアだ。

「始業式の時なんて、息をするみたいに『えー』って挟んでたじゃないですか」

「……!」

 私は思わず目を見開いた。あの「えー」、中村くんも気になっていたのか。一方、輝は「そうだっけ?」と首を傾げている。
 これはもしかして、中村くんと私だけが男子小学生のメンタルを備えているという証なのだろうか。高校生にもなれば、集会での連絡事項なんて要点さえ把握できていればそれで十分だ。一言一句しっかり聞き取る必要なんてない。なのに連発される「えー」が気になってしまうのは──…。

「……多分だけど、無言の抵抗だったんじゃない? まあ、『えー』って言ってるから厳密には無言ではないけど」

 私は中村くんに向き直り、小声で言った。
 何か言外の含意を感じたから──であってほしい。決して、精神年齢が幼いからではなく。

「つまり、すっとは言いたくなかったってことですか? だとしたら伝わらなすぎません?」

「それはそう」

 もちろん、真相は篠田先生本人にしかわからない。けれど先ほどの彼の言動を鑑みる限り、なきにしもあらずという気がするのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...