この歌声が届くまで

蒼村 咲

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10月6日 月曜日

Epilogue(1)-解散式

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「──さて」

 週が明けて月曜日。放課後。
 私たち合唱祭実行委員会は中庭に集まっていた。そう、あの放課後に合唱祭参加希望者を集めた、あの中庭だ。
 委員長である新垣くんは、今年度の合唱祭実行委員会最後のミーティングの会場として、教室ではなくここを指定した。なかなか粋だと思う。

「まずは何よりも、先週の合唱祭、そしてそれまでのあらゆる活動も含めて、お疲れ様でした」

 新垣くんはそう言って、メンバーの顔を見渡した。

「本当にいろいろあったけど、皆さんのおかげで無事に合唱祭を終えることができました。合唱祭実行委員会委員長として、まずはお礼を言わせてください。本当にありがとう」

 軽く頭を下げた新垣くんに、私たちはパラパラと拍手を送った。

「とはいっても」

 そう口を開いた乾に、みんなの視線が集中する。

「一番はお前だろ。お疲れ」

 ぽん、と肩を叩かれた新垣くんは驚きからか軽く目を見開き、それからゆっくりと首を振った。

「僕は何も。ここにいるみんなの力があったからあそこまでできたんだよ」

 あくまでも謙虚なところが新垣くんらしい。

「だ・か・ら、その『みんな』に委員長自身も含まれてるってことでしょ」

 軽やかな輝の言葉に、乾も「そういうこと」と頷いている。

「……うん。ありがとう」

 控えめながらも頷く新垣くんを、私たちは穏やかな気持ちで見つめた。

「これで、このメンバーで集まるのも最後なのね」

 山名さんがしみじみと言う。そうだ。合唱祭は終わり、合唱祭実行委員会の仕事はなくなった。今日ここに集まったのは、言ってみれば解散式のためだった。意識した途端、寂しさが胸に迫ってくる。

「それじゃあ、委員長を胴上げでもする?」

 輝がいつものいたずっぽい顔で言った。

「いや、それはやめようか。本当に」

 当の新垣くんがぎょっとして顔を引きつらせている隣で、輝は「冗談よ」と笑っている。
 あの品行方正を絵に描いたような新垣くんが輝のテンポの餌食になっているのが、気の毒ながらも可笑しい。今年の合唱祭実行委員会のメンバーは、本当に個性派揃いだったなと思う。

(今年……か)

 私たち三年は、あと半年もしないうちに卒業してしまう。そうしたら今度こそ完全に部外者だ。

「……来年はどうなるんだろう」

 思ったことが、気づけば口に出てしまっていた。どうなるとしても、どうすることもできない立場になるというのに。

「そりゃあ、来年もやってみせますよ!」

 力強く言い切ったのは中村くんだった。それを補うように、塚本くんが言葉を継ぐ。

「というか、完全復活させようと思っています」

「三大行事の座奪還ですよ」

 中村くんは三本指を立てている。

「それじゃあ、二人は来年も合唱祭実行委員に?」

 新垣くんが尋ねると、二人は「もちろんです」と頷いた。

「私は美術部の部長になるのが決まったので、来年は一般参加です」

 真紀ちゃんがそう言ったことで、みんなの意識が自然と湯浅くんに向く。

「俺は……気が向いたら?」

 なんとも彼らしい答えだけれど、塚本くんに小声で「マイペース野郎め」と小突かれているのが見えた。なんだかこの二人も、以前より親しくなっている気がする。

「厳格な決まりがあるわけでは決してないんだけど、慣例として委員長は前年度の委員経験者から選出してるんだ」

 新垣くんが言った。意識したことがなかったけれど、言われてみれば去年委員長だった先輩もそうだったかもしれない。

「新垣先輩も去年から引き続きですもんね」

 塚本くんの言葉に、新垣くんが頷く。

「去年の先輩から委員長に指名されてね」

「指名!?」

 知らない情報が飛び込んできたことで、私は思わず声を上げてしまった。

「あれ? 知らなかった?」

 新垣くんが首を傾げている。

「全然知らなかった……」

 つぶやきながら、私も一応去年から実行委員会にいるんですが、と思う。もちろん委員長なんて柄ではないし、万が一何かまかり間違って委員長に指名されたりしたら全力で遠慮するのだけれど。

「指名も伝統なんですか?」

「いや、全然」

 中村くんの疑問に、乾が首を振って答える。

「指名って言っても、一つ上の代の先輩に『新垣くんがいいんじゃない?』って言われて、じゃそうするかってなったって程度の話だよ」

 私のどこか知らないところで、そんな会話があったらしい。
 実際新垣くんは非常に優秀な委員長だったし、去年の先輩の人選はこの上なく的確だったわけで。何も文句はないはずなのに、なんだろう、この蚊帳の外感は。

「二人で話し合って決めればいいと思うよ」

 新垣くんが言うと、中村くんと塚本くんは互いに顔を見合わせた。

「せっかくなので指名してください」

 そう言った中村くんの隣で、塚本くんも頷いている。

「僕が?」と軽く目を見開く新垣くんに、二人は「はい」と頷く。

「じゃあ……」

 新垣くんはしばらく考え、そして二人に視線を戻す。

「──中村くん」

 新垣くんが選んだのは中村くんだった。私は表情には出さずに、心の中だけでおお、と思う。

「あ、俺ですか?」

 本人にとっても意外だったのか、中村くんは自分を指さしながら目を瞬いている。

「うん。指名なんてたいそうなものじゃなくあくまで提案みたいなものだから、採用する必要も全くないけどね」

 新垣くんはそう言って肩をすくめたけれど、塚本くんが「いや」と声を上げた。

「僕も中村がいいと思います」

 対立候補たる塚本くんがそう言ったことで、来年度の合唱祭実行委員会の委員長は中村くんに決まった。
 今年の委員長がザ・優等生な新垣くんだったのもあって、自由奔放というかマイペースというか、とにかく飄々としている中村くんが委員長という発想は、あまりなかったのが正直なところだ。
 けれどそうだ、パフォーマーとしては中村くんに軍配が上がるかもしれない。なんたってあの昼休みの寸劇をやってのけた中村くんなのだから。

「僕としては、木崎先輩みたいなポジションを目指そうと思ってます」

「えっ」

 思わぬタイミングで自分の名前が聞こえてきて、私は思わず目を見開いた。

「なーんでそこで挙がるのが仮にも副委員長の俺の名前じゃないかねえ?」

 乾が呆れたように眉を上げる。本気ではなくポーズなのがみんなわかっているので、私たちは軽く笑い声を上げた。
 というか、私みたいなポジションって一体何なんだ。そう思って振り返ると、塚本くんは意味ありげに口角を上げた。

「来年は以前みたいに父兄参加も可にしたいですね」

 中村くんが、いつもののんびりした調子で言う。

「なかなか大きく出たね」

 新垣くんのその言葉は、今年の状況から実現可能性を考えて出たものなのかもしれない。けれど中村くんは事もなげに言った。

「そうすれば先輩たちにも聴きに来てもらえるじゃないですか」

「えーっ、うちらのためなの!?」

 輝が感激の声を上げる。もし中村くんが女の子だったら、間違いなく抱きつかれていていただろう。

「良い後輩をもったもんだよなあ」

 しみじみと言う乾に、山名さんと私とでうんうんと頷く。

「えっと、それで……」

 後輩たちが何やら意味ありげな視線を交わし始めた。

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