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10月6日 月曜日
Epilogue(4)-写真と記憶と香る花
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「あ、委員長! データ送ってよ!」
桐山会長の姿が見えなくなるなり、輝がはしゃいだ声を上げる。
「あ、うん。ちょっと待ってね……」
新垣くんは頷いてスマホを操作しはじめたが、ほどなくしてその目がはっと見開かれた。
「? どうした?」
乾が新垣くんの手元をのぞき込む。新垣くんはそれには答えずに、ゆっくりと顔を上げた。
「……桐山くんには、できないことってないのかもしれない……」
新垣くんのそんな発言に、みんな頭上にクエスチョンマークを浮かべる。たしかに、桐山会長というのは「完全無欠」を具現化したような人物ではあるけれど。
「ちょっと見て」
そう言って新垣くんが画面いっぱいに表示させたのは、さっき撮ってもらったとおぼしき集合写真だった。
「ああ、うん。たしかによく撮れてると思うけど」
みんなきちんと画面に収まっているし、誰かが目をつぶってしまっていたり半目になってしまっていたりということもなさそうだ。が、言い方は良くないものの、それだけだ。新垣くんにああまで言わしめるほどの何かがあるようには思えない。
それは一緒にのぞき込んだほかのみんなも同じだったようで、私たちはその微妙な感想を、なんとなく空気で共有した。もちろん、その中には新垣くんも含まれている。彼は「だよね」とでも言うように頷いた後、「見てほしいのはここからなんだ」と画面をスワイプした。
「え! すごい」
「わ、超いいじゃん」
「やばい、みんないい顔!」
「これは……いいわ」
みんなが口々に賞賛する。私自身「わあ……!」と感嘆の声を漏らしてしまった。
というのも、先ほどの集合写真の真面目な雰囲気からは一転して、くだけた表情で笑い合う私たちが収められた一枚だったのだ。画面を通して楽しげな雰囲気が伝わってくる。
「え、待って、じゃあこれ撮るためにわざと『僕を何だと思っている』とかって笑わせてきたの!?」
「いやいくらなんでも策士すぎるだろ」
本当に。そういえばあのときもすぐにスマホを構え直していた。あれは急かしていたのではなく実際に撮っていたのだ。
「……それがね、これだけじゃないんだよ」
そう言って、新垣くんがさらに画面を切り替え、次々と別の写真を表示させる。
「え、何これやば」
「すごーい!」
「いつの間にこんな……てか上手すぎません?」
「怖い、もはや怖いんだけど」
みんなの感想それぞれに共感せずにはいられない。私も気づけば「一体何者なのあの人……」とつぶやいていた。
「女子だけで撮ろうよ!」と三年女子たちが真紀ちゃんを引っ張り込んでいるところに、中村くんが手を挙げてカメラマンをしてくれているところ、新垣くんと乾が談笑しているところに、私たちの写真を撮ってくれた後なのだろうか、塚本くんと湯浅くんが小突き合いをしているところ、そんなワイワイした様子を、少し離れたところから眺めているような写真もある。
そしてそのどれもが、アルバムの一ページを飾れそうな自然体の写真なのだ。構図や遠近感、背景のぼかし具合も見事で、スマホ標準装備のカメラの機能を使いこなしているとともに、もともとのセンスもうかがえる。
「もうそれ全部ちょうだい、全部」
顔を上気させて言う輝に、新垣くんが「もちろん」と頷く。
「せっかくだからアルバム作ってアップするよ」
彼の言う「アルバム」というのは、メッセージアプリのグループメンバーが画像を閲覧したり追加したりできる共有のフォルダのことだ。
「さっき女子組で撮ってもらったやつも一緒に上げたらいいんじゃない?」
私が言うと、輝も「いいね、そうしよ!」と頷きスマホに目を向けた。
と、塚本くんから返してもらった時から手に持ったままだったスマホが振動する。見れば画面に「合唱祭実行委員会:アルバム“解散式”が作成されました」という通知が表示されていた。
なんだか、仕事の早さがいかにも新垣くんだと思う。そういえばあの始業式の日にも似たようなことを思ったっけ。
すべての始まりだったように思えるあの日──こんな未来を迎えられるなんて想像もできなかったあの日。
私はスマホのロックを解除して、新垣くんが作ってくれたアルバムを開く。そして開いた一枚の画像──画面いっぱいに表示された自分たちの姿を見て、私は唐突に「記念写真」の意味を理解した。
私たちの人生は長い。これからもきっと、多くの出会いやいろんな経験が待っている。大きなものも小さなものも、良いものも悪いものも。けれどどんなに努力しようとも、それを全て覚えておくことは不可能だ。
どんなに大切で忘れたくない思い出や記憶でも、時が経てば薄れ色あせていってしまう。思いをはせる頻度がどんどん減って、最後には思い出さなくなってしまう。
そしてきっとその頃には、思い出せなくなったことにすら気づけない。
でもそんなとき、たった一枚でもいい、写真があれば。
写真に映った景色がかつて目にした景色とリンクして、大切な記憶を思い出す手がかりになる。記憶の湖の奥底深くに沈んでしまった思い出を、再び引き揚げる糸になる。
これから先、進学したり就職したりして環境ががらりと変わったら。
私はきっと新しい環境に慣れることでいっぱいいっぱいになってしまうと思う。あるいは、新しい環境に夢中になりすぎて、文字通り「今」しか見えなくなってしまうかもしれない。
こんなにかけがえのない日々のことも、思い出さなくなってしまうかもしれない。
けれどそのまま全て忘れてしまうのは、この日々のことをこんなにも大切に思っている今の私への裏切りだと思う。
私は再び、集合写真が表示された画面に目を落とした。
何年経っても、いくつになっても、今日のこの写真を一目見れば、合唱祭実行委員として過ごしたとてつもなく濃い二カ月を、瞬く間に思い出せるだろう。
合唱祭が突然奪われてしまった絶望から始まり、わけもわからないまま奔走していた時の不安や焦燥も、いろんな人が影から日向から差し伸べてくれた手の温かさも、ステージから見たキラキラの景色も、迫り来る終わりに胸が締め付けられる切なさも。
そしてそれら全部が尊いものだったことも、きっと思い出せると思う。
ひょっとしたらこういう考え方は、過去にしがみついているだとか、思い出にすがりついているだとか、あまり良いふうには受け取られないこともあるのかもしれない。
(……それでも)
私にとっては、ただ大切な記憶をただ忘れずに持っている──それだけのことだから。
私はいったん写真を閉じ、新垣くんが作ってくれたアルバムの編集画面を開く。そしてさっき塚本くんに撮ってもらった写真を追加すると、大きく息をついた。
その反動か、腕に抱えた花束からふわりと香りが立ち上る。
(ずっと……覚えていよう)
こんなにも愛しいこの日々のことを。それから、忘れたくないと思ったこの気持ちも。そして、鼻腔を優しく撫でたこの香りも。
-END-
桐山会長の姿が見えなくなるなり、輝がはしゃいだ声を上げる。
「あ、うん。ちょっと待ってね……」
新垣くんは頷いてスマホを操作しはじめたが、ほどなくしてその目がはっと見開かれた。
「? どうした?」
乾が新垣くんの手元をのぞき込む。新垣くんはそれには答えずに、ゆっくりと顔を上げた。
「……桐山くんには、できないことってないのかもしれない……」
新垣くんのそんな発言に、みんな頭上にクエスチョンマークを浮かべる。たしかに、桐山会長というのは「完全無欠」を具現化したような人物ではあるけれど。
「ちょっと見て」
そう言って新垣くんが画面いっぱいに表示させたのは、さっき撮ってもらったとおぼしき集合写真だった。
「ああ、うん。たしかによく撮れてると思うけど」
みんなきちんと画面に収まっているし、誰かが目をつぶってしまっていたり半目になってしまっていたりということもなさそうだ。が、言い方は良くないものの、それだけだ。新垣くんにああまで言わしめるほどの何かがあるようには思えない。
それは一緒にのぞき込んだほかのみんなも同じだったようで、私たちはその微妙な感想を、なんとなく空気で共有した。もちろん、その中には新垣くんも含まれている。彼は「だよね」とでも言うように頷いた後、「見てほしいのはここからなんだ」と画面をスワイプした。
「え! すごい」
「わ、超いいじゃん」
「やばい、みんないい顔!」
「これは……いいわ」
みんなが口々に賞賛する。私自身「わあ……!」と感嘆の声を漏らしてしまった。
というのも、先ほどの集合写真の真面目な雰囲気からは一転して、くだけた表情で笑い合う私たちが収められた一枚だったのだ。画面を通して楽しげな雰囲気が伝わってくる。
「え、待って、じゃあこれ撮るためにわざと『僕を何だと思っている』とかって笑わせてきたの!?」
「いやいくらなんでも策士すぎるだろ」
本当に。そういえばあのときもすぐにスマホを構え直していた。あれは急かしていたのではなく実際に撮っていたのだ。
「……それがね、これだけじゃないんだよ」
そう言って、新垣くんがさらに画面を切り替え、次々と別の写真を表示させる。
「え、何これやば」
「すごーい!」
「いつの間にこんな……てか上手すぎません?」
「怖い、もはや怖いんだけど」
みんなの感想それぞれに共感せずにはいられない。私も気づけば「一体何者なのあの人……」とつぶやいていた。
「女子だけで撮ろうよ!」と三年女子たちが真紀ちゃんを引っ張り込んでいるところに、中村くんが手を挙げてカメラマンをしてくれているところ、新垣くんと乾が談笑しているところに、私たちの写真を撮ってくれた後なのだろうか、塚本くんと湯浅くんが小突き合いをしているところ、そんなワイワイした様子を、少し離れたところから眺めているような写真もある。
そしてそのどれもが、アルバムの一ページを飾れそうな自然体の写真なのだ。構図や遠近感、背景のぼかし具合も見事で、スマホ標準装備のカメラの機能を使いこなしているとともに、もともとのセンスもうかがえる。
「もうそれ全部ちょうだい、全部」
顔を上気させて言う輝に、新垣くんが「もちろん」と頷く。
「せっかくだからアルバム作ってアップするよ」
彼の言う「アルバム」というのは、メッセージアプリのグループメンバーが画像を閲覧したり追加したりできる共有のフォルダのことだ。
「さっき女子組で撮ってもらったやつも一緒に上げたらいいんじゃない?」
私が言うと、輝も「いいね、そうしよ!」と頷きスマホに目を向けた。
と、塚本くんから返してもらった時から手に持ったままだったスマホが振動する。見れば画面に「合唱祭実行委員会:アルバム“解散式”が作成されました」という通知が表示されていた。
なんだか、仕事の早さがいかにも新垣くんだと思う。そういえばあの始業式の日にも似たようなことを思ったっけ。
すべての始まりだったように思えるあの日──こんな未来を迎えられるなんて想像もできなかったあの日。
私はスマホのロックを解除して、新垣くんが作ってくれたアルバムを開く。そして開いた一枚の画像──画面いっぱいに表示された自分たちの姿を見て、私は唐突に「記念写真」の意味を理解した。
私たちの人生は長い。これからもきっと、多くの出会いやいろんな経験が待っている。大きなものも小さなものも、良いものも悪いものも。けれどどんなに努力しようとも、それを全て覚えておくことは不可能だ。
どんなに大切で忘れたくない思い出や記憶でも、時が経てば薄れ色あせていってしまう。思いをはせる頻度がどんどん減って、最後には思い出さなくなってしまう。
そしてきっとその頃には、思い出せなくなったことにすら気づけない。
でもそんなとき、たった一枚でもいい、写真があれば。
写真に映った景色がかつて目にした景色とリンクして、大切な記憶を思い出す手がかりになる。記憶の湖の奥底深くに沈んでしまった思い出を、再び引き揚げる糸になる。
これから先、進学したり就職したりして環境ががらりと変わったら。
私はきっと新しい環境に慣れることでいっぱいいっぱいになってしまうと思う。あるいは、新しい環境に夢中になりすぎて、文字通り「今」しか見えなくなってしまうかもしれない。
こんなにかけがえのない日々のことも、思い出さなくなってしまうかもしれない。
けれどそのまま全て忘れてしまうのは、この日々のことをこんなにも大切に思っている今の私への裏切りだと思う。
私は再び、集合写真が表示された画面に目を落とした。
何年経っても、いくつになっても、今日のこの写真を一目見れば、合唱祭実行委員として過ごしたとてつもなく濃い二カ月を、瞬く間に思い出せるだろう。
合唱祭が突然奪われてしまった絶望から始まり、わけもわからないまま奔走していた時の不安や焦燥も、いろんな人が影から日向から差し伸べてくれた手の温かさも、ステージから見たキラキラの景色も、迫り来る終わりに胸が締め付けられる切なさも。
そしてそれら全部が尊いものだったことも、きっと思い出せると思う。
ひょっとしたらこういう考え方は、過去にしがみついているだとか、思い出にすがりついているだとか、あまり良いふうには受け取られないこともあるのかもしれない。
(……それでも)
私にとっては、ただ大切な記憶をただ忘れずに持っている──それだけのことだから。
私はいったん写真を閉じ、新垣くんが作ってくれたアルバムの編集画面を開く。そしてさっき塚本くんに撮ってもらった写真を追加すると、大きく息をついた。
その反動か、腕に抱えた花束からふわりと香りが立ち上る。
(ずっと……覚えていよう)
こんなにも愛しいこの日々のことを。それから、忘れたくないと思ったこの気持ちも。そして、鼻腔を優しく撫でたこの香りも。
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