54 / 219
◆ 一章四話 望みの鎖 * 元治元年 六~七月
もう一人の同い年
しおりを挟む
「――あ、斎藤。お帰りー」
道場から部屋に戻った時、思いがけぬ声に迎えられて斎藤は目を瞬かせた。
室内に座していたのは、同室の沖田ではなく「山南を飲みに誘う」と言って道場を出た藤堂だったのだ。
「総司なら、さっき土方さんとこ行くって部屋出てったよ」
「はぁ……そうですか」
明るく報告されるものの、斎藤は戸惑いを隠せず、敷居をまたいだところで足を止める。
「……沖田さんに用だったんですか?」
「んーにゃ。お前とちょっと話がしたかった」
あぐらをかいていた藤堂は、よいせと両腕を振りながら勢いづけて立ち上がった。訝る斎藤の目の前まで歩いてくると、わずかに低い位置から覗き込むように見上げてくる。
斎藤は軽く身を引いて、困惑に眉根を寄せた。
――互いに同い年ではあるが、試衛館時代から、斎藤は藤堂と二人きりになったことなど数えるほどしかない。元来の性格が違いすぎるためだ。寡黙で賑わいを敬遠する斎藤と違い、藤堂はいつも元気で爛漫としている。
沖田も斎藤とは違い、賑わいを好む性質ではあるが……仮に沖田が賑わいを外から眺めるのが好きな性質だとすれば、藤堂は賑わいの中にいるのが好きな性質であり、要は斎藤にとって藤堂は苦手な部類なのだった。
「話……ですか」
そんな相手に突然、二人きりで「話がある」と言われれば、戸惑うなと言うほうが難しいだろう。
しかし藤堂は普段通りの様子で、むしろ斎藤の態度に苦笑して、クセの強い髪を指先でいじった。髪に編み込んである洒落た赤い紐が、指の動きにあわせて艶やかに揺れる。
考えるような間を置いてから、藤堂はほとんど独り言のように呟きを漏らした。
「オレはさー。腕っ節とか、冷静なとことか、結構お前のこと尊敬してたり、まぁもっと端的に言えば割と好きなんだけど」
「はあ……それは、どうも」
「だから、どうしても言いたくて」
藤堂は一旦言葉を切ると、指先で髪を払い、寂しげに目尻を下げてはっきりと言った。
「あのね。お前が死んだら、オレ、泣くよ?」
明るく、しかし真摯に告げられた言葉に、斎藤は絶句した。
瞬きさえ忘れて藤堂を凝視していると、藤堂は少しばかり照れたようにあごを引き、額の傷を手持ち無沙汰にそっとなぞる。
「えーっと……ごめんね。要するにオレ、昨日のお前と松平とのやり取りを、実は割としっかり聞いてたわけでして」
「は……?」
「いや、だって……お前ら完全に何も考えてなかっただろうけど、ていうか遅れを取り戻すためにコッソリ腕立てとかやって障子閉めてたオレも悪いのかもしんないけど……お前らが口論してたの、オレらの部屋の真ん前だからね?」
軽くめまいがした。言われればそうだと気付くものの、それこそ今更の話で、一瞬にして全身から血の気が引いていく。
「あっ、聞いた話のこと、別にハチとか左之っちゃんには言ってないから! あの時、部屋にいたのオレだけだったし」
藤堂は慌てたように顔の前で手を振った。
が、そういうことではなくて。
斎藤は思考を巡らせて、昨日のことを思い返した。
――葛のことを口にしたのは覚えている。が、それ以外はどうだ。会津の間者であることや、それをにおわせるようなことは、口走っただろうか。
必死に記憶をなぞっていき――
何も、言っていないはず。
結論にたどり着いて、思わず深く嘆息した。
しかし冷静になれば、もしそのようなことを口走っていればそもそも藤堂が何よりまずそこを突いてくるだろうと考えが至り、余計に脱力してしまう。
……動揺しすぎだ。
自分に舌打ちをしたくなり、片手で額を覆ってもう一度深く嘆息する。
「わーっ、あの、えっと、ごめんって! 結果的に盗み聞きになっちゃって悪かったって反省してます!」
藤堂は見当違いのところで焦っていたが、逆にそれがありがたくもあった。仲がいいわけではないが、さすがに付き合いはそれなりの年数になる。藤堂が下手な嘘をつける人間でないことだけは、斎藤も知っていた。
「……いえ、こちらこそお聞き苦しいものを、失礼しました」
溜息交じりに言って改めて視線を上げると、藤堂は空気をかき回すように動かしていた手を止めて、何か煮え切らないような顔をした。
「いや、別に聞き苦しいとは思わなかったけど……そうじゃなくてさ」
「忘れていただけると助かるんですが」
「それは無理だろ!?」
間髪容れず突っ込まれ、斎藤が眉根を寄せると、藤堂も困ったように眉尻を下げた。
「いや、だって……もっかい言うけど、お前が死んだらオレ、泣くよ?」
「……それほど親しいわけでもないのにですか?」
「おお……胸に刺さることをざっくり言うね、お前」
藤堂は胸を押さえて、よろりと一歩後ろに引いた。
「はあ、すみません。ですが……少なくとも、藤堂さんが亡くなっても俺は泣けませんよ」
「そりゃ、お前が死にたがりだからだろうよ」
人のことを言えないざっくりとした物言いで、藤堂は切り返した。
道場から部屋に戻った時、思いがけぬ声に迎えられて斎藤は目を瞬かせた。
室内に座していたのは、同室の沖田ではなく「山南を飲みに誘う」と言って道場を出た藤堂だったのだ。
「総司なら、さっき土方さんとこ行くって部屋出てったよ」
「はぁ……そうですか」
明るく報告されるものの、斎藤は戸惑いを隠せず、敷居をまたいだところで足を止める。
「……沖田さんに用だったんですか?」
「んーにゃ。お前とちょっと話がしたかった」
あぐらをかいていた藤堂は、よいせと両腕を振りながら勢いづけて立ち上がった。訝る斎藤の目の前まで歩いてくると、わずかに低い位置から覗き込むように見上げてくる。
斎藤は軽く身を引いて、困惑に眉根を寄せた。
――互いに同い年ではあるが、試衛館時代から、斎藤は藤堂と二人きりになったことなど数えるほどしかない。元来の性格が違いすぎるためだ。寡黙で賑わいを敬遠する斎藤と違い、藤堂はいつも元気で爛漫としている。
沖田も斎藤とは違い、賑わいを好む性質ではあるが……仮に沖田が賑わいを外から眺めるのが好きな性質だとすれば、藤堂は賑わいの中にいるのが好きな性質であり、要は斎藤にとって藤堂は苦手な部類なのだった。
「話……ですか」
そんな相手に突然、二人きりで「話がある」と言われれば、戸惑うなと言うほうが難しいだろう。
しかし藤堂は普段通りの様子で、むしろ斎藤の態度に苦笑して、クセの強い髪を指先でいじった。髪に編み込んである洒落た赤い紐が、指の動きにあわせて艶やかに揺れる。
考えるような間を置いてから、藤堂はほとんど独り言のように呟きを漏らした。
「オレはさー。腕っ節とか、冷静なとことか、結構お前のこと尊敬してたり、まぁもっと端的に言えば割と好きなんだけど」
「はあ……それは、どうも」
「だから、どうしても言いたくて」
藤堂は一旦言葉を切ると、指先で髪を払い、寂しげに目尻を下げてはっきりと言った。
「あのね。お前が死んだら、オレ、泣くよ?」
明るく、しかし真摯に告げられた言葉に、斎藤は絶句した。
瞬きさえ忘れて藤堂を凝視していると、藤堂は少しばかり照れたようにあごを引き、額の傷を手持ち無沙汰にそっとなぞる。
「えーっと……ごめんね。要するにオレ、昨日のお前と松平とのやり取りを、実は割としっかり聞いてたわけでして」
「は……?」
「いや、だって……お前ら完全に何も考えてなかっただろうけど、ていうか遅れを取り戻すためにコッソリ腕立てとかやって障子閉めてたオレも悪いのかもしんないけど……お前らが口論してたの、オレらの部屋の真ん前だからね?」
軽くめまいがした。言われればそうだと気付くものの、それこそ今更の話で、一瞬にして全身から血の気が引いていく。
「あっ、聞いた話のこと、別にハチとか左之っちゃんには言ってないから! あの時、部屋にいたのオレだけだったし」
藤堂は慌てたように顔の前で手を振った。
が、そういうことではなくて。
斎藤は思考を巡らせて、昨日のことを思い返した。
――葛のことを口にしたのは覚えている。が、それ以外はどうだ。会津の間者であることや、それをにおわせるようなことは、口走っただろうか。
必死に記憶をなぞっていき――
何も、言っていないはず。
結論にたどり着いて、思わず深く嘆息した。
しかし冷静になれば、もしそのようなことを口走っていればそもそも藤堂が何よりまずそこを突いてくるだろうと考えが至り、余計に脱力してしまう。
……動揺しすぎだ。
自分に舌打ちをしたくなり、片手で額を覆ってもう一度深く嘆息する。
「わーっ、あの、えっと、ごめんって! 結果的に盗み聞きになっちゃって悪かったって反省してます!」
藤堂は見当違いのところで焦っていたが、逆にそれがありがたくもあった。仲がいいわけではないが、さすがに付き合いはそれなりの年数になる。藤堂が下手な嘘をつける人間でないことだけは、斎藤も知っていた。
「……いえ、こちらこそお聞き苦しいものを、失礼しました」
溜息交じりに言って改めて視線を上げると、藤堂は空気をかき回すように動かしていた手を止めて、何か煮え切らないような顔をした。
「いや、別に聞き苦しいとは思わなかったけど……そうじゃなくてさ」
「忘れていただけると助かるんですが」
「それは無理だろ!?」
間髪容れず突っ込まれ、斎藤が眉根を寄せると、藤堂も困ったように眉尻を下げた。
「いや、だって……もっかい言うけど、お前が死んだらオレ、泣くよ?」
「……それほど親しいわけでもないのにですか?」
「おお……胸に刺さることをざっくり言うね、お前」
藤堂は胸を押さえて、よろりと一歩後ろに引いた。
「はあ、すみません。ですが……少なくとも、藤堂さんが亡くなっても俺は泣けませんよ」
「そりゃ、お前が死にたがりだからだろうよ」
人のことを言えないざっくりとした物言いで、藤堂は切り返した。
0
あなたにおすすめの小説
改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す
みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための
「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した
航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。
航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。
そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
戦国九州三国志
谷鋭二
歴史・時代
戦国時代九州は、三つの勢力が覇権をかけて激しい争いを繰り返しました。南端の地薩摩(鹿児島)から興った鎌倉以来の名門島津氏、肥前(現在の長崎、佐賀)を基盤にした新興の龍造寺氏、そして島津同様鎌倉以来の名門で豊後(大分県)を中心とする大友家です。この物語ではこの三者の争いを主に大友家を中心に描いていきたいと思います。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる