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◆ 一章六話 揺りの根 * 元治元年 八月
永倉の誘い
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「さーいとーうくぅーん。あーそびーましょー」
八月も半ばの、昼というにはまだ少し早い非番の朝。考え事にも行き詰って散歩にでも出ようかと思っていたところで、いやに間延びした猫なで声が部屋を訪ねてきた。
刀掛けに手を伸ばしかけていた斎藤は、怪訝な視線を開いたままの障子の外に向ける。
「永倉さん……どうかなさったんですか」
「ははっ、お前、俺にも一応そういう遠慮ない顔できるんだな。初めて見たわ」
猫なで声を上げた張本人の永倉は、からからと楽しげに喉を鳴らして首の後ろで手を組んでいた。原田は一緒でなく、一人のようだ。
斎藤はひとまず刀を手に取ると、背筋を伸ばしながら目礼で答える。
「すみません。永倉さんこそ、私にそういう物言いをなさるのが珍しかったので、つい」
「まあ、お前は真面目だから俺も遠慮してる部分はありますわよ。個人的には、もうちょっと打ち解けたいなーとも思ったりしてるけど……そういうの、好きじゃないでしょ」
事も無げに言って、永倉は鋭い猛禽類を思わせる目を細める。
的確な推察だったが、『それをわかった上での先の発言』の意味を図りかねて、斎藤はゆるく首を傾けた。
「……ところで、遊ぶなら沖田さんが適任では?」
敢えて外れた返答をしてみると、
「総司は昼まで稽古番でしょ。いないの知っててお前を誘いに来たんだよ」
永倉は悪戯っぽく笑みを深め、ゆるりと手招きする。
「ちょっと早いけど、一緒に昼飯でも食いに行かない?」
「二人で、ですか」
静かに歩み寄ると、「一緒に行くのは、二人かな」と永倉はあごを上げる。
「嫌かい?」
「……いいえ。喜んで」
言葉に似つかわしくない平坦な声で返してしまったが、
「はは。土方さんがいつも『斎藤は話が早い』って言うの、よくわかるわ」
永倉は気にした様子もなく、満足げに歯を見せてニヤリと笑った。
*-*-*-*-*-*-*-*
滅多にあることでもないが、斎藤にとって永倉と二人で連れ立って歩くというのは特に苦ではなかった。
「蕎麦屋に行こうと思ってるけど、斎藤って蕎麦嫌いじゃなかったよね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「それは何より」
あまり人通りも多くない細道で、必要な会話はあるが、それ以上のやり取りはない。永倉がさほど斎藤を気にせずおいてくれるので、斎藤も必要以上に気を遣うことがなく楽なのだ。歩調だけ互いに合わせておけば、あとは各々で散歩を楽しむようにぶらぶらと進む。
永倉は相手に合わせることが得意な印象が強い。普段の巡察で隣に並ぶ時もそうだった。かといって己の意見を曲げるわけでないので、芯のある大人という評が相応しい気がする。
――だからこそ、この状況はやはり空恐ろしくもあるのだが。
ちらと横目に窺う。秋とは言えないにせよ暑さがやわらぎつつある空気が心地良いのか、永倉は穏やかに目元をたわめて癖のない髪を風に流していた。
「どうかした?」
視線をほんのわずか投げただけなのに、永倉は斎藤に目をくれることもなく訊いた。
「いえ……ままならないものだな、と」
「あー、そう言ってもらえるなら嬉しいよ。やっぱお前も誘って良かった」
からっとした返答だが、その眼光が少し鋭くなる。
――『永倉のこと頼んだ。せめて事が穏便になるよう手を回してもらえねぇか』
いつぞやの土方の言葉が脳裏を巡る。
意思を秘めた永倉の瞳に、果たして穏便に済ませられるだろうかと危ぶまずにいられなかった。
八月も半ばの、昼というにはまだ少し早い非番の朝。考え事にも行き詰って散歩にでも出ようかと思っていたところで、いやに間延びした猫なで声が部屋を訪ねてきた。
刀掛けに手を伸ばしかけていた斎藤は、怪訝な視線を開いたままの障子の外に向ける。
「永倉さん……どうかなさったんですか」
「ははっ、お前、俺にも一応そういう遠慮ない顔できるんだな。初めて見たわ」
猫なで声を上げた張本人の永倉は、からからと楽しげに喉を鳴らして首の後ろで手を組んでいた。原田は一緒でなく、一人のようだ。
斎藤はひとまず刀を手に取ると、背筋を伸ばしながら目礼で答える。
「すみません。永倉さんこそ、私にそういう物言いをなさるのが珍しかったので、つい」
「まあ、お前は真面目だから俺も遠慮してる部分はありますわよ。個人的には、もうちょっと打ち解けたいなーとも思ったりしてるけど……そういうの、好きじゃないでしょ」
事も無げに言って、永倉は鋭い猛禽類を思わせる目を細める。
的確な推察だったが、『それをわかった上での先の発言』の意味を図りかねて、斎藤はゆるく首を傾けた。
「……ところで、遊ぶなら沖田さんが適任では?」
敢えて外れた返答をしてみると、
「総司は昼まで稽古番でしょ。いないの知っててお前を誘いに来たんだよ」
永倉は悪戯っぽく笑みを深め、ゆるりと手招きする。
「ちょっと早いけど、一緒に昼飯でも食いに行かない?」
「二人で、ですか」
静かに歩み寄ると、「一緒に行くのは、二人かな」と永倉はあごを上げる。
「嫌かい?」
「……いいえ。喜んで」
言葉に似つかわしくない平坦な声で返してしまったが、
「はは。土方さんがいつも『斎藤は話が早い』って言うの、よくわかるわ」
永倉は気にした様子もなく、満足げに歯を見せてニヤリと笑った。
*-*-*-*-*-*-*-*
滅多にあることでもないが、斎藤にとって永倉と二人で連れ立って歩くというのは特に苦ではなかった。
「蕎麦屋に行こうと思ってるけど、斎藤って蕎麦嫌いじゃなかったよね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「それは何より」
あまり人通りも多くない細道で、必要な会話はあるが、それ以上のやり取りはない。永倉がさほど斎藤を気にせずおいてくれるので、斎藤も必要以上に気を遣うことがなく楽なのだ。歩調だけ互いに合わせておけば、あとは各々で散歩を楽しむようにぶらぶらと進む。
永倉は相手に合わせることが得意な印象が強い。普段の巡察で隣に並ぶ時もそうだった。かといって己の意見を曲げるわけでないので、芯のある大人という評が相応しい気がする。
――だからこそ、この状況はやはり空恐ろしくもあるのだが。
ちらと横目に窺う。秋とは言えないにせよ暑さがやわらぎつつある空気が心地良いのか、永倉は穏やかに目元をたわめて癖のない髪を風に流していた。
「どうかした?」
視線をほんのわずか投げただけなのに、永倉は斎藤に目をくれることもなく訊いた。
「いえ……ままならないものだな、と」
「あー、そう言ってもらえるなら嬉しいよ。やっぱお前も誘って良かった」
からっとした返答だが、その眼光が少し鋭くなる。
――『永倉のこと頼んだ。せめて事が穏便になるよう手を回してもらえねぇか』
いつぞやの土方の言葉が脳裏を巡る。
意思を秘めた永倉の瞳に、果たして穏便に済ませられるだろうかと危ぶまずにいられなかった。
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