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◆ 一章六話 揺りの根 * 元治元年 八月
いい仲間
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「どうだった? あそこの蕎麦、美味しかったでしょ」
永倉の奢りで昼餉を食べた後、場は解散となって斎藤は再び永倉と二人で京の街を歩いていた。行きとは違って両脇に大店の並ぶ大通りを進んでいると、夏の終わりの空気と、たおやかながらも活気ある商売のやり取りが肌の表面をかすめていく。
「ええ、馳走になりました。京の味は、どうも上品すぎて合わないこともあるのですが」
「でっしょ! あそこ、客に合わせて出汁を調節してくれる気の利いた店でね。俺や左之が行くといつも江戸前風に味付けしてくれるんだよね」
食前の談合など夢か幻だったかのように、何でもない会話を交わして道を行く。
賑やかな街中において違和感のない日常会話だった。だからこそ強い違和を感じずにいられないのに、普段から表情が薄い斎藤は勿論、永倉もおくびにも出さなかった。
鈍い頭痛が止まず、斎藤は歩きながら足元に視線を落とした。
本当にこれで良かったのか、と往生際悪く思案してみる。例えば、ここで建白書を容保に上げず土方に渡せばどうなるだろうか。
しかし、すぐに「やめておいたほうがいい」と自答した。近藤を護るために手段を選ばない土方が采配を握ってしまったら、やはり確実に誰かは腹を切らされる。永倉でなかったとしても、誰かが死ねば結局永倉は新選組を見限り、隊は確実に二分される。建白書を上げる以上の負担が、容保にかかることになるだろう。
どうしたって、今以上に良い手立ては思い浮かばなかった。
視界にある下駄の先に小石が突っかかり、意図せず蹴飛ばす形になった。小石は抗う術もなく、往来の合間を縫って勢い任せに転がっていく。
「……引っ張り込んだ俺が言うのも変な話だけど、あんま気負わなくていいよ、斎藤」
ぽつんと、ぬるい風に溶け込むような呟きが届く。
「お前は真面目だから色々考えちゃうんだろうけど、最悪、全部俺が引き受けるから」
「……それを避けたいと思っているので、そうされるほうが困りますね」
「はーっ、俺いい仲間持ったわぁ」
永倉は茶化して笑うが、どう転んでもすべて受け入れるつもりである、という覚悟しかない瞳で斎藤を見る。斎藤には持ちえない『己』を貫き通さんとする芯のある瞳だった。
――敵うべくもない。斎藤個人でできることなど、結局どうあがいても知れたものなのだと突きつけられた気分だった。
本当に、斎藤一人の手には余りすぎる。
斎藤は笑う永倉に小さな溜息を返し、薄い苦笑を頬に張り付けた。
「あれ? 斎藤と永倉さんだ」
大通りを外れ、そろそろ壬生村に入ろうかという時だった。
横手からかかった軽やかな声に振り返れば、別の道筋から来たらしい愁介がいた。見計らったような登場に、斎藤と永倉はつい足を止める。
「やあ、松平。総司んとこ行くの?」
「こんにちはー。そう、ちょっと早いんだけど今日は遊ぶ約束してて」
今日はではなく今日もだろう、という苦言を噛み殺す斎藤をよそに、明るく手を上げた永倉に誘われるようにして愁介が小走りで駆け寄ってくる。
わずか一瞬、永倉が斎藤に視線をやったことに気付き、頷く代わりに目を伏せた。
「……愁介殿。約束まで時があるなら、少しお付き合い願えませんか」
「え、オレ?」
「相談致したいことが……ありまして」
永倉がいる前で声をかけたからか、愁介は虚を衝かれたように目を丸くした。
が、思うところがあったのかすぐに困ったような笑みを浮かべて、両腕を組む。
「何か身構えちゃうな。斎藤がオレに、ってのが怖い気がしなくもない」
「お嫌ですか」
「その訊きかたはずるいだろ! 別に嫌じゃないよ、珍しいなって思うだけで」
とりあえず聞くだけ聞くよ、と答えた愁介に目礼し、「歩きながらでも構いませんか」と付け加える。
「オレはいいけど、相談って落ち着いて話すとかじゃなくていいの?」
「……斎藤。俺は先に戻っとくね」
後は任せたというように、肩をぽんと叩かれる。
「ええ。今日はご馳走様でした」
「また一緒に行けるといいねぇ」
永倉はひらひらと手を振り、「松平も、またね」と笑って歩き出す。
その背に声が届かないであろう距離まで見送ってから、愁介が改めて、さも意外そうにぼそりと口を開いた。
「……永倉さんと斎藤って、一緒にご飯食べたりするんだ?」
「私に人付き合いがあるのがそんなに不思議ですか」
「いや、滅相もない」
愁介は慌てた様子で首を振るものの、表情は曖昧に歪んでいて視線も合わなかった。
斎藤は苦い心持ちを嘆息で誤魔化して、「こちらへ」と愁介を促した。
屯所へ向かう道から外れ、人通りの少ない小道に入る。愁介は苦笑いしながらも斎藤の隣に並び、上質な草履で道砂利を踏み進めた。
「相談って、オレで役に立てる話?」
「役にというよりは……あなたでなければ確実に面倒になる話、ですね」
ありていに答えれば、「ふは」と気の抜けたような笑い声が返ってきた。
永倉の奢りで昼餉を食べた後、場は解散となって斎藤は再び永倉と二人で京の街を歩いていた。行きとは違って両脇に大店の並ぶ大通りを進んでいると、夏の終わりの空気と、たおやかながらも活気ある商売のやり取りが肌の表面をかすめていく。
「ええ、馳走になりました。京の味は、どうも上品すぎて合わないこともあるのですが」
「でっしょ! あそこ、客に合わせて出汁を調節してくれる気の利いた店でね。俺や左之が行くといつも江戸前風に味付けしてくれるんだよね」
食前の談合など夢か幻だったかのように、何でもない会話を交わして道を行く。
賑やかな街中において違和感のない日常会話だった。だからこそ強い違和を感じずにいられないのに、普段から表情が薄い斎藤は勿論、永倉もおくびにも出さなかった。
鈍い頭痛が止まず、斎藤は歩きながら足元に視線を落とした。
本当にこれで良かったのか、と往生際悪く思案してみる。例えば、ここで建白書を容保に上げず土方に渡せばどうなるだろうか。
しかし、すぐに「やめておいたほうがいい」と自答した。近藤を護るために手段を選ばない土方が采配を握ってしまったら、やはり確実に誰かは腹を切らされる。永倉でなかったとしても、誰かが死ねば結局永倉は新選組を見限り、隊は確実に二分される。建白書を上げる以上の負担が、容保にかかることになるだろう。
どうしたって、今以上に良い手立ては思い浮かばなかった。
視界にある下駄の先に小石が突っかかり、意図せず蹴飛ばす形になった。小石は抗う術もなく、往来の合間を縫って勢い任せに転がっていく。
「……引っ張り込んだ俺が言うのも変な話だけど、あんま気負わなくていいよ、斎藤」
ぽつんと、ぬるい風に溶け込むような呟きが届く。
「お前は真面目だから色々考えちゃうんだろうけど、最悪、全部俺が引き受けるから」
「……それを避けたいと思っているので、そうされるほうが困りますね」
「はーっ、俺いい仲間持ったわぁ」
永倉は茶化して笑うが、どう転んでもすべて受け入れるつもりである、という覚悟しかない瞳で斎藤を見る。斎藤には持ちえない『己』を貫き通さんとする芯のある瞳だった。
――敵うべくもない。斎藤個人でできることなど、結局どうあがいても知れたものなのだと突きつけられた気分だった。
本当に、斎藤一人の手には余りすぎる。
斎藤は笑う永倉に小さな溜息を返し、薄い苦笑を頬に張り付けた。
「あれ? 斎藤と永倉さんだ」
大通りを外れ、そろそろ壬生村に入ろうかという時だった。
横手からかかった軽やかな声に振り返れば、別の道筋から来たらしい愁介がいた。見計らったような登場に、斎藤と永倉はつい足を止める。
「やあ、松平。総司んとこ行くの?」
「こんにちはー。そう、ちょっと早いんだけど今日は遊ぶ約束してて」
今日はではなく今日もだろう、という苦言を噛み殺す斎藤をよそに、明るく手を上げた永倉に誘われるようにして愁介が小走りで駆け寄ってくる。
わずか一瞬、永倉が斎藤に視線をやったことに気付き、頷く代わりに目を伏せた。
「……愁介殿。約束まで時があるなら、少しお付き合い願えませんか」
「え、オレ?」
「相談致したいことが……ありまして」
永倉がいる前で声をかけたからか、愁介は虚を衝かれたように目を丸くした。
が、思うところがあったのかすぐに困ったような笑みを浮かべて、両腕を組む。
「何か身構えちゃうな。斎藤がオレに、ってのが怖い気がしなくもない」
「お嫌ですか」
「その訊きかたはずるいだろ! 別に嫌じゃないよ、珍しいなって思うだけで」
とりあえず聞くだけ聞くよ、と答えた愁介に目礼し、「歩きながらでも構いませんか」と付け加える。
「オレはいいけど、相談って落ち着いて話すとかじゃなくていいの?」
「……斎藤。俺は先に戻っとくね」
後は任せたというように、肩をぽんと叩かれる。
「ええ。今日はご馳走様でした」
「また一緒に行けるといいねぇ」
永倉はひらひらと手を振り、「松平も、またね」と笑って歩き出す。
その背に声が届かないであろう距離まで見送ってから、愁介が改めて、さも意外そうにぼそりと口を開いた。
「……永倉さんと斎藤って、一緒にご飯食べたりするんだ?」
「私に人付き合いがあるのがそんなに不思議ですか」
「いや、滅相もない」
愁介は慌てた様子で首を振るものの、表情は曖昧に歪んでいて視線も合わなかった。
斎藤は苦い心持ちを嘆息で誤魔化して、「こちらへ」と愁介を促した。
屯所へ向かう道から外れ、人通りの少ない小道に入る。愁介は苦笑いしながらも斎藤の隣に並び、上質な草履で道砂利を踏み進めた。
「相談って、オレで役に立てる話?」
「役にというよりは……あなたでなければ確実に面倒になる話、ですね」
ありていに答えれば、「ふは」と気の抜けたような笑い声が返ってきた。
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