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252、引き抜き
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微かに音がして、部屋のドアが開く。王女様が酒のつまみを持ってきたところだった。
「お前、名はなんという」
「ヴィデロと」
ヴィデロさんは、そう一言だけ答えた。
そっとテーブルにつまみの皿を置きながら、王女様がヴィデロさんの方に視線を向けた。
「ヴィデロ、お前、ここに来ないか。トレの門番をしてるのはもったいねえ。ここに来い。そしてもっと強くなれ」
勇者が唐突にヴィデロさんを勧誘した。
確かに、さっきの戦闘では辺境でもちゃんと対応できる腕を持ってるのは俺が知ってる。
しかも、勇者直々のお誘い。これはもしかして、ヴィデロさんにとってすごく出世になるんじゃなかろうか。
……でも、断って欲しいと思ってる俺は。
「もっともっと強くなりたいと思います。守りたい人がいるので。一度、目の前で失って、その気持ちは前よりも大きくなりました」
グラスを手にしながら、ヴィデロさんが口を開いた。とても静かな声だった。
「自分でもここでやっていける腕はあると、自負しています」
「ああ。まさに俺が欲しい強さをお前は持っている。異邦人たちの強さは尋常じゃねえ。しかも壁の外の魔素に全く影響を受けねえときた。そして無鉄砲なほど無茶苦茶な戦闘をしやがるし、それを楽しんでやがる。でもな、あいつらは何度でも再生するだろ。そのせいか、地に足がついてねえような感じを受けるんだ。何かあった時にはすげえ頼りにはなる」
勇者は俺の方にちらりと視線を向けると、「マックがいるのにわりいな」と一言断ってから、「だがな」と続けた。
勇者の隣に立っている王女様も、身じろぎもせずに立ったまま、勇者の言葉を聞いていた。
部屋を照らす蝋燭の光がゆらりと揺れる。
「あいつらは多分、そのうちここからいなくなるだろ。ここに定住する気もねえ、遊び気分ってのか、そんな感じだ。それでもこの世界が良くなるなら問題はねえ。だがな、俺は、ちゃんとヴィデロの様に地に足を付けてこの地を護って行こうって奴が下に欲しい。もちろんここの騎士団もこの地を本気で護ろうとしてる奴らばっかりなんだがな、でも、あいつらの大半は、心に絶望を抱えてる。こんな身近に絶望の地が目の前に広がってるからそれはある意味仕方ねえんだがな。壁の向こう、あそこはもう、俺たちの地じゃねえ。この大陸の一部だが、魔物の地だ。見てわかるだろ。でもって、あれを見ても、お前はきっと絶望しねえだろ」
「マックが、この異邦人のマックが、誰よりも俺たちのこの国を本気で救おうとしているのを間近で見ているので、あれくらいじゃ絶望なんてしていられないし、する気もないです」
ヴィデロさんは真剣なまなざしで、勇者の言葉に応えていた。
もしかして、このまま引き抜かれる気かな。きっと辺境に欲しいって勇者が言ったら、門番さんたちはわがことのように喜ぶと思う。
でも。俺は。
あの時の様に、ヴィデロさんが目の前で瀕死の傷を負わないように、そんな世界にしたくて走りまわってるんだから。
「ますます気に入った。俺の所に来い。王宮の方にも俺が打診する。街門騎士団から辺境騎士団になれよ」
「俺をそこまで買ってくださるのはとても光栄です」
ヴィデロさんはいったん言葉をそこで止めた。
「しかし、あなたは先ほど、俺のことを「幸運」かどうか確認しました。もし、ここに俺を呼ぶのが俺の「幸運」を自分の手元に置きたいだけだというのであれば、今の言葉は取り消したほうがいい」
是とも否ともいわず、ヴィデロさんがそっとグラスを置いた。
ヴィデロさんのその言葉に、勇者の目が剣呑な光を帯びる。
「ほう……」と感心したように笑みを乗せるけど、目の光が、最初に俺と会った時と同じ雰囲気だった。
でも、ヴィデロさんはその威圧を全く感じていないかのように、ただ静かに勇者を見ていた。
「俺も舐められたもんだな。お前の幸運が欲しいと、そう思われたってわけか。それほどお前の「幸運」ってのはすげえってことか?」
「いいえ。全く逆です。もし「幸運」が欲しいのであれば、役に立てそうもない。俺は自分のこの「幸運」という物を、自分で制御出来たためしがないので」
「クラッシュの事、エミリの事、その他のお前が絡んだ事柄の結末がどうなったのかは知ってる。これでも俺は情報通でな。でもな、これだけは言っておく」
勇者は威圧のような物を出したまま、グラスを一気に呷った。
空になったグラスをテーブルの上に置き、ニヤリと笑う。
「たとえどれだけ「幸運」ってもんが凄いもんだろうと、ヴィデロ自身が強くなきゃ、こんなことは言い出さねえ。その強さってのは、腕っぷしだけじゃねえ。一番大事なのは、心だ」
「……」
ああ、この人がヴィデロさんを下に置いたら、きっとヴィデロさんのスキルはこの人に恩恵をもたらす。俺はふとそう思った。
そして、勇者もヴィデロさんの内外の強さが本物だってわかってる。
ヴィデロさんは、勇者の言葉に、ふと顔を綻ばせた。
「あなたみたいな人にそこまで認めてもらえて、とても光栄です」
「じゃあ」
「でも、お断りします」
微笑したまま、ヴィデロさんはきっぱりと勇者の誘いを断った。
その一言に、俺はホッと息を吐いていた。
だって、ここに来たら、今までの何倍もの危険がヴィデロさんの身に降りかかって、そして。
ヴィデロさんがもし壁の向こうに出ちゃったらなんて考えたら。盛大に安堵の息が洩れる。
「理由は」
「俺の命を懸けてもいいすべてが今トレにあるので。それらを全て振り切って強くなるためだけにここに来ても、俺自身が強くなれる気がしないから」
ヴィデロさんは、勇者から目を逸らすことなく、そして臆することも媚びることもなく、ただきっぱりとそう応えた。
それを聞いた勇者が、くく、と楽しそうに笑う。
そして、空になったグラスに自らなみなみ琥珀色の液体を注ぐと、手を伸ばしてヴィデロさんのグラスにも同じように注いだ。
どちらからともなくグラスを掲げ、ガラスの合わさる綺麗な音が響く。
それを見た王女様が、そっと俺の前に飲み物を差し出してくれた。
「ますます欲しくなったが。仕方ねえな。諦めるか」
「すみません」
お互いが苦笑して、ぶつけたグラスを口に運ぶ。カッコいいなあ。俺には絶対にまねできない空間だ。
王女様もそこには入れないらしく、俺と目を合わせて苦笑した。顔がまるで「これだから男って」と言ってる気がする。
「マック様、どうぞ召し上がってください」
つまみを差し出されて、遠慮なく手を伸ばす。木の実を炒って塩を振っただけのシンプルな物なのに、とても美味しかった。
この木の実は見たことないなあ。ここら辺にある物なのかな。
なんてコリコリと木の実を味わっていると、勇者のグラスに魔法で氷を浮かべた王女様が「もしかして」と口を開いた。
「ヴィデロ様のお父様は、オルランド様じゃありませんか?」
王女様の言葉にヴィデロさんがハッとした様な顔をした。
宰相の人も呼んでいた、王に返上したはずのヴィデロさんの姓だ。
「父を、ご存知だったのですか」
「ええ。とても優しくて素晴らしい騎士でしたわ。王宮ではとてもよくしていただきました。そして、ヴィデロ様にも」
「俺……?」
意外な王女様の言葉に、勇者が「何……?」と半眼になる。あ、これは瀕死にする一歩前の顔だ。
って、ヴィデロさん、王女様と面識あったの?!
今更ながら驚いてると、ヴィデロさんが怪訝な顔をしていた。あれ、覚えてないのかな。
そのヴィデロさんの顔で、王女様もヴィデロさんが身に覚えがないんだということに気付いたらしい。顔を綻ばせて腰を落ち着けようとした途端に勇者の手が王女様の腰に伸びてきた。勇者はひょいと王女様を攫うと一瞬にして自分の膝の上に乗せてしまった。慣れた仕草がすごく恐ろしい。勇者の素早さをフルに使った早業だったよ。
王女様は勇者の膝に収まって、少しだけ口を尖らせて「もう、アル」と注意した後、諦めたようにそのまま落ち着いた。こっちも攫われ慣れてる……!
その一連の行動に驚いてると、王女様が顔を綻ばせたままヴィデロさんとの邂逅の話を教えてくれた。
「今から19年ほど前でしょうか。まだアルたちが招集される前でしたわ。私がお姉様と庭園でお散歩していた時、オルランド様に連れられて王宮に来ていたまだ幼いヴィデロ様もちょうど庭園で遊んでいたのです。そこに、どうやって紛れ込んだのか魔物がいきなり飛び出して来て、震えることしかできなかった私たちの前に小さなヴィデロ様が立ちふさがって、手に持った枝で魔物を追い払おうとしてくださって。御小さい身体からは考えられないほどにとても素晴らしい剣さばきでした。あの時のヴィデロ様のおかげで護衛の方が駆け付けるまで私達が無事だったのですわ。あの時は本当にありがとうございました。あの時は動転していて、お礼をしそびれてしまって」
「あ……」
王女様の言葉で、ヴィデロさんも思い出したらしい。19年前って言うと、ヴィデロさんが五歳……五歳で、女性を庇って魔物と対峙するなんて……! ヴィデロさんは小さいころから紳士だったんだなあ!
っていうか木の枝を構える五歳のヴィデロさん……! 見たい……!
「そんなことがあったのか?」
「ええ、まだあなたに会う前の事よ。とても勇敢な小さな戦士だったのよ」
「……そうか。俺の妻を救ってくれてありがとう」
勇者がゆっくりとヴィデロさんにお礼を言う。でもそれはお礼を言ったというような雰囲気じゃなくて、「俺の妻」ってところにアクセントを置いていたから、牽制してるんだってことがよくわかる。王女様もわかってて、呆れたような溜め息を吐いていた。
「アル、私が愛してるのはあなただけよ。だからそんな怖い顔をしないで」
そっと勇者の胸に手を添えるようにして呟いた王女の言葉に、勇者の威圧は一瞬にして霧散した。
あはは、王女様の方が勇者より一枚も二枚も上手な気がする。
それにしても小さいヴィデロさんかあ! すっごく見たかったなあ! 王女様ずるいなあ。
なんかいい雰囲気になったので、俺たちは勇者宅を辞することにした。大分夜も更けて来たしね。
勇者は王女様を腕に抱いたまま、俺たちを見送ってくれた。
「偶然にかこつけて引き抜こうと思ったが、失敗に終わったな。あ、そうそう。マックが納品してくれたやつがすげえよくてな、最近は順調に魔物を減らせてるんだよ。また次も頼むな」
「はい。今日はごちそうさまでした」
玄関先で次の納品日を決めてから、俺たちは屋敷を後にした。
宿屋までの道のりは、辺りが暗いのに、ここに着いた時よりもさらに人が増えている気がした。
もしかして社会人のプレイヤーが会社から帰ってきて続々とログインしてるってことかな。これから夜狩りにいそしむのかな。
それにしても辺境にすでにこんなに人が来てたなんてなあ。俺みたいにずっと一か所でとどまってるプレイヤーなんて、稀なのはわかってるけど。そんな俺でもレベルだけは上がってるから、レベルが高い人がここを目指すのは当たり前なんだよなあ。
そんな風に周りを観察していると、ヴィデロさんがそっと手を繋いできた。
そして俺の顔を覗き込むように屈んだ。
「マックは、他の異邦人の様にここを目指したいか?」
もしかして、俺が周りを観察してるの、そんな風にとっちゃったのかな。
さっきの勇者の話、本当は心が揺れた?
「俺は……トレの街がすごく好き。でも……ヴィデロさんがもし本当に勇者の下について辺境に移動したら、こっちに工房を移してもいいかな。でもヴィデロさんが動かないっていうんなら、俺も動きたくないかな。ヴィデロさんが好きにするのが一番だよ。俺はだって、いつでもそれに合わせて移動できる身だから」
だから、もし勇者の所に来たいんだったらためらわずにしたいようにして欲しい。悔いは残してほしくない。……危険な場所に来てほしくないっていう俺のわがままは、この際棚の上に上げて。
そんな気持ちを込めてヴィデロさんの綺麗な深緑の瞳を見つめ返せば、ヴィデロさんの目元がふっと緩んだ。
「俺と同じことを考えてたんだな、マック。もしマックがここに来たいんだったら、今度はこっちで職を探してもいいかな、なんて思ってたよ俺は」
「じゃあ、俺、トレがいい」
「そこも同じだな。俺もトレが好きなんだ」
戦う人にとって、魔物も強くてすぐ腕が上がるここ辺境はとてもいいのかもしれないけど。
繋がれた手から、温かい何かが生まれてくる。
やっぱり俺は、トレで仲間の門番さんたちに囲まれて楽しそうに笑うヴィデロさんを見ているのが一番好きなんだ。
「お前、名はなんという」
「ヴィデロと」
ヴィデロさんは、そう一言だけ答えた。
そっとテーブルにつまみの皿を置きながら、王女様がヴィデロさんの方に視線を向けた。
「ヴィデロ、お前、ここに来ないか。トレの門番をしてるのはもったいねえ。ここに来い。そしてもっと強くなれ」
勇者が唐突にヴィデロさんを勧誘した。
確かに、さっきの戦闘では辺境でもちゃんと対応できる腕を持ってるのは俺が知ってる。
しかも、勇者直々のお誘い。これはもしかして、ヴィデロさんにとってすごく出世になるんじゃなかろうか。
……でも、断って欲しいと思ってる俺は。
「もっともっと強くなりたいと思います。守りたい人がいるので。一度、目の前で失って、その気持ちは前よりも大きくなりました」
グラスを手にしながら、ヴィデロさんが口を開いた。とても静かな声だった。
「自分でもここでやっていける腕はあると、自負しています」
「ああ。まさに俺が欲しい強さをお前は持っている。異邦人たちの強さは尋常じゃねえ。しかも壁の外の魔素に全く影響を受けねえときた。そして無鉄砲なほど無茶苦茶な戦闘をしやがるし、それを楽しんでやがる。でもな、あいつらは何度でも再生するだろ。そのせいか、地に足がついてねえような感じを受けるんだ。何かあった時にはすげえ頼りにはなる」
勇者は俺の方にちらりと視線を向けると、「マックがいるのにわりいな」と一言断ってから、「だがな」と続けた。
勇者の隣に立っている王女様も、身じろぎもせずに立ったまま、勇者の言葉を聞いていた。
部屋を照らす蝋燭の光がゆらりと揺れる。
「あいつらは多分、そのうちここからいなくなるだろ。ここに定住する気もねえ、遊び気分ってのか、そんな感じだ。それでもこの世界が良くなるなら問題はねえ。だがな、俺は、ちゃんとヴィデロの様に地に足を付けてこの地を護って行こうって奴が下に欲しい。もちろんここの騎士団もこの地を本気で護ろうとしてる奴らばっかりなんだがな、でも、あいつらの大半は、心に絶望を抱えてる。こんな身近に絶望の地が目の前に広がってるからそれはある意味仕方ねえんだがな。壁の向こう、あそこはもう、俺たちの地じゃねえ。この大陸の一部だが、魔物の地だ。見てわかるだろ。でもって、あれを見ても、お前はきっと絶望しねえだろ」
「マックが、この異邦人のマックが、誰よりも俺たちのこの国を本気で救おうとしているのを間近で見ているので、あれくらいじゃ絶望なんてしていられないし、する気もないです」
ヴィデロさんは真剣なまなざしで、勇者の言葉に応えていた。
もしかして、このまま引き抜かれる気かな。きっと辺境に欲しいって勇者が言ったら、門番さんたちはわがことのように喜ぶと思う。
でも。俺は。
あの時の様に、ヴィデロさんが目の前で瀕死の傷を負わないように、そんな世界にしたくて走りまわってるんだから。
「ますます気に入った。俺の所に来い。王宮の方にも俺が打診する。街門騎士団から辺境騎士団になれよ」
「俺をそこまで買ってくださるのはとても光栄です」
ヴィデロさんはいったん言葉をそこで止めた。
「しかし、あなたは先ほど、俺のことを「幸運」かどうか確認しました。もし、ここに俺を呼ぶのが俺の「幸運」を自分の手元に置きたいだけだというのであれば、今の言葉は取り消したほうがいい」
是とも否ともいわず、ヴィデロさんがそっとグラスを置いた。
ヴィデロさんのその言葉に、勇者の目が剣呑な光を帯びる。
「ほう……」と感心したように笑みを乗せるけど、目の光が、最初に俺と会った時と同じ雰囲気だった。
でも、ヴィデロさんはその威圧を全く感じていないかのように、ただ静かに勇者を見ていた。
「俺も舐められたもんだな。お前の幸運が欲しいと、そう思われたってわけか。それほどお前の「幸運」ってのはすげえってことか?」
「いいえ。全く逆です。もし「幸運」が欲しいのであれば、役に立てそうもない。俺は自分のこの「幸運」という物を、自分で制御出来たためしがないので」
「クラッシュの事、エミリの事、その他のお前が絡んだ事柄の結末がどうなったのかは知ってる。これでも俺は情報通でな。でもな、これだけは言っておく」
勇者は威圧のような物を出したまま、グラスを一気に呷った。
空になったグラスをテーブルの上に置き、ニヤリと笑う。
「たとえどれだけ「幸運」ってもんが凄いもんだろうと、ヴィデロ自身が強くなきゃ、こんなことは言い出さねえ。その強さってのは、腕っぷしだけじゃねえ。一番大事なのは、心だ」
「……」
ああ、この人がヴィデロさんを下に置いたら、きっとヴィデロさんのスキルはこの人に恩恵をもたらす。俺はふとそう思った。
そして、勇者もヴィデロさんの内外の強さが本物だってわかってる。
ヴィデロさんは、勇者の言葉に、ふと顔を綻ばせた。
「あなたみたいな人にそこまで認めてもらえて、とても光栄です」
「じゃあ」
「でも、お断りします」
微笑したまま、ヴィデロさんはきっぱりと勇者の誘いを断った。
その一言に、俺はホッと息を吐いていた。
だって、ここに来たら、今までの何倍もの危険がヴィデロさんの身に降りかかって、そして。
ヴィデロさんがもし壁の向こうに出ちゃったらなんて考えたら。盛大に安堵の息が洩れる。
「理由は」
「俺の命を懸けてもいいすべてが今トレにあるので。それらを全て振り切って強くなるためだけにここに来ても、俺自身が強くなれる気がしないから」
ヴィデロさんは、勇者から目を逸らすことなく、そして臆することも媚びることもなく、ただきっぱりとそう応えた。
それを聞いた勇者が、くく、と楽しそうに笑う。
そして、空になったグラスに自らなみなみ琥珀色の液体を注ぐと、手を伸ばしてヴィデロさんのグラスにも同じように注いだ。
どちらからともなくグラスを掲げ、ガラスの合わさる綺麗な音が響く。
それを見た王女様が、そっと俺の前に飲み物を差し出してくれた。
「ますます欲しくなったが。仕方ねえな。諦めるか」
「すみません」
お互いが苦笑して、ぶつけたグラスを口に運ぶ。カッコいいなあ。俺には絶対にまねできない空間だ。
王女様もそこには入れないらしく、俺と目を合わせて苦笑した。顔がまるで「これだから男って」と言ってる気がする。
「マック様、どうぞ召し上がってください」
つまみを差し出されて、遠慮なく手を伸ばす。木の実を炒って塩を振っただけのシンプルな物なのに、とても美味しかった。
この木の実は見たことないなあ。ここら辺にある物なのかな。
なんてコリコリと木の実を味わっていると、勇者のグラスに魔法で氷を浮かべた王女様が「もしかして」と口を開いた。
「ヴィデロ様のお父様は、オルランド様じゃありませんか?」
王女様の言葉にヴィデロさんがハッとした様な顔をした。
宰相の人も呼んでいた、王に返上したはずのヴィデロさんの姓だ。
「父を、ご存知だったのですか」
「ええ。とても優しくて素晴らしい騎士でしたわ。王宮ではとてもよくしていただきました。そして、ヴィデロ様にも」
「俺……?」
意外な王女様の言葉に、勇者が「何……?」と半眼になる。あ、これは瀕死にする一歩前の顔だ。
って、ヴィデロさん、王女様と面識あったの?!
今更ながら驚いてると、ヴィデロさんが怪訝な顔をしていた。あれ、覚えてないのかな。
そのヴィデロさんの顔で、王女様もヴィデロさんが身に覚えがないんだということに気付いたらしい。顔を綻ばせて腰を落ち着けようとした途端に勇者の手が王女様の腰に伸びてきた。勇者はひょいと王女様を攫うと一瞬にして自分の膝の上に乗せてしまった。慣れた仕草がすごく恐ろしい。勇者の素早さをフルに使った早業だったよ。
王女様は勇者の膝に収まって、少しだけ口を尖らせて「もう、アル」と注意した後、諦めたようにそのまま落ち着いた。こっちも攫われ慣れてる……!
その一連の行動に驚いてると、王女様が顔を綻ばせたままヴィデロさんとの邂逅の話を教えてくれた。
「今から19年ほど前でしょうか。まだアルたちが招集される前でしたわ。私がお姉様と庭園でお散歩していた時、オルランド様に連れられて王宮に来ていたまだ幼いヴィデロ様もちょうど庭園で遊んでいたのです。そこに、どうやって紛れ込んだのか魔物がいきなり飛び出して来て、震えることしかできなかった私たちの前に小さなヴィデロ様が立ちふさがって、手に持った枝で魔物を追い払おうとしてくださって。御小さい身体からは考えられないほどにとても素晴らしい剣さばきでした。あの時のヴィデロ様のおかげで護衛の方が駆け付けるまで私達が無事だったのですわ。あの時は本当にありがとうございました。あの時は動転していて、お礼をしそびれてしまって」
「あ……」
王女様の言葉で、ヴィデロさんも思い出したらしい。19年前って言うと、ヴィデロさんが五歳……五歳で、女性を庇って魔物と対峙するなんて……! ヴィデロさんは小さいころから紳士だったんだなあ!
っていうか木の枝を構える五歳のヴィデロさん……! 見たい……!
「そんなことがあったのか?」
「ええ、まだあなたに会う前の事よ。とても勇敢な小さな戦士だったのよ」
「……そうか。俺の妻を救ってくれてありがとう」
勇者がゆっくりとヴィデロさんにお礼を言う。でもそれはお礼を言ったというような雰囲気じゃなくて、「俺の妻」ってところにアクセントを置いていたから、牽制してるんだってことがよくわかる。王女様もわかってて、呆れたような溜め息を吐いていた。
「アル、私が愛してるのはあなただけよ。だからそんな怖い顔をしないで」
そっと勇者の胸に手を添えるようにして呟いた王女の言葉に、勇者の威圧は一瞬にして霧散した。
あはは、王女様の方が勇者より一枚も二枚も上手な気がする。
それにしても小さいヴィデロさんかあ! すっごく見たかったなあ! 王女様ずるいなあ。
なんかいい雰囲気になったので、俺たちは勇者宅を辞することにした。大分夜も更けて来たしね。
勇者は王女様を腕に抱いたまま、俺たちを見送ってくれた。
「偶然にかこつけて引き抜こうと思ったが、失敗に終わったな。あ、そうそう。マックが納品してくれたやつがすげえよくてな、最近は順調に魔物を減らせてるんだよ。また次も頼むな」
「はい。今日はごちそうさまでした」
玄関先で次の納品日を決めてから、俺たちは屋敷を後にした。
宿屋までの道のりは、辺りが暗いのに、ここに着いた時よりもさらに人が増えている気がした。
もしかして社会人のプレイヤーが会社から帰ってきて続々とログインしてるってことかな。これから夜狩りにいそしむのかな。
それにしても辺境にすでにこんなに人が来てたなんてなあ。俺みたいにずっと一か所でとどまってるプレイヤーなんて、稀なのはわかってるけど。そんな俺でもレベルだけは上がってるから、レベルが高い人がここを目指すのは当たり前なんだよなあ。
そんな風に周りを観察していると、ヴィデロさんがそっと手を繋いできた。
そして俺の顔を覗き込むように屈んだ。
「マックは、他の異邦人の様にここを目指したいか?」
もしかして、俺が周りを観察してるの、そんな風にとっちゃったのかな。
さっきの勇者の話、本当は心が揺れた?
「俺は……トレの街がすごく好き。でも……ヴィデロさんがもし本当に勇者の下について辺境に移動したら、こっちに工房を移してもいいかな。でもヴィデロさんが動かないっていうんなら、俺も動きたくないかな。ヴィデロさんが好きにするのが一番だよ。俺はだって、いつでもそれに合わせて移動できる身だから」
だから、もし勇者の所に来たいんだったらためらわずにしたいようにして欲しい。悔いは残してほしくない。……危険な場所に来てほしくないっていう俺のわがままは、この際棚の上に上げて。
そんな気持ちを込めてヴィデロさんの綺麗な深緑の瞳を見つめ返せば、ヴィデロさんの目元がふっと緩んだ。
「俺と同じことを考えてたんだな、マック。もしマックがここに来たいんだったら、今度はこっちで職を探してもいいかな、なんて思ってたよ俺は」
「じゃあ、俺、トレがいい」
「そこも同じだな。俺もトレが好きなんだ」
戦う人にとって、魔物も強くてすぐ腕が上がるここ辺境はとてもいいのかもしれないけど。
繋がれた手から、温かい何かが生まれてくる。
やっぱり俺は、トレで仲間の門番さんたちに囲まれて楽しそうに笑うヴィデロさんを見ているのが一番好きなんだ。
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自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
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