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連載
661、背中を支えてもらってる
しおりを挟むヴィルさんは、少しでも俺の不安を取っ払う様にと、研修という名目で上の部屋を貸してくれることになった。
曰く、「研修なら必要経費は会社から出るから、健吾が家賃を気にすることもないだろ」だそうだ。その代わり、朝昼晩の飯係になるかもしれない、とのこと。研修羨ましい飯羨ましい、と騒いでいる大男さんがいるから。
幸い空き部屋は大分あるらしいので、佐久間さんも研修に参加するらしい。なんてこった。
というわけで、朝ご飯は俺係。
ヴィルさんが食材をポケットマネーから買ってきて渡すので、ヴィルさんの私室のキッチンでご飯を作るのは業務外としてもらった。そこまでしてもらうのはさすがにね。ご飯づくりは苦じゃないし。ある程度メニューが被るのは勘弁してもらおう。
というわけで、俺は簡易引っ越しとなった。ほぼどっちかの休みの日くらいしか顔を合わせなかったので、両親には特に否やはないらしい。研修期間が一か月と銘打たれているけれど、その後引き続き会社の社宅利用可、とかちゃっかり書かれていたのを両親が発見して、会社の上が研修時滞在部屋兼社宅っていいわね、なんて気楽に了承していた。家賃が払えなくなったら戻ってきたら、とか言われたけど、家賃発生してないんだよ。研修後も、家賃は発生しないらしいよ。何せヴィルさんの持ちビルだからって。それでいいのかお兄ちゃん。
俺の荷物は、佐久間さんが車を出してくれて、一回で済んでしまった。何せ着替えだけだから。
家具その他は既にうちにあるよりいい物が揃っていて、俺はただ着替えと日用品をしまうだけ。特に持ってきたい本とかは料理本くらいだし、あとは自前のギアとパソコン位。パソコンにしても、学生が使うスペックのモノなんて、ヴィルさんにとっては玩具にも等しいだろうから、多分使うことはほぼないと思う。至れり尽くせりとはこのことだよ。
ともかく、これでいつヴィデロさんが渡ってきてもいつでも迎えられるようになったってことだ。流石、出来る限りのサポートっていうだけのことはあるよヴィルさん。絶対に俺にはまねできない。
そして、俺の部屋は、佐久間さんにあてがわれた部屋よりもかなり広い間取りになっている。これって、ヴィデロさんが来たらそのままこの部屋に住まわせるってことなのかな。
引っ越しも終わった俺は、今日は荷物整理ってことで休みをもらっていたので、取り敢えずログインして、魔王対策に勤しむことにした。もしかしたら道が開かなくてヴィデロさんが戻ってきてるかもしれないし。その時は今度こそ俺が向こうに行くようにヴィルさんに頑張ってもらうしかないけど。
ヴィデロさんと一緒に寝てから、初めてのログインをした俺は、誰もいない部屋で目を開けた。
躊躇いながらキッチンへのドアを開ける。いない。
工房の方もちらりと見てみる。いない。
ヴィデロさんの持ち物である鎧二つとお父さんの形見の剣が、玄関横で存在感を放っている。
いないってことは、ここには戻ってないってことだ。無事、道を進んでるってことだ。
そう言い聞かせて、俺は調薬棚の在庫チェックを始めた。
「こういう時に限って獣人の村にしかない素材が切れてるんだよなあ」
今、あの洞窟に行ってもいいのかな、なんて余計なことを考えて、でもここで止まってても何にもならないし、と溜め息を吐く。
ヴィデロさんがここに移り住んだのなんて、そんな前のことじゃないのに、もうすでに一人でいると違和感しかなくなっていることが不思議でならない。
行ってらっしゃいとおかえりと、ご飯とお風呂。一緒に住むっていうことは、そんな些細な日常を当たり前にヴィデロさんとかわすってことなんだな、なんてそこここにみえるヴィデロさんのいた気配を感じながら思う。そういう日常は本当に大切で、ありがたくて、愛しくて。
「大丈夫。今度は、ここじゃなくて俺の所でそういう日常が繰り広げられるだけだ。そして、ヴィルさんが苦笑して、佐久間さんがからかって。たまに雄太たちと遊んで、ヴィデロさんに、行ってらっしゃいとおかえりを言って」
変わりない。大丈夫。
口に出して自分に言い聞かせて、俺はジャル・ガーさんの洞窟に跳んだ。
ジャル・ガーさんの部屋の前に行くと、そこまで行ったプレイヤーが「残念。今日はここ閉まってる」「最近ここ閉められてるの多いよね」「また誰かが何かしたんじゃないの?」なんて会話をしながら引き返してくるのが見えた。それに伴って、周りにいたプレイヤーたちも「あーあ。今日も外れかあ」「諦めて他の所から行こうぜ」という話をしている。
締め切られてるって、もしかして。
駆け足で進んでいくと、途中すれ違ったプレイヤーに「今日は外れだよ。戻ったら」という声をかけられた。開いてないって、ヴィデロさんが行ったから? もしかしてジャル・ガーさんも全面サポートしてくれてるのかな。
皆さっきの人の言葉で戻ったらしく、周りには人がいなくなった。
ドアに手を掛けると、ドアが勝手に開いた。
そこからひょこっとケインさんが顔を出す。
「ようマック。サッと入っちまえよ」
手招きされたので、言われるままに入ると、ケインさんはすぐにドアを閉めて、また施錠の魔法陣をドアに投げた。
ジャル・ガーさんも石化を解かれており、まるで俺を待っていたみたいだった。
「こんにちは。ヴィデロさんは……今、進んでるところ、なのかな」
「そうだな。ヴィデロから預かりものがあるが、それはマックには渡さずに俺が持っておこう。お前らの世界のケイタイタンマツとか言うやつだ」
「はい。お願いします。本当は、見送りたかったんですけど……」
俺がそう言うと、ジャル・ガーさんは静かに首を横に振った。
「見送りはなくて正解だ。こっちで見送っちまうと、未練がこっちに残る。マックはヴィデロを信じて待ってればいい。何、簡単なことだ。ヴィデロと向こうの世界でやりたいことでも沢山考えてればいい。それだけで、未来への道が開けていくからな」
ガハハと笑うジャル・ガーさんの言葉に、目からうろこがポロリと落ちた。
「ヴィデロがマックの世界にしっかりと辿り着くことを信じるってのは、その後の未来を描くことに他ならないんだ。着かなかったらどうしよう、なんて考えると、その後の未来なんて描けねえだろ」
「そっか……」
「胸に不安が渦巻いてたぜ。そいつをまず消し去らねえとな。ところで今日はそのために来たわけじゃねえだろ。丁度ケインがいるからよ、連れてってもらえよ」
「なあなあマック。あのふわふわドーナツっての持ってるか? ユイルに食べたい食べたい言われたけど最近マックを見てなかったから困ってたんだ」
「あ、持ってます。ユイル元気ですか?」
「元気元気超元気」
来いよ、とケインさんに手をとられて、俺はチラリとジャル・ガーさんを見上げた。視線の先のジャル・ガーさんは、口元をニヤリと持ち上げてかっこよくサムズアップをしていた。そして、「道は太い。大丈夫だ」と低い声で呟いた。
お目当ての素材をケインさんと共にゲットし、そのままユイルの元に連れていかれる。そろそろおねむだったユイルは、俺の顔を見るなりぴゅーっと飛んできた。そしてさささっと俺の肩に登り、顔に頬擦りした。可愛い。
ユイルに癒されて、素材もゲットして、そのままケインさんに工房まで送ってもらってしまった。
ケインさんは工房をぐるっと見回してから、ポン、と俺の肩を叩いた。
「どこか寂しい気配を感じてたが、これが原因か。ヴィデロの気配がねえからか」
ケインさんは、そのままユイルをあやすような手つきで、俺の肩を更にポンポンと叩いた。
「ジャル様が言ってただろ。大丈夫だ。マックの代わりに俺たちがしっかりと見送った。正しい道を歩いてるってジャル様が言ってたから、信じろ」
「はい……」
なんか俺、すごく皆に励まされてる気がする。こういうのは俺を励ますんじゃなくてヴィデロさんを励ますんじゃないのかな。俺は待ってる方の立場なんだし。そのことを言うと、ケインさんはキョトンとした顔になった。
「あのなマック。進む方はまっすぐ前を見りゃいいから、楽なんだよ。反対だ。待つ方が精神的にデカくないと耐えられねえんだよ。だから、マックを励ますのは普通だろ」
俺も待つ方は嫌だからなあ、としみじみ語ったケインさんに、フッと肩の力が抜ける。
なんか俺、皆に負担を軽くしてもらってる。ああ、一人でもしっかりとヴィデロさんを支えて行ける気がしてたけど、その俺の背中を皆の手がしっかりと支えてくれてる。
嬉しいなあ。
そう思ったら、なぜか鼻の奥がツンとした。
「頑張ります」
「頑張るなよ。そこは頑張るんじゃなくて、ワクワクして待つんだよ」
ケインさんが笑う。俺もつられて笑ったけれど、目が熱かった。
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