これは報われない恋だ。

朝陽天満

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734、茶の作法

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 テーブルの上が片付けられると、食後の抹茶が出てきた。作法は関係なく味わいください、と目の前で茶を点ててくれたお店の人は、ごゆっくり、ととても綺麗なアジサイの煉りきりを置いて、部屋を出ていった。食べてすぐお会計、とかじゃないところが凄く高級感がある気がする。目の前の煉りきりも綺麗で美味しそうだし。



「茶の作法……?」



 ヴィデロさんは目の前に置かれた抹茶とお菓子に視線を落としながら、首を傾げた。



「作法なんてものがあるのか」

「ああ。この国独自の文化でな、まずは茶椀を楽しみ、茶の味を楽しみ、そして、茶菓子を楽しむ。本来なら茶菓子を頂いた後に茶が来るんだが、本当に形式にこだわらずにという意味も込めて、一緒に持ってきたんだろう。やり方は流派ごとに違うが、大体はこうだ」



 ヴィデロさんに説明するように、ヴィルさんが茶碗を手に持つ。そして、それをくるくる回して、少しだけ持ち上げて、視線を茶碗の柄に向ける。



「素晴らしい茶碗だな。楽茶碗か? ほら、ここに季節を感じさせる柄が描かれているだろう。それを見て、季節の風情を楽しむ。その後、三口ほどですべてを飲む。ゆっくりと」



 ヴィルさんが、味わうように茶碗に口をつけ、最後、すうっと音をさせながら泡を吸い、茶椀を口から離した。



「ここにはいないが、茶を点ててくれた方にお返しするため、絵柄をもとに戻す」



 くるくる、とまた茶碗を回して、絵柄がヴィルさんと反対側に向いたところで、ヴィルさんは茶碗を下に置いた。



「結構な、お点前でした」



 ゆっくりと頭を下げ、上げたあと、ヴィデロさんにこんな感じだ、と笑顔を向けた。

 うわ、ヴィルさんお茶の作法とかまで知ってたんだ。



「ちなみに、袱紗というここに置かれた布は、決められた折り方があるんだが、ここでは省こう。本来なら茶菓子を先にいただくんだが、この美しい和菓子を堪能してしまって説明できそうもないから後にした、すまない。で、だ。茶菓子の作法だが、横に添えられている『黒文字』という木でつくられた楊枝で半分に切り、いただく。ああ、これは本物の黒文字か、流石だな。残しは厳禁、食べきれない場合は懐紙に包んで持ち帰ることが原則だ」

「スゴイな。そんな細部まで決められているのか……」

「そんなめんどくさそうな顔をするな。好きに食べていいし飲んでいい、と言って店の人はこの場にこうして置いてくれたんだ。今日は好きに味わえばいい」

「わかった。でもどうしてそんなに詳しいんだ?」

「俺が、和菓子が好きだから、それが高じてだな」



 堂々と宣ったヴィルさんに、その場にいた全員が和んだ。あ、やっぱり和菓子好きなんだ。そうだよね。知ってた。わらび餅とか食後に出したら滅茶苦茶喜びそうだよなあ。

 アリッサさんが、ヴィデロさんをちらっと見ながら、作法を無視して煉りきりに手を伸ばす。

 俺も、茶碗を持ち上げて、そのまま口をつける。あ、苦いけど泡がマイルドで美味しい。

 敢えて作法を考えずに飲み始めると、ヴィデロさんの顔がホッとしたように緩んだ。

 父さんはあえてヴィルさんが教えてくれたやり方をやってみるみたいだった。母さんは、完璧な作法でヴィルさんの様に飲み始めた。







 満足げな父さんたちと別れて、アリッサさんと共にヴィルさんの部屋に戻ってくる。

 部屋で着替えてヴィルさんの部屋に向かうと、スーツを脱いで普段着になった兄弟と、上着を脱いで寛いでいるアリッサさんが俺を出迎えてくれた。



「健吾君のご両親って、ほんと、健吾君、って感じね」



 俺が淹れたお茶を飲んでホッと息を吐いたアリッサさんは、嬉しそうにそんなわけのわからないことを言った。それに同意する兄弟。待って、意味わからない。



「これから家族ぐるみで付き合えるの、嬉しいわ。健吾君のお母さまとも連絡先を交換できたし。料理の腕、健吾君の上を行くんでしょう。凝り性だって言ってらしたから、手料理を頂くのが今から楽しみよ」



 既にアリッサさんと母さんは親密になっていたらしい。すばやい。

 でも、すごく大事で、あんまり人に言えないようなこともうちの両親に教えちゃったよね。



「大丈夫なんですか? うちの親に教えちゃって」

「もちろん。私もヴィルもこれでも人を見る目はあるのよ。もちろん、ヴィデロもね。ヴィデロがあんなに親しそうに話す方なんて、素敵な人に決まってるじゃない」

「え、でも父さん、ちょっと残念な人ですよ」



 素敵、という形容詞が父さんにどうもしっくりこなくて眉を寄せると、アリッサさんは声を出して笑った。



「そうそう、健吾君のお父さんに家の二階を改装することも考えていた、って言ってもらえたけれども、あなたたちはここに住むのが一番だと思うのよ。何かあればヴィルフレッドがいるし、職場もすぐ。何より、ここは向こうと繋がっている場所だもの」



 アリッサさんは会食の途中で父さんが言ってたことを気にしていたみたいだった。

 俺たちも前に家の二階に住むなら改装して二世帯住宅にするって言われてたんだけど、あんまりそこらへん考えてなかった気がする。

 なんとなく、このままここに住むんだと思ってたから。

 でもアリッサさんがここまで押してくるってことは、何かあるのかな。向こうと繋がってるから住むのがいい、って。



「ここに住んだ方がいいんですか? それとも、ここに住まないとだめなんですか?」



 なんとなく胸がざわついたのでそう訊いてみると、アリッサさんはフッと笑ってから、視線を落とした。



「住んだ方がいい、かしら。日中はここでギアを被ってログインしているんでしょ? だったら住まないとだめ、なわけじゃないわ。ただ、魔素がある場所とない場所では、ヴィデロの体調がどう変わるかわからないからね。幸いこの地は魔素があるから、問題ないのよ。それに、ずっと魔素の中にいないといけないってわけでもないんだし。ほら、やっぱり念には念を入れたいじゃない」



 何かあってからじゃ遅いかもしれないから、と落とした視線をヴィデロさんに向ける。



「何か不調になるとかそういうわけじゃないの。ただ、何かのはずみで魔法が使えてしまったとして、ここでは魔力が自然に回復するってことがないから。回復する場所を確保する必要があると思うの。だから、魔素があるこの敷地なら、安心でしょ」

「母さん……それは、俺が魔法を使わなければいいだけじゃないのか。ここで不用意に使って、それを誰かに見られたらかなり厳しいんじゃないか? ここに魔法がないなら」

「それが一番なんでしょうけど……私はそれを言えないのよ。あなたたちに魔力スポットを調べて来て欲しいと思ってるから。ただ、細心の注意は絶対に必要だとは思ってる」

「わかった。そして、お父さんの申し出はすごく嬉しいが、俺は兄が出ていけと言わない限り、ここに住みたいと思ってる」

「ヴィデロ……」

「この地をこの目で見てみたい、というのも本当だしな。それをケンゴと共に行けるのは、嬉しい。体調がすぐれない訳でもないし、何の問題もない」

「ヴィデロ……ヴィルフレッド、お願いできるかしら」

「もちろん。俺もこの平和な家族での暮らし、なかなかに気に入ってるんだ。健吾のご飯は美味いし」

「……真剣にここに住むことを考えるわ」

「それは前にだめだって言っただろ」



 あなたたちだけずるい、と雰囲気をやわらげたアリッサさんは、冷めたお茶を飲み干して、あとで詳しい書類を送るわ、と席を立った。



 
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