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家族のように
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現れた黒髪の人間に、シーラは戸惑った。
えらく整った顔立ちをしている。
神の眷属か何かだろうか?
男は濡れたフレーナに迷わず触れ、彼女の前髪を払いのける。
「すみません……」
「謝る必要はない。けがは?」
「大丈夫です。お気になさらず」
フレーナは気丈に振る舞い笑顔を浮かべる。
シーラには、やけに二人の距離感が近いように見えた。
男は頷き、立ち上がってシーラを見る。
「お前が村から来たという村人か。俺が命神だ」
「へ……? あなたが神様ですか?」
「そうだが、不服か?」
「い、いえ! とんでもございません!」
慌ててシーラは跪く。
神の姿が人間に近しいことは意外だった。
しかしそれ以上に、神がフレーナを気遣っていることが驚愕で。
「用件を述べろ」
「はい。麓のシシロ村に、凶悪な魔物が現れました。王都にも応援を要請しましたが応答はなく……神様の御力をお借りしたいと」
「わかった。村には力を貸そう」
「……! ありがとうございます!」
シーラは深々と頭を下げる。
このまま魔物を放置していては、村の者が皆殺しにされてしまう。
結界が弱まっているため、神に張り直してもらう必要があった。
「それと話は別でさ。今、フレーナのドレスをわざと踏んだよな?」
「……いえ、そのようなことは」
シーラは正直に答えるべきか迷った。
村ではフレーナなど当然のように差別される対象で、虐めたことを隠す必要すらない。
だが、神はその事実を知らないかもしれない。
外から客が来た時は、村人もフレーナに表立って虐めはしていなかった。
「そうか。お前がそう言うのなら、そういうことにしておこう。
だが、悪意は必ず返ってくる。ゆめゆめ忘れるな」
「は、はい!」
正直なところ、メアは苛立っていた。
しかし個人的な感情で人間を誅することはできない。
それが神という生物のルールだった。
「夕刻になり次第、山を下りる。村人に伝えておけ」
「はい、失礼いたします」
再び深く礼をし、シーラは踵を返す。
そしてゆっくりと神殿を出た。
山を少し下りたところで彼女は安堵した。
「はぁ……緊張した。人間の姿でも、神は威圧感があったな。でも、フレーナがまるで神の家族みたいに……まあ、あいつのことなんて考えても仕方ないか」
とにかく自分の役目は果たした。
寒々とした空気に身を縮め、シーラは下山していく。
***
フレーナは急いで風呂に入り、新しいドレスに着替えた。
大広間ではメロアの怒声が響く。
『むぅ……あるじ! どうして頼みを引き受けたのだ! フレーナをあんな目に遭わせたやつの村なんて、放っておけばいーのだ!』
「ま、まあまあ……メロアさん。私としても魔物が暴れているのは怖いですし。いいじゃないですか」
怒るメロアをフレーナが宥める。
どうやらメロアは村を守ることに否定的らしい。
フレーナとしても複雑な胸中だが、村のことは考えたくない。
それよりも自分が生きていると知られたことの方が嫌だった。
「仕方ないだろう。俺にも個人的な感情はあるさ。
だが、神の役目は魔物や災害から世界を守ること。私情を挟んで動くことは許されない。お前も神の眷属なら理解できるだろ」
『それはそうだけど……ムカつくのだ!』
「勝手にムカついておけ。明日には怒りも鎮まってる」
メアは鬱陶しそうにメロアを往なした。
彼は怒る眷属には目もくれず、体を温めるフレーナに近づく。
「そろそろ話すか。フレーナ、お前は麓の村で虐められてたんだな?」
「え、えぇと……まあ、そうですね。事実だけ言えば、そうなります。両親が疫病を持ち込んだんじゃないかって噂が広がって、処刑されてから。両親が疫病を持ち込んだという事実はないのに、どんどん村人たちの差別は激しくなっていったんです」
つらい思い出を想起しながらフレーナは語る。
神の前で嘘を吐いても誤魔化せないだろう。
だから正直に事実だけを述べた。
「じゃあ、お前は村をどうしたい?
別に俺が手を貸すわけじゃないが、お前の意見は聞いておきたい」
「私は……」
フレーナは迷う。
長い間苦しめられていた。
だが、幼少期は両親や友人と楽しく過ごした場所でもある。
複雑な胸中だ。
仕返しはしたいと思うが、それは違う。
神様の力を借りて復讐などはしたくない。
「私は別に、どうでもいいです。両親が殺されたから、自分が差別されたからといって……村人たちに復讐するつもりはありません」
「……フレーナは優しいな」
「いえ、優しくはないのです。ただ、自分がこれ以上嫌な思いをしたくないから。村とはもう関わりたくないのです」
メアはフレーナの言葉に聴き入っていた。
いつもは平坦な彼の声色に、優しさがそれとなく混じる。
「たまにな、優しさは相手を許すことじゃなくて、然るべき処罰を与えることだという者がいる。それもひとつの意見だろう。だが、俺としては……人を傷つけることが嫌で、ただ幸福な生活を送りたいフレーナの心は優しいと思うよ」
見透かされていた。
そう、本当は村人たちを傷つけるのは気が進まなかったのだ。
もちろん村と関わりたくないのも本当だけど。
……ふつうに。
ふつうの、幸せな生活が送りたかったのだ。
友人がいて、家族がいて。
そんな暮らしが欲しかった。
「痛みを知るお前だからこそ、他人が痛みを味わうのを恐怖する。俺はそんなお前の心に価値を見出した。もう怖がらなくていいんだ。フレーナ、お前は俺が守る。この神殿はお前の家だ」
初めてフレーナと出会ったそのときから、メアは彼女の本質を見抜いていた。
この少女は心に傷を負っている。
そして同時に、他人の心を慮る人間だと。
神を利用しようとする人間がいる。
取り入ろうとする人間がいる。
汚そうとする人間がいる。
そんな人間たちを、メアは長い生で山ほど見てきたのだ。
だからこそ言える。
フレーナはメアが最も好きな心を持った人間だと。
「メア、様……私……」
「泣きたいときは泣けばいい。そして、泣いた後は立ち直ればいい。
フレーナには俺もメロアもついてるからな」
温かい抱擁の中、フレーナは涙を流した。
幼い日に失ったぬくもり。
まるで本当の家族のように、温かい。
堰を切ったようにフレーナは泣いた。
えらく整った顔立ちをしている。
神の眷属か何かだろうか?
男は濡れたフレーナに迷わず触れ、彼女の前髪を払いのける。
「すみません……」
「謝る必要はない。けがは?」
「大丈夫です。お気になさらず」
フレーナは気丈に振る舞い笑顔を浮かべる。
シーラには、やけに二人の距離感が近いように見えた。
男は頷き、立ち上がってシーラを見る。
「お前が村から来たという村人か。俺が命神だ」
「へ……? あなたが神様ですか?」
「そうだが、不服か?」
「い、いえ! とんでもございません!」
慌ててシーラは跪く。
神の姿が人間に近しいことは意外だった。
しかしそれ以上に、神がフレーナを気遣っていることが驚愕で。
「用件を述べろ」
「はい。麓のシシロ村に、凶悪な魔物が現れました。王都にも応援を要請しましたが応答はなく……神様の御力をお借りしたいと」
「わかった。村には力を貸そう」
「……! ありがとうございます!」
シーラは深々と頭を下げる。
このまま魔物を放置していては、村の者が皆殺しにされてしまう。
結界が弱まっているため、神に張り直してもらう必要があった。
「それと話は別でさ。今、フレーナのドレスをわざと踏んだよな?」
「……いえ、そのようなことは」
シーラは正直に答えるべきか迷った。
村ではフレーナなど当然のように差別される対象で、虐めたことを隠す必要すらない。
だが、神はその事実を知らないかもしれない。
外から客が来た時は、村人もフレーナに表立って虐めはしていなかった。
「そうか。お前がそう言うのなら、そういうことにしておこう。
だが、悪意は必ず返ってくる。ゆめゆめ忘れるな」
「は、はい!」
正直なところ、メアは苛立っていた。
しかし個人的な感情で人間を誅することはできない。
それが神という生物のルールだった。
「夕刻になり次第、山を下りる。村人に伝えておけ」
「はい、失礼いたします」
再び深く礼をし、シーラは踵を返す。
そしてゆっくりと神殿を出た。
山を少し下りたところで彼女は安堵した。
「はぁ……緊張した。人間の姿でも、神は威圧感があったな。でも、フレーナがまるで神の家族みたいに……まあ、あいつのことなんて考えても仕方ないか」
とにかく自分の役目は果たした。
寒々とした空気に身を縮め、シーラは下山していく。
***
フレーナは急いで風呂に入り、新しいドレスに着替えた。
大広間ではメロアの怒声が響く。
『むぅ……あるじ! どうして頼みを引き受けたのだ! フレーナをあんな目に遭わせたやつの村なんて、放っておけばいーのだ!』
「ま、まあまあ……メロアさん。私としても魔物が暴れているのは怖いですし。いいじゃないですか」
怒るメロアをフレーナが宥める。
どうやらメロアは村を守ることに否定的らしい。
フレーナとしても複雑な胸中だが、村のことは考えたくない。
それよりも自分が生きていると知られたことの方が嫌だった。
「仕方ないだろう。俺にも個人的な感情はあるさ。
だが、神の役目は魔物や災害から世界を守ること。私情を挟んで動くことは許されない。お前も神の眷属なら理解できるだろ」
『それはそうだけど……ムカつくのだ!』
「勝手にムカついておけ。明日には怒りも鎮まってる」
メアは鬱陶しそうにメロアを往なした。
彼は怒る眷属には目もくれず、体を温めるフレーナに近づく。
「そろそろ話すか。フレーナ、お前は麓の村で虐められてたんだな?」
「え、えぇと……まあ、そうですね。事実だけ言えば、そうなります。両親が疫病を持ち込んだんじゃないかって噂が広がって、処刑されてから。両親が疫病を持ち込んだという事実はないのに、どんどん村人たちの差別は激しくなっていったんです」
つらい思い出を想起しながらフレーナは語る。
神の前で嘘を吐いても誤魔化せないだろう。
だから正直に事実だけを述べた。
「じゃあ、お前は村をどうしたい?
別に俺が手を貸すわけじゃないが、お前の意見は聞いておきたい」
「私は……」
フレーナは迷う。
長い間苦しめられていた。
だが、幼少期は両親や友人と楽しく過ごした場所でもある。
複雑な胸中だ。
仕返しはしたいと思うが、それは違う。
神様の力を借りて復讐などはしたくない。
「私は別に、どうでもいいです。両親が殺されたから、自分が差別されたからといって……村人たちに復讐するつもりはありません」
「……フレーナは優しいな」
「いえ、優しくはないのです。ただ、自分がこれ以上嫌な思いをしたくないから。村とはもう関わりたくないのです」
メアはフレーナの言葉に聴き入っていた。
いつもは平坦な彼の声色に、優しさがそれとなく混じる。
「たまにな、優しさは相手を許すことじゃなくて、然るべき処罰を与えることだという者がいる。それもひとつの意見だろう。だが、俺としては……人を傷つけることが嫌で、ただ幸福な生活を送りたいフレーナの心は優しいと思うよ」
見透かされていた。
そう、本当は村人たちを傷つけるのは気が進まなかったのだ。
もちろん村と関わりたくないのも本当だけど。
……ふつうに。
ふつうの、幸せな生活が送りたかったのだ。
友人がいて、家族がいて。
そんな暮らしが欲しかった。
「痛みを知るお前だからこそ、他人が痛みを味わうのを恐怖する。俺はそんなお前の心に価値を見出した。もう怖がらなくていいんだ。フレーナ、お前は俺が守る。この神殿はお前の家だ」
初めてフレーナと出会ったそのときから、メアは彼女の本質を見抜いていた。
この少女は心に傷を負っている。
そして同時に、他人の心を慮る人間だと。
神を利用しようとする人間がいる。
取り入ろうとする人間がいる。
汚そうとする人間がいる。
そんな人間たちを、メアは長い生で山ほど見てきたのだ。
だからこそ言える。
フレーナはメアが最も好きな心を持った人間だと。
「メア、様……私……」
「泣きたいときは泣けばいい。そして、泣いた後は立ち直ればいい。
フレーナには俺もメロアもついてるからな」
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