29 / 33
罪と糾弾
しおりを挟む
「フレーナが……生贄に捧げられただと……?」
メアの話を聞いたクレースは愕然とする。
生まれ故郷であるシシロ村に生贄文化が存在することなど知らなかったし、無情にもフレーナが選出されたことが信じられなかった。
「なぜだ! 命神様が人を食うお方ではなかったから助かったものの……一歩間違えばフレーナは死んでいたではないか!
なぜ若い村人のフレーナを犠牲にしようとしたんだ……?」
怒りと困惑を滲ませた声で、クレースはトリナとシーラに迫る。
だが、二人は答えなかった。
正直に答えるわけにはいかなかったのだ。
しばしの沈黙の後、クレースはフレーナに視線を移す。
彼は『どうしてお前が』とでも問うように見つめていた。
もう隠せない。
それに隠したくない。
せめてクレースはシシロ村に騙されないように。
「……クレースが出て行った後、私は差別の対象になったから。村の中でずっと虐められていたの。
ほとんど仕事は押しつけられていたし、誰も助けてくれなかった。お父さんとお母さんは処刑されて、一人で暮らしてた……ずっと一人で」
フレーナの告白は衝撃的なものだった。
初めて彼女の境遇を知ったクレースとアイネロは、まるでこの世の出来事とは思えない事態に耳を疑う。
だが、メアが否定しないということが何よりの証拠。
このままではシシロ村の非道が明るみになる。
そう考え、成り行きを見ていたトリナが口を挟む。
「違うわ! フレーナが差別されたのには理由があるのよ!
フレーナの両親は村に疫病を持ち込んで、多くの人を苦しめて殺したの!」
トリナはその言い分が通ると思っていた。
彼女にとってはシシロ村という場所だけが世界。
ゆえに、世界を汚したフレーナの一族は糾弾されるべきだと考えていた。
対してクレースは異なる。
彼は村を出て王都を見聞し、そして良識を得た。
閉塞的なシシロ村に囚われずに物事を見ることができる。
「だからと言って、フレーナを差別してもいい理由にはならん! フレーナのご両親を処刑してもいい理由にもならん!
お前は……お前たちは、かつて友として過ごしたフレーナを見捨てたのか!」
激怒に身を任せ、トリナの腕を掴むクレース。
今の彼に制止の言葉は届かなかった。
前に立ち塞がったシーラも軽くいなされる。
純粋ながらも人情に厚く、だからこそ非道を許せない。
彼がトリナに今にも殴りかかろうとした、そのとき。
動きがぴたりと止まった。
アイネロがいつしかクレースの隣に立ち、彼を止めていたのだ。
「いけません、クレース。あなたの怒りはもっともだが、立場を考えなさい。あなたが何か問題を起こせば困る方がいる」
「……そう、だな。俺が暴力沙汰でも起こせば、お嬢様が悲しむ。すまんアイネロ」
クレースは苛立ちを抑えて手を離した。
だが、トリナは今の一語を聞き逃さなかった。
「お嬢様って……誰?」
「おや、知りませんか? クレースには婚約者がいるのです。王都スーディアの侯爵令嬢、デマリ嬢との婚姻を控えていまして。いま大事を起こせば、何かと問題でしょうから……僭越ながら止めさせていただきました」
「うそ……」
かねてよりクレースの恋人の地位を狙っていたトリナ。
しかしアイネロの一語により、彼女は目的を失した。
そしてクレースと共に王都へ赴くという野望も。
そもそもフレーナを狙ってドレスを奪うという計画も、クレースに近寄るためだった。
すべてご破算だ。
「さらに申し上げますと、あなたがたは命神の眷属であるフレーナ様に手を出しました。神への不敬はロクミナ王国において重罪となることはご存知でしたか?」
「っ……!」
トリナとシーラの顔が青ざめる。
何か言い繕わなくては……だが言い訳が浮かばない。
絶望の色濃い沈黙が続く。
どんどん沈んでいく空気に、メアが耐えきれず口を挟んだ。
「なあ。そろそろフレーナを帰してもいいかな? 邪石の回収も済んだことだし、俺はフレーナと神殿に帰りたいんだけど」
疲弊しきったフレーナを見て、メアは我慢ならなかった。
早く神殿に帰って不安を洗い流してあげたい。
トラウマの対象となっている人間に接することほど、辛いことはない。
フレーナは今すぐにでもトリナたちから離れたいはずだ。
「ああ、どうぞ。アメ様だか命神様だか……どちらかわかりませんが、後ほど謝礼を用意します。ご協力いただきありがとうございました。
それと、これは邪石の件とは関係ないのですが。王国法に基づき、シシロ村の者を処罰する可能性があります。フレーナ様にも事情聴取という形でご協力いただきたいのですが、構いませんか?」
王国法において、無断で人を処刑することは重罪となる。
一件を聞いてアイネロはシシロ村の村長を処断する腹積もりだった。
「……だそうだ。フレーナ、どうする?」
「はい、構いません。私でお力になれるのならば」
シシロ村の悪環境が改善するのならば、フレーナは協力する。
それに村長たちには痛い目に遭ってほしいという思いもあった。
これが本音だ。
メアはフレーナの背をそっと押す。
「よくがんばったな……行こう。帰ったらまた、二人でゆっくり過ごそうな」
「ありがとうございます……メア様!」
結局、またメアに助けられる形となってしまった。
だが、それでいいのかもしれない。
メアの優しさに甘えて、フレーナもメアに尽くして。
そうやって生きていくことができたら幸せだ。
フレーナは去った危難に胸をなでおろした。
メアの話を聞いたクレースは愕然とする。
生まれ故郷であるシシロ村に生贄文化が存在することなど知らなかったし、無情にもフレーナが選出されたことが信じられなかった。
「なぜだ! 命神様が人を食うお方ではなかったから助かったものの……一歩間違えばフレーナは死んでいたではないか!
なぜ若い村人のフレーナを犠牲にしようとしたんだ……?」
怒りと困惑を滲ませた声で、クレースはトリナとシーラに迫る。
だが、二人は答えなかった。
正直に答えるわけにはいかなかったのだ。
しばしの沈黙の後、クレースはフレーナに視線を移す。
彼は『どうしてお前が』とでも問うように見つめていた。
もう隠せない。
それに隠したくない。
せめてクレースはシシロ村に騙されないように。
「……クレースが出て行った後、私は差別の対象になったから。村の中でずっと虐められていたの。
ほとんど仕事は押しつけられていたし、誰も助けてくれなかった。お父さんとお母さんは処刑されて、一人で暮らしてた……ずっと一人で」
フレーナの告白は衝撃的なものだった。
初めて彼女の境遇を知ったクレースとアイネロは、まるでこの世の出来事とは思えない事態に耳を疑う。
だが、メアが否定しないということが何よりの証拠。
このままではシシロ村の非道が明るみになる。
そう考え、成り行きを見ていたトリナが口を挟む。
「違うわ! フレーナが差別されたのには理由があるのよ!
フレーナの両親は村に疫病を持ち込んで、多くの人を苦しめて殺したの!」
トリナはその言い分が通ると思っていた。
彼女にとってはシシロ村という場所だけが世界。
ゆえに、世界を汚したフレーナの一族は糾弾されるべきだと考えていた。
対してクレースは異なる。
彼は村を出て王都を見聞し、そして良識を得た。
閉塞的なシシロ村に囚われずに物事を見ることができる。
「だからと言って、フレーナを差別してもいい理由にはならん! フレーナのご両親を処刑してもいい理由にもならん!
お前は……お前たちは、かつて友として過ごしたフレーナを見捨てたのか!」
激怒に身を任せ、トリナの腕を掴むクレース。
今の彼に制止の言葉は届かなかった。
前に立ち塞がったシーラも軽くいなされる。
純粋ながらも人情に厚く、だからこそ非道を許せない。
彼がトリナに今にも殴りかかろうとした、そのとき。
動きがぴたりと止まった。
アイネロがいつしかクレースの隣に立ち、彼を止めていたのだ。
「いけません、クレース。あなたの怒りはもっともだが、立場を考えなさい。あなたが何か問題を起こせば困る方がいる」
「……そう、だな。俺が暴力沙汰でも起こせば、お嬢様が悲しむ。すまんアイネロ」
クレースは苛立ちを抑えて手を離した。
だが、トリナは今の一語を聞き逃さなかった。
「お嬢様って……誰?」
「おや、知りませんか? クレースには婚約者がいるのです。王都スーディアの侯爵令嬢、デマリ嬢との婚姻を控えていまして。いま大事を起こせば、何かと問題でしょうから……僭越ながら止めさせていただきました」
「うそ……」
かねてよりクレースの恋人の地位を狙っていたトリナ。
しかしアイネロの一語により、彼女は目的を失した。
そしてクレースと共に王都へ赴くという野望も。
そもそもフレーナを狙ってドレスを奪うという計画も、クレースに近寄るためだった。
すべてご破算だ。
「さらに申し上げますと、あなたがたは命神の眷属であるフレーナ様に手を出しました。神への不敬はロクミナ王国において重罪となることはご存知でしたか?」
「っ……!」
トリナとシーラの顔が青ざめる。
何か言い繕わなくては……だが言い訳が浮かばない。
絶望の色濃い沈黙が続く。
どんどん沈んでいく空気に、メアが耐えきれず口を挟んだ。
「なあ。そろそろフレーナを帰してもいいかな? 邪石の回収も済んだことだし、俺はフレーナと神殿に帰りたいんだけど」
疲弊しきったフレーナを見て、メアは我慢ならなかった。
早く神殿に帰って不安を洗い流してあげたい。
トラウマの対象となっている人間に接することほど、辛いことはない。
フレーナは今すぐにでもトリナたちから離れたいはずだ。
「ああ、どうぞ。アメ様だか命神様だか……どちらかわかりませんが、後ほど謝礼を用意します。ご協力いただきありがとうございました。
それと、これは邪石の件とは関係ないのですが。王国法に基づき、シシロ村の者を処罰する可能性があります。フレーナ様にも事情聴取という形でご協力いただきたいのですが、構いませんか?」
王国法において、無断で人を処刑することは重罪となる。
一件を聞いてアイネロはシシロ村の村長を処断する腹積もりだった。
「……だそうだ。フレーナ、どうする?」
「はい、構いません。私でお力になれるのならば」
シシロ村の悪環境が改善するのならば、フレーナは協力する。
それに村長たちには痛い目に遭ってほしいという思いもあった。
これが本音だ。
メアはフレーナの背をそっと押す。
「よくがんばったな……行こう。帰ったらまた、二人でゆっくり過ごそうな」
「ありがとうございます……メア様!」
結局、またメアに助けられる形となってしまった。
だが、それでいいのかもしれない。
メアの優しさに甘えて、フレーナもメアに尽くして。
そうやって生きていくことができたら幸せだ。
フレーナは去った危難に胸をなでおろした。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて追放寸前だったのに、なぜか冷徹なはずの氷の公爵様から世界で一番甘く愛されています。
黒崎隼人
ファンタジー
「リゼット・フォン・ヴァインベルク! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
卒業パーティーの夜、公爵令嬢リゼットは婚約者の王太子から冤罪を突きつけられ、全てを失った。
絶望の淵に沈む彼女に手を差し伸べたのは、『氷の公爵』と噂される冷徹な美青年、キリアン・アシュフォード。
「ならば、俺が君を娶ろう」
彼の屋敷で始まったのは、戸惑うほどに甘い溺愛の日々。
不器用な優しさに触れるうち、凍てついた心は少しずつ溶かされていく。
一方、リゼットを陥れた偽りの聖女は王宮で増長し、国に災いを招き寄せていた。
やがて真実が暴かれる時、元婚約者は後悔の涙を流すけれど――もう、遅い。
これは、不遇の令嬢が本当の愛を見つけ、世界で一番幸せになるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるような溺愛があなたを待っています。
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
愛人令嬢のはずが、堅物宰相閣下の偽恋人になりまして
依廼 あんこ
恋愛
昔から『愛人顔』であることを理由に不名誉な噂を流され、陰口を言われてきた伯爵令嬢・イリス。実際は恋愛経験なんて皆無のイリスなのに、根も葉もない愛人の噂は大きくなって社交界に広まるばかり。
ついには女嫌いで堅物と噂の若き宰相・ブルーノから呼び出しを受け、風紀の乱れを指摘されてしまう。幸いイリスの愛人の噂と真相が異なることをすぐに見抜くブルーノだったが、なぜか『期間限定の恋人役』を提案されることに。
ブルーノの提案を受けたことで意外にも穏やかな日々を送れるようになったイリスだったが、ある日突然『イリスが王太子殿下を誘った』とのスキャンダルが立ってしまい――!?
* カクヨム・小説家になろうにも投稿しています。
* 第一部完結。今後、第二部以降も執筆予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる